エルサレムをイスラエルの首都として承認したトランプ米大統領は、反対する国々に対して経済援助停止をほのめかすなど、イスラム諸国のみならず世界の反発を招いている。1948年のイスラエル建国、そして1967年の第3次中東戦争以降、和平に向かって慎重に進められてきた大きな宗教問題について、国際社会を無視してまで宣言したトランプ大統領の真意を佐藤優氏に聞く。
エルサレムに対する米国の考え
エルサレムには、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地がある。1948~49年の第1次中東戦争の結果、エルサレムの東部をヨルダン、西部をイスラエルが領有して、中間を国連が監視する非武装中立地帯とした。しかし、ユダヤの聖地である旧神殿跡の「嘆きの壁」はヨルダン統治下であった東側の旧市街にあり、「嘆きの壁」へ巡礼することができなくなったので、正統派ユダヤ教徒の不満が高まった。
1967年の第3次中東戦争のときに、イスラエルがエルサレムの東部を占領し、一方的に首都として宣言した。イスラエルの行為は国連決議でも非難されているし、ほとんどの国が認めていない。
米国議会は1995年10月に、エルサレムを「イスラエルの不可分の首都」と認め、テルアビブからの米大使館移転を承認する法律を可決した。もっとも米国の歴代大統領は、この法律を直ちに実施すると、中東で大混乱が起きるので、6カ月ずつ、法律の施行を遅らせる大統領決定を行っていた。この政策を12月6日にトランプ米大統領が抜本的に変更した。
トランプ米大統領は6日午後(日本時間7日未明)、ホワイトハウスで演説し、エルサレムをイスラエルの首都として「公式に承認する時だと決断した」と述べ、宣言文書に署名した。現在は商都テルアビブにある米大使館をエルサレムに「可能な限り速やかに」移転させる手続きを始めるよう、国務省に指示した。/エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地。その地位はイスラエルとパレスチナの和平交渉で決めるという、米国を含む国際社会のこれまでの立場を覆した。/トランプ氏は「米国の国益、イスラエルとパレスチナの和平の追求にとって最善だと判断した」と説明。エルサレムにイスラエル政府の官庁など主要機関が集中していることを挙げ、「我々はやっと分かりきったことを認める。現実を認めるに過ぎない」と正当性を強調した。(2017年12月7日「朝日新聞デジタル」)
イスラエルも“有り難迷惑”
トランプ大統領の決定に対しては、世界的規模で反発が強まっている。パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義過激派のハマスは12月7日、インティファーダ(反イスラエル闘争)開始を呼び掛けた。その結果、デモ隊とイスラエル当局の衝突が起き、パレスチナ側に死傷者が発生している。イスラエルも、今回のトランプ大統領のエルサレム問題をめぐる決定は“有り難迷惑”であるというのが本音と思う。
国連総会(193カ国)は2017年12月21日に緊急特別総会を開催し、米国に方針の撤回を求める決議案を、日本を含む128カ国の賛成多数で採択した。反対と棄権、欠席は計65カ国にのぼった。
決議は「エルサレムの地位を変えるいかなる決定も無効。撤回されるべきだ」と訴え、事実上、米国に方針撤回を求めた。これに先立つ20日、トランプ氏は「我々に反対する投票をさせておけばいい。我々はたくさん節約できる」「何億ドル、何十億ドルも(米国から)受け取る国が、我々に反対票を投じる」と述べ、賛成国には援助を打ち切ることを示唆していた(2017年12月23日「朝日新聞デジタル」)。
近づくロシア、距離を置かれる米国
国際社会は、対等の立場の主権国家によって成り立つというのが国際法の基本原則だ。現実には、大国が軍事力、経済力を用いて、他国に影響を与えることはよくある。しかし、今回のトランプ大統領のように経済支援カードを露骨に切って圧力をかけることは珍しい。
トランプ大統領の米国第一主義が、他国の立場や利益を考慮せずに自国の立場を露骨に推進する帝国主義政策であることがはっきりした。それに対する反発は、イスラム諸国やロシアだけでなく、西欧諸国にも広がっている。
また、この間隙を突いて、ロシアが中東における影響力を拡大しようとしている。シリアのアサド政権の権力基盤は、ロシアの後押しによって強化されている。エジプトとサウジアラビアもロシアとの関係を強めている。米国は急速に中東における影響力を低下させている。
このような状況を踏まえ、日本政府もエルサレム問題については米国と距離を置き始めている。今回の国連総会決議でも、米国が拒否権を発動したために廃案となった12月18日の国連安保理決議についても、日本はエルサレム問題に関する米国の政策を支持しないという姿勢を鮮明にした。
「ロシア疑惑」から目をそらすのが目的か
ところで、トランプ大統領がこの決定を行ったのは内政要因からと見られる。米国では、2015年の大統領選挙にロシアが干渉したのではないかという「ロシア疑惑」が大きな問題になっているが、捜査を担当するマラー米特別検察官が12月1日、フリン前大統領補佐官を連邦捜査局(FBI)への虚偽の供述をした偽証罪で起訴した。
同日、フリン氏はワシントンの地方裁判所に出廷して起訴内容を認めるとともに、司法取引で捜査に協力する意向も示した。この結果、トランプ政権に打撃を与える証言が出てくる可能性が高まった。ここでトランプ大統領としては、自らの中核的な支援者である親イスラエル的な宗教右派を固めるために、在イスラエル米国大使館をテルアビブからイスラエルに移転し、中東に大混乱を引き起こすことで、「ロシア疑惑」を政局の争点から外そうと試みたと筆者は見ている。
トランプ大統領の目論見が成功するかどうかはわからない。しかし、中東が大混乱するのは必至だ。米国に中東と北朝鮮の二正面作戦を進める余裕はない。北朝鮮に対して米国が譲歩し、戦争が回避される可能性が高まった。