2008年から毎年行われてきたアノ二マ・スタジオ主催の「BOOK MARKET」が、2018年で記念すべき10回目を迎えた。「東京国際ブックフェア」や「アートブックフェア」など大型イベントが中止や延期を決めるなかで、中規模ながらも10年間支持されてきた理由とは? イベントに出展中の出版社に取材し、「BOOK MARKET」の魅力を探った。
趣のある浅草の街で「BOOK MARKET 2018」開催
去る7月28日(土)、29日(日)の両日、東京浅草の台東館6階北側会場で、「BOOK MARKET 2018」が開催された。初日は台風の直撃が心配されるなかでのオープニングとなったが、幸い雨風の影響は思ったほど大きくはなく、各地から多くの本好きたちが集まった。
「BOOK MARKET」は今から10年前、蔵前にあるアノ二マ・スタジオのイベントスペース(現在はクローズ)で、わずか7社の出展からスタート。近年は会場や開催日を変えながら、年1回の開催を続けてきた。出展社数や来場客数は右肩上がりに伸びていき、気づけば10周年を迎える今年は44社が出展するまでに。うち10社は新規出展だ。
出版不況で本が売れないといわれるなか、なぜ、「BOOK MARKET」はここまで愛されるのか。その理由を知るべく、出展社数社に「出展した理由」と「イベントの魅力」について話を聞いた。
「BOOK MARKET」の生みの親/ユカリロ編集部
ユカリロ編集部は、秋田からの参加。編集者の三谷葵さんは5年前まで東京に住んでおり、アノ二マ・スタジオで働いていた。実は、「BOOK MARKET」を最初にやろうと言い出したのは、彼女だった。
「大規模のブックイベントに参加したとき、もっと規模を小型化して、出版社と読者の距離が近いイベントができないかと思ったのが、そもそもの始まりです。第1回はささやかなイベントでしたが、自分たちが生みだしたイベントがこうして成長した姿を見ると感慨深いです」(三谷さん)
出展する側としての参加は今年で2回目だ。ユカリロ編集部は、編集者とカメラマンの2人でやっているチームで、年に1回『ユカリロ』を発行している。
「地元の人が当たり前と思っていることの中に、面白さがあります。それを発信することで、自分たちの街の良さを再発見してもらえたら、と考えています。秋田には私たち以外にも、カメラマンとデザイナーなど2人組で活動しているチームがいくつかあるので、今日は彼らが作った本も持ってきました! 秋田のパワーを、東京の人たちにも感じてもらえたら嬉しいです」(三谷さん)
『ユカリロ』はネットでも買えるが、リトルプレスのため発行部数は少ない。「BOOK MARKET」では一般流通していない本を扱う出版社も出展している。ここでしか出合えない本が見つかる――、それが本好きに支持される理由の一つといえるだろう。
日本語の美しさやリズムを大切に/港の人
港の人は、鎌倉にある小さな出版社。ブースには、文芸書や学術書がずらりと並ぶ。中でも力を入れているのが、詩集や句集だ。編集部の井上有紀さんは「日本の“ことば”を大切にしていきたいという思いがあります」と語る。
「詩や短歌が持つリズムや言葉の力は、時代を超えて、私たちの精神に直接語りかけてきます。日本の文化として、灯を絶やしてはいけないと思っています」(井上さん)
今、一押しの本は、2017年水甕賞(みずがめしょう)を受賞した木ノ下葉子さんの第1歌集『陸離たる空』。たまたま当日会場に遊びに来ていた著者本人にも話を聞いた。
「目の前で自分の本が手に取られ、売れていく場にいられて幸せです。本にサインを書いて手渡すとき、胸が熱くなりました」(木ノ下さん)
歌集は書店では売り場が限られ、多くの本を見ることはなかなか難しい。井上さんによれば、「港の人の歌集を求めて、毎年来てくれるお客さまもいます」とのこと。お気に入りの出版社の本を一度にたくさん見られるというのは、ブックイベントならではの魅力だ。
自費出版も手掛ける印刷屋/藤原印刷
藤原印刷は、長野県松本市に本社を置く創業52年の印刷会社。もともとは出版社を顧客に印刷および製本を行っていたが、7年ほど前から個人客からも「こだわりの本を作りたい」と依頼が来るようになり、自費出版の印刷製本も手掛けるようになった。
東京支社の営業部の佐々生岳さんは、「印刷屋は普段、読者と直接関わることがないので、こういうイベントは新鮮でとても貴重です。読者のリアルな評価が聞けるのがいいですね」と話す。
初参加だった昨年、藤原印刷が顧客の希望を一から聞き取り、一緒に形にしていくのが得意な会社であることをアピールできた手応えを感じ、今年も参加を決めたという。
「昨年は企業本しか持ってこなかったので、今年は個人のお客さまの本も並べました。自費出版本は基本的に流通していないので、販売ルートが限られています。ですから、こうしてイベントで本好きの方に興味を持ってもらえたり、購入してもらえたりして、販売の手助けをできたのが今年の収穫です」(佐々生さん)
普段は表に出ることのない裏方の本職人と出会えるのも、本好きにはたまらない。
