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壮大すぎてほぼファンタジー? 前途多難な「同一労働同一賃金」

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安倍政権が取り組む「働き方改革」は、アベノミクス「3本の矢」とセットで謳う「一億総活躍社会」実現のための処方箋と位置づける。事実、政府は今年2月「働き方改革の実現に向けて」なる報告書をまとめ、その有効性を自画自賛。だが、中身を見ると各種データ満載で、卒業論文をまとめるには便利なものの、残念ながら要点がわかりにくい。柱となるテーマのひとつ「同一労働同一賃金」とともに、その不可解な理論をひも解いてみた。

人口増のために働き方を改革?

一億総活躍社会」と、その重要施策である「働き方改革」の内容を要約するとこうなる。まず、目指すものはズバリ”持続的な経済成長”、より簡単に言うならば悲願のGDP600兆円達成だ。ただ、これには懸案の人口減にストップをかけることが必須と説く。”人口は国勢の源泉”という発想だ。

日本の人口は2015年の約1億2700万人から、何も手を打たなければ2060年には8600万人台にまで落ちるとし、しかも高齢者(65歳以上)の数が4割近くを占める”スーパー高齢社会”となり、生産年齢人口も現在の7000万人台から4000万人台まで落ち込むと警鐘を鳴らす。働く人が減ればGDPは稼げないという論法だ。

これを阻止するために、まずは低迷する合計特殊出生率(女性が生涯出産する子どもの数)の底上げが先決と結論づける。子どもの数が減れば人口は減るという当然の成り行きからの決別で、要は「産めよ増やせよ」だ。

政府は人口減の遠因である晩婚化や、経済的理由で結婚できない若い世代に着目し、この是正に挑む。そして「労働」という切り口からアプローチするのが、今回の「働き方改革」で、「同一労働同一賃金」「長時間労働の是正」が具体的な2枚看板として掲げられている。理論的ではあるが、なかなかに遠い……。まさに”風が吹けば桶屋が儲かる”の発想なのである。

何をもって「同一労働」なのか

働き方改革」の目玉、「同一労働同一賃金」とはどんなものだろうか。ごく大雑把に言えば、同じ仕事に対する対価(賃金)は、誰でも同じという考えだ。

要するに正規雇用(正社員)と非正規雇用(派遣社員、契約社員、アルバイト、フリーターなど)の給与格差を無くすことが狙いで、後者の給与を底上げし、「若者が将来に明るい希望が持てるように」(安倍首相)するというもの。一見すると、至極当たり前かつ平等で、良い響きの言葉。だが、現実問題として実現可能なのだろうか。

まず、何をもって「同一労働」かが悩ましい。高度な技術やクリエイティブ・独創的な発想が必要な職種にはなじまない。ホームラン王でも2軍選手でも、バッターボックスでバットを振る、という”肉体労働”は一緒だから同じギャラ、というわけにはいかないのは当然だからだ。

となれば、あまり高度な技術・経験を必要としない単純作業・肉体作業、ルーチンワーク辺りがまずは対象となるのだろう。例えば、スーパーマーケットのレジ打ち。パートの主婦と、正規雇用の店長や社員を同一賃金とした場合、果たして店舗はうまく回るのか。

正社員=すべて込み込み従業員

日本の場合、「正社員」とは”将来会社の中核となる人材”と考える企業が大半で、彼らを育て、後々自分の企業を牽引する幹部や役員、社長へと育てていこうという戦略が込められている場合が多い。いわば「ふ卵器(ふらんき:ふ化させるための装置)」だ。

3月2日の日経新聞には、「すぐ辞めない新入社員探せ 就活スタート」という見出しの記事が載り、「新入社員のほうに問題があるのか?」と物議を醸す一方、企業側が新卒社員の高い離職率を懸念し、対応に奔走していることが改めて明らかになった。

正社員を選ぶ労働者側も、近年かなり崩壊したとはいえ、まだまだ終身雇用という”安定”が魅力的。これと引き換えに、会社の辞令一発で、急な転勤にも人事異動にも甘んじる。

