【川淵三郎×大橋博】スポーツのメソッドを生かせば日本の教育は変わる

2018.8.21

社会

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【川淵三郎×大橋博】スポーツのメソッドを生かせば日本の教育は変わる

写真/十河 英三郎 文/宮本 育

Jリーグ設立の立役者であり、現在は日本トップリーグ連携機構会長を務める川淵三郎氏と、創志学園・理事長の大橋博氏が、「スポーツと教育」をテーマに語り合った。スポーツのメソッドを教育に活用するメリットとは。それにより日本の教育はどう変わっていくのか。

 日本トップリーグ連携機構代表理事 会長/日本サッカー協会 相談役

川淵三郎 かわぶち さぶろう

1936年12月3日生まれ。大阪府出身。高校からサッカー選手として活躍し、日本代表としてオリンピックなどに出場。現役引退後は日本代表監督に就任。Jリーグ創立に尽力し、初代チェアマンを務めた。その後、日本サッカー協会会長や最高顧問などを務め、現在は相談役。また、公立大学法人首都大学東京理事長(2013年4月~2017年3月)を務めたほか、日本バスケットボール協会会長(2015年5月〜2016年6月)に就任しBリーグ創設を牽引した。2015年5月より、日本トップリーグ連携機構代表理事 会長。職歴としては、早稲田大学卒業後、古河電気工業株式会社入社、古河産業の取締役を務めた。

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創志学園 理事長

大橋 博 おおはし ひろし

関西大学法学部法律学科卒。兵庫教育大学大学院修士課程修了。学校法人創志学園の創立者であり理事長。学習塾設立を皮切りに幼稚園、専門学校、高校、大学などを全国に展開。

信念と経験に基づいた決断力で、日本サッカーの地位を確立

大橋 川淵さんといえば言わずと知れた“Jリーグ誕生の仕掛け人”ですが、どういった状況からJリーグを立ち上げられたのですか。

川淵 Jリーグが開幕した1993年以前は企業スポーツ全盛の時代で、チームスポーツでは、プロは野球だけでした。サッカーは、実業団のチームによる全国リーグ・日本サッカーリーグ(JSL)が1965年から行われていましたが、1試合の平均観客動員は1000~2000人というレベルで、決して人気は高くなく、常緑の天然芝のスタジアムもありませんでしたし、“ホームタウン”の概念もありませんでした。失うものはないという覚悟でプロ化に着手しました。

大橋 最初は何チームから始まったのですか。

川淵 スタートは10チームでした。JSLは、1部12、2部16チームで構成されており、1部の12チームをすべてプロリーグに入れるというのはおかしいということで、当初は8チームでスタートしようと考えていました。プロに見合ったチームを厳選し、堅固なチームにしたかったからです。

ところが当時はバブル経済の真っただ中でしたので、どこの企業も本業以外に回せる資金が潤沢にあり、社会貢献にも関心が向いていたことから、参加意図のアンケートを取ると20もの団体から参加希望の回答がありました。12チームにしようという案も出ましたが、私は断固としてこの数字を変える気はありませんでした。

大橋 強い意志力、決断力ですね。10チームにこだわった根拠は何だったのですか。

川淵 最初に決めたことをほんの数カ月で変えるようでは、Jリーグをしっかり運営できるわけがないと思っていましたから。とはいえ、私の独断で決めるわけにはいきません。理事会を開き、メンバー皆さんの意見を募りました。

大橋 イメージでは、「これはこうだ!」「こうするぞ!」と、よく言われていたのかなと思ったのですが(笑)。

川淵 いやいや(笑)。強権発動することはほとんどなかったです。自分の望む結論を出すための根回しもしませんでした。しかし、反対意見を持つ相手を説得できる自信はありましたね。理論的な裏づけ、過去の事例、具体的な数字。これらを挙げて説得するんです。

大橋 それはとても大事なことです。

川淵 1960年に日本代表の遠征で訪れたデュイスブルク(当時西ドイツ)で、理想とする環境を実際にこの目で見ていましたし、自ら体験もしていた。また、Jリーグが始まる前にもヨーロッパのクラブチームを視察して、こういうものを作りたいという実際のサンプルがありましたから、理論武装して論破する自信はありました。

