2月2日、アメリカが中距離核戦力全廃条約の破棄をロシア側に正式通告すると、ロシアも同条約の義務履行停止を宣言、さらにラブロフ外相は、「陸自がアメリカから調達するイージス・アショアも条約違反」と批判した。さすがに飛躍しすぎの論拠に、違う目的を探ってしまう。
日本にも飛び火したイージス・アショアのINF違反論
「新型の地上発射型巡航ミサイル9M729(SSC-8)開発は中距離核戦力(INF)全廃条約違反だ」とロシアに噛みつき、同条約破棄をちらつかせていたアメリカのトランプ大統領は、ついに2月2日、その旨をロシア側に正式通告。ロシアも対抗して同日同条約の義務履行停止を宣言、「アメリカがポーランドとルーマニアに配備を進めるイージス・アショアこそ条約違反だ」と反撃する。
INF条約は現在機能停止の状態だ。ロシアの攻撃の矛先はアメリカの同盟国・日本にも向けられ、「自衛隊が配備を決めたイージス・アショアも条約違反だ」と批判、これに対し日本政府は「条約違反ではない」と否定する。
中距離核戦力(INF)全廃条約
アメリカとロシア(旧ソビエト)の間で結ばれた軍縮条約。射程500km~5500kmまでの範囲の核弾頭及び通常弾頭を搭載した地上型の弾道ミサイル・巡航ミサイルの廃棄、また、新規生産、研究開発の禁止を求める。1988年6月1日発効。両国とも1991年までに廃棄が完了した。
ここでいうイージス・アショアとは、アメリカが開発した弾道ミサイル防衛(BMD)用の「地上基地」で、海上自衛隊が保有するイージス艦「こんごう」型、「あたご」型のシステムと基本的には同じ。
高性能のSM-3スタンダード弾道ミサイル迎撃ミサイルと多機能のSPY-1レーダーがウリで、欧米と敵対するイランが開発を急ぐ中距離弾道ミサイル(IRBM)の脅威から欧州の同盟国を守るためアメリカがポーランド、ルーマニア両国の内陸部に設置する目的で開発された。
間違ってもイージス・アショアからトマホークは発射しない
ロシア側が憂慮するのは、イージス・アショアに使われるMk-41VLS(垂直発射装置)からINF条約で禁止されている地上発射型巡航ミサイル「トマホーク」(正式名「BGM-109G」。射程2500~3000km)が“理論上発射できる”点だ。
INF条約では射程500~5500kmの中距離ミサイルが全廃の対象であるため、ロシア側の言い分もわからないでもない。ちなみにアメリカは前述のBGM-109Gを実戦配備していないが、同条約の対象外である地上発射型以外のトマホーク、つまり、艦船や潜水艦、爆撃機搭載型は大量に保有する。
ところでロシア側が指摘する点だが、純軍事的に考えるなら、仮にアメリカがBGM-109Gの地上配備の再開を目論んだとしても、わざわざ脆弱性の高いイージス・アショアに配備するとは考えにくい。
というのもこの種の兵器は秘匿性が肝心で、敵の狙い撃ちに合わないように大型トレーラーなどに車載して自由に動き回り、「好きな時に好きな場所で」発射するのが常識だからだ。これを考えればすでに所在が明らかなイージス・アショアからBGM-109Gを発射するなどという愚は間違っても行わない。
「もともとわれらの勢力圏内だったポーランドやルーマニアなど東欧に、ライバルであるNATOがミサイル防衛システムを構築すること自体が悔しい」というのが、ある意味ロシアの本音で、今回の指摘は重箱の隅をつつくような枝葉末節の話のレベルだ。
ロシアのバカげた論理は狡猾外交のなせる業
同様に、日本のイージス・アショアに対するロシア側の言い分も、論拠が飛躍し過ぎて、世界の“笑いもの”にもなりかねない。改めて指摘するほどでもないが、INF条約はあくまでも「米ロ2カ国だけが締結した条約」であって、日本は同条約の締結国ではない。「締結していない条約を順守する必要はない」という理屈は当然至極であって、ロシア側から条約違反を云々される筋合いではない。
ところがロシア側は、「日米安全保障条約の下、日米の軍事力は一体化している。だから日本のイージス・アショアをアメリカが使用するのはたやすく、ここからBGM-109Gを発射する可能性もある。だから条約違反だ」という三段論法を言い分にしているらしく、ポーランド、ルーマニア配備のイージス・アショアと無理矢理に同列視したいのだろう。
だが東欧配備のイージス・アショアはあくまでも“アメリカの所有物“”で、一方日本のイージス・アショアは“日本の所有物”である点が決定的に違う。
仮にロシア側の“論点の飛躍”がまかり通るのなら、将来「日米の軍事力は一体化しており、日本はアメリカの核の傘で守られている、だから日本は核保有国だ」との呆れた難癖が出現する可能性もゼロとはいえないだろう。あるいは北方領土の返還をめぐって日ロ関係がギクシャクしはじめているだけに、イージス・アショアで日本側を揺さぶろう、というロシアお得意の狡猾外交の一環なのかもしれない。