会社側からすれば、優秀な管理職を鍛える施策で、正社員とはある意味、会社の業務ならなんでもこなす「オール・インクルーシブ(すべて込み込み)従業員」ということでもある。ここが非正規雇用とは基本的に異なる点だ。

こうした背景を考えた場合、社員とパートの主婦が同一賃金だとしたら、間違いなく社員側のモチベーションは下がるだろう。社員はほかにも、在庫管理や従業員管理、店舗運営、書類作成、本社とのやり取りや社員研修など、職務が山ほどあるからだ。

もちろん、社員に対しては「レジ打ち」以外に「管理手当」などの項目を設け、別の報酬として上乗せすればいいのかもしれない。だが、こうなると「本給」を分解するという別の問題が発生する。つまり本給が下がるわけである。

そして企業によっては、ベースアップの対象外としたり、ボーナス査定から外したりして、意図的に正社員の年収を圧縮しようと考えるところも出かねない。

自ら望んで非正規を選ぶ若者たち

現在、非正規雇用は労働者全体の37.5%で約2000万人(平成28年、厚労省「『非正規雇用』の現状と課題」)。パートとアルバイトが約7割を占め、しかも近年は増加傾向にあるという。さらに、不本意で非正規になっている労働者は、そのうち15.6%の256万人で、5000万人を超える労働者全体からすると5%程度にすぎない。自ら非正規を選んでいる労働者は少なくないと見る。

また、昨今の若者は、せっかく正社員になっても、辛かったり、自分の意に反したりすればすぐ辞めてしまう傾向が強いという。彼らが「ゆとり世代」「悟り世代」と揶揄されるゆえんだが、今後、少子化が進むめば、この傾向はさらに強くなるだろう。

昇進・昇給よりも”自分の時間”を大事にする世代であり、仮に非正規社員と同等の給与だとしたら、「正社員は責任の重いからイヤだ。私も非正規がいい」と、逆に退職を誘発してしまう結果にもなりかねない。これは企業にとって大きな損失で、さらには「働き方改革」を推進する政府にとって本末転倒の結果となる。

さらに、「同一労働」の対象となりやすい単純労働・肉体労働は、急速に進むロボット技術やAI、IoT、ビッグデータなどのテクノロジーに、近い将来置き換わる。

すでに「ロボットが人間の職を奪う」との危惧もささやかれている状態で、そうなれば「同一労働同一賃金」の対象となる仕事自体が少なくなる可能性すらある。

「同一労働同一賃金」は絵に描いた餅?

話はやや反れるが、2000年代始め、某大手電機メーカーが画期的な人事考課制度を設け、事細かなランクに分けて全社員の働きぶりを査定した。ランクアップすれば当然給与が増えるのだが、結局この制度は破綻し、一時は会社の屋台骨まで揺らいだ。

理由は簡単で、わずかなランクアップのために相当頑張らなければならなかったわけで、「なら今のランクでいいや」と、社員の大半がチャレンジを諦めてしまったからだ。

正社員の間でもこういう状況なのだから、これが非正規社員と同じ給与だとして、果たして正社員のモチベーションが維持できるのか甚だ疑問だ。

美辞麗句を並べ理想を追求するだけで、果たして「同一労働同一賃金」はうまくいくのだろうか。壮大な国の政策にありがちな”絵に描いた餅”にならなければいいのだが……。

政府のやることが”余計”になってはいけない

 

資本主義国家の政府の役割は、最低限、”してはいけない”規制を引くことと、セーフティーネットを張ることだ。

共産国家じゃないんだから、民間企業のやることに事細かく口を出してしまっては、生産性が逆に落ちることになる。米トランプ大統領もそうだが、保護主義を打ち出して、国内に回帰させようとしたところで、最終的には消費者が割を食うことになり、長期的には国際競争力が落ちるだけだ。

レジ打ちで2倍の速さで打つ人も、半分しか打てない人も同一賃金であれば、能力の高い人はバカらしくなり、生産性が落ちることは必然。これは一例だが、企業も生き残るために必死で、人材を確保するために、さまざまな魅力を打ち出していかなければ淘汰されることはわかっている。

政府がいちいち口を挟まなくとも、外食産業や流通業は、営業時間の短縮や値上げに踏み切る姿勢を出している。それが資本主義というものだ。