日本のスポーツは学校体育と企業スポーツを中心に発展してきた歴史がありますから、日本にいるだけでは、“地域に根ざしたスポーツクラブ”の発想はなかったと思いますね。

授業の在り方、教員の意識…日本の教育が抱える問題点

大橋 私も川淵さんと同じく、何もない状態から塾をスタートさせました。当時の生徒数はわずか4人。私が大学3、4年のときでした。そこで、やるなら日本の学校教育に欠けているもの、必要なものをやっていこうと走り続け、現在の創志学園が形づくられていったのです。川淵さんも日本の教育に関心があるとうかがっております。

川淵 2013~2017年まで首都大学東京の理事長を務めておりましたので。最初に疑問に感じたのは、先生の話を聞き、板書を写し、それを覚えるだけの“受動的な授業”でした。

しかし、創志学園は、生徒自身が自分で考え、問題を解決する“能動的な授業”など、私が日本の学校教育に必要と感じているものをすべて実現されています。

もちろん、100年以上にわたる日本の学校教育の歴史を守ることも大切です。私はいつも「不易流行」(いつまでも変化しない本質的なものを忘れないなかにも、新しい変化を取り入れていくこと)と言っているのですが、日本の学校教育は“流行”の部分すら変えずに今日まで来ている印象です。そういう意味でも、創志学園の教育はずいぶんと先に進んでいるように思いました。

»平井住職に聞く「不易流行(ふえきりゅうこう)」 変わることができる強さ【急がば坐れ!~全生庵便り】

大橋 ありがとうございます。そう言っていただけると、とてもうれしいです。

川淵 スポーツ界もそうですが、人を育てる根本的な精神は、生徒(選手)の今を認めることです。誰かと比較するのではなく、その子の現時点の実力を認めた上でどう成長させていくかが重要です。これは生徒(選手)にとっても自分を知るという点で、非常に大切なことです。この部分も今の日本の教育に不足している部分だと感じています。

大橋 同感です。教育業界では、各国の教育現場を視察する機会があり、感銘を受ける活動を目の当たりにすることも少なくありません。しかし、それらを参考にして日本の教育を改革していこうという風潮がないのです。

結果、今の時代が求める「問題解決能力」を持った人材を育てられません。そのことに対する危機感はあっても、何をどうしていいかわからない。加えて、先生の作業量が膨大で、子どもたちと向き合える時間が少なすぎます。そのような現状ですが、昨今、日本の教育を変革しようと動き出している方々もいて、良い方向へ進んでいるのではないかという期待もあるのです。

川淵 そこで重要になってくるのは教師だと思うのですが、変革についていけない先生もいるのではないでしょうか。

大橋 おっしゃるとおりで、今、文部科学省は「アクティブラーニング」を推奨する動きがあります。先ほど川淵さんがおっしゃっていた“能動的な授業”です。しかし、長年にわたり、先生主導で授業を進め、生徒はそれを聞き、板書を写すという授業を良い教育であるとやってきたものですから、突然、生徒主導で授業を進めてくださいと言われて戸惑っている先生が多いと聞きます。

川淵 先生の意識そのものの変革も必要ということですね。

スポーツのメソッドを取り入れた人材育成の実践

大橋 今、私が一番力を入れているのは、岡山県にある「IPU・環太平洋大学」です。「教育とスポーツの融合」を教育理念の一つに掲げ、体育学部・次世代教育学部・経営学部それぞれの先生がタッグを組み、共同で学生の指導にあたる大学を目指しています。

また、もう一つ目標にしているが「文武両道」です。よく聞く言葉ではありますが成功している事例が少ないため、本学で挑戦していきたいと思い、この目標を掲げることとなりました。そして、最終目標としては、スポーツを柱にした教育で、企業から求められる人間的魅力のある人材を輩出することです。

川淵 一般的には、大学スポーツは勝つことが重要で、勉強は二の次でいいという考え方が多いと思いますが、IPUの素晴らしいところは、スポーツで勝つには人間的成長が欠かせないということを強調されている点です。