家族をつなぐ本/マイルスタッフ
ファミリーマガジン『momo』を出版するマイルスタッフは、静岡からの出展。「ご家庭で、親と子が本を通じて会話したり、学んだりするシーンを思い描いて本作りをしています」と編集長の山下有子さん。
今回が初出展で、気付きがたくさんあったという。「お客さまと対話しながら本を買ってもらえるのも魅力ですが、他の出版社さんがどういう活動をされているか、見て聞いて学べるので、とても勉強になります」
「BOOK MARKET」には、大中小それぞれの規模の出版社が揃う。それらが同列でブースを並べ、思い思いのやり方で本を販売している。中には、一冊だけで勝負する出展社や、本と一緒に食品や雑貨を売る出版社もある。
「いろいろな個性を持った出版社があり、それぞれに学ぶところがあって楽しいですね。ただ本を売るだけのイベントより、参加する意義を感じます。それと、書店や出版社など業界の人もたくさん来場されていて、営業の場としても活用できています」(山下さん)
出展する側にとっても、得るものの多いイベントであることが分かる。
ユニークな活動が注目の八百屋も出展/warmer warmer
warmer warmerのブースには、本よりも野菜が多く並んでいる。それもそのはず、warmer warmerは出版社ではなく、八百屋なのだ。しかも、今ではごく一部の農家しか栽培していない“原種の野菜”だけを取り扱う八百屋だ。
「原種の野菜は、生産者がいずれも80~90歳の高齢の方で、何もしないと種が消滅してしまいます。どうにかして種を守れないかと思って、2011年にwarmer warmerを立ち上げました。今は通販や新宿伊勢丹で野菜を販売しています」と代表の高橋一也さん。
「本を作ったのは、活動資金を集めるためと、それぞれの野菜の魅力や農家の想いを伝える目的からです。2013年から『八百屋』という冊子を不定期刊行で3冊出しました。それらを一冊にまとめて加筆した本が、『古来種野菜を食べてください。』(晶文社)です」(高橋さん)
イベントに参加した理由については、「八百屋をしているだけではご縁のないお客さまと出会える貴重な機会、東京と産地を結ぶメディアになれたら嬉しいですね」と笑顔で語った。
読者を納得させるユニークな本を出していれば、出版社でも八百屋でも大歓迎。その懐の深さも「BOOK MARKET」の特徴だ。
様々なトークイベント・ライブも開催/絵本作家・五味太郎さん
会場内にはイベントブースが設けられ、時間帯によって著者によるトークイベントや刊行記念イベントなどが開かれた。28日の14:30からは、絵本作家の五味太郎さんの最新刊『CUT AND CUT!キッターであそぼう!』の発売記念として、本人によるトークイベント&サイン会が行われた。
会場には50名を超える親子が参加し、五味太郎さんの軽妙なトークに耳を傾けた。『CUT AND CUT!キッターであそぼう!』は、刃の露出を極限まで抑えた新開発の子ども向けカッター「キッター」で、色紙を切って切り絵を作る工作絵本だ。トーク中は子どもたちが実際にカッターを使って切り紙ができるよう、ブース内の一角に体験コーナーが用意された。大人はトークに夢中、小さな子どもは切り紙に夢中という、参加者全員が楽しめるイベントとなった。
主催者としての想い/アノ二マ・スタジオ
盛況のうちに幕を閉じた「BOOK MARKET」。最後に、10周年を迎えた今の気持ちとこれからについて、主催者のアノ二マ・スタジオに話を聞いた。
「10回目という節目の年に、44社の出展社が集まってくれたことに感謝します。主催者としては、自分たちのブースで本を売りながらも、他の出版社さんや来場者のみなさんが楽しんでくれているか、満足してくれているかが気になりますね(笑)。参加してもらったからには何か収穫を持って帰ってほしい」と下屋敷佳子さん。
今後の予定については、「これまでは会場も日程もその年ごとに違いましたが、毎年このイベントを楽しみにしていると言ってくださる方も増えてきたので、今後は時期と場所を固定して、毎年恒例のイベントにしていきたいと思っています」
来年2019年の開催は、7月20日(土)と21日(日)の2日間、同じ台東館の7階で開催が決定している。本好きなら、ぜひ一度は足を運んでみてほしい。きっと普通の本屋にはない出合いがあるはずだ。
出展社一覧(五十音順)
朝日出版社/アタシ社/アノニマ・スタジオ/warmerwarmer/エクスナレッジ/偕成社/かもめブックス/カンゼン/木楽舎/グラフィック社/京阪神エルマガジン社/工芸青花(新潮社)/作品社/左右社/自然食通信社/信濃毎日新聞社/G.B. /而立書房/青幻舎/誠文堂新光社/大福書林/たつのいえ/タバブックス/地球丸/トゥーヴァージンズ/夏葉社/ナナロク社/西日本出版社/ニジノ絵本屋/PIE international/ハオチーブックス/ビーナイス/藤原印刷/堀之内出版/本の雑誌社/マール社/マイルスタッフ/ミシマ社/港の人/メリーゴーランド京都/ユカリロ編集部/雷鳥社/ライツ社/リトルモア