大橋 人間としての基礎・基本を大事にしようと常日頃から伝えておりまして、先生たちもそういった思いを徹底してくださっています。人としての根幹にあたる部分を二の次にして、とにかく勝てばいいというやり方では、勝てもしないし、長続きもしませんから。

川淵 ルールを守ること、審判の判定に従うこと、相手選手を尊重することなど、要するにすべての面でリスペクトの精神を持つということですよね。そういったことが出来なければ一流選手にはなれませんし、社会人としても通用しません。

大橋 そのとおりです。スポーツの中には社会で生きる上で大切なヒントがたくさんあります。それらを本学では「五訓」としてまとめています。礼をもって相手を敬う「礼節」、目標に向けて努力を惜しまない「克己」、支え合い学び合う「信頼」、困難や失敗を乗り越えて挑み続ける「前進」、周囲の人あっての自分であることを忘れない「感謝」。これらを練習の前後にみんなで唱和し、日常生活の中でも大事にするよう心掛けてもらっています。

川淵 ここまできちんと理解した上でスポーツをやっている大学は多くありません。とても素晴らしいと思いますね。

大橋 こういった働きかけが功を奏し、岡山県内の小学校や岡山県警へは本学の卒業生が多く採用されています。また、東京の企業から「IPU生を採用したい」とお声掛けをいただくことも多く、開学から12年目を迎えた今、ようやく全国に通用する人材の育成が出来つつあるかなと思っています。

スポーツをポジティブなものへ。シーズン制の導入

大橋 最近、“人生を豊かにするスポーツ”という考えを日本に広めていきたいと思っています。日本人は、スポーツに対して“苦しい”“我慢する”といったイメージを抱きがちですが、そうではなくて、スポーツがその後の人生を豊かにしたと感じられる取り組みはないものかと考えています。

川淵 一つはアメリカの大学や高校などで実践されている「シーズン制」の導入でしょうね。日本の場合、一つの競技を長く続けるというスタイルですが、アメリカでは、例えば、10~12月はアメリカンフットボールやサッカー、1~3月はバスケットボールやアイスホッケー、4~6月は野球やゴルフといったように、シーズンごとにいろいろなスポーツを経験させる仕組みになっています。

大橋 シーズン制とは違いますが、ニュージーランドのラグビーチームもそうですよね。ニュージーランドはラグビーの強豪国で、ユニオンナショナルチーム「オールブラックス」が有名ですが、実はラグビーをやらない季節があり、その間は別のスポーツで体を鍛えています。それでも世界一になるわけですから、ずっと一つの種目に限定することが果たして能力の開発になるのか疑問です。

川淵 しかも、日本は勝利至上主義で、本来のスポーツが持つ「楽しむ」というところからかけ離れたものが多くあります。短所を矯正する指導やスパルタ指導などでなかなか楽しさを感じられない。それでスポーツ嫌いになる子もけっこう多い。ところが、アメリカは指導者も保護者もポジティブだから、とにかく楽しむ。声掛がけも「すごい!」「よく頑張った!」「ナイストライ!」と褒める一方です。

大橋 中学3年になる孫がいまして、今アメリカでゴルフをやっているのですが、スコアを聞いたら95で回ったと言うんです。感心していたら「コーチに『君は80までいけるよ』と言われた」と。本当に80までいくかはわかりませんが、尊敬するコーチに「君なら出来る」と言われたら悪い気はしないですし、もっと楽しくなりますよね。

川淵 そうなんです。そして、シーズンが終わるといったんその競技の指導者から離れるので、楽しくスポーツさせてくれた指導者じゃないと、生徒は2度とトレーニングを受けに来ません。そういった緊張感が指導者の刺激にもなるので、日本も学校の部活動はシーズン制にすべきなんです。さらに、指導は学校の先生ではなく専門家を招いて、報酬を払い、競技の本質をとらえた指導をしてもらう。

指導者や競技の固定から子どもたちを解放する。それも今の日本に必要なことだと思っています。そのような疑問を持ちながらこれまで活動してきましたが、なかなか難しいですね。簡単にはいきません。

大橋 いえいえ、非常に有意義なお話をお聞かせいただけました。川淵さんには日本のスポーツ界や教育界の改革に向けて、今後もご活躍いただきたいと思っております。本日はありがとうございました。