“小さな出版社”たちが仕掛ける新しい本との出合い方

2019.8.5

経済

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“小さな出版社”たちが仕掛ける新しい本との出合い方

写真/小池彩子

出版不況といわれて久しい。この20年で出版販売額も書店数も半減し、多くのユーザーがネットで本を購入するようになったことで、読者と書店との距離は以前より広くなっている。一方、コミックマーケットなどの即売イベントの盛況ぶりも目立つ。昨年10周年を迎え、毎年来場者数を増やしているイベント「BOOK MARKET」もそのうちのひとつだ。

 

7月21日・22日に東京浅草の台東館で開催された「BOOK MARKET2019」は出展社数が過去最多の46社、来場者数は2日間で約4000人という活況ぶり。出口の見えない出版不況のなかで、こうした即売イベントに人が集まるのには理由がある。「BOOK MARKET」を主催する出版社アノニマ・スタジオの安西純さんや各出展社を取材したところ、出版業界の未来を明るく照らすかもしれない2つのキーワードが見えてきた。

紙の出版物は売れなくなっているが…

出版科学研究所によると、紙の出版物(書籍・雑誌合計)の販売金額は、1996年の2兆6563億円を境に減少に転じ、2018年の推定販売額は1兆2921億円と、ピーク時の半分以下にまで落ち込んでいる。書店数も1999年の2万2296軒から2018の1万2026軒へと、約半数に減少(書店調査会社アルメディアによる)。

若者の活字離れ、電子書籍やオンライン書店の台頭等、本の流通を取り巻く環境はこの20年で大きく変化した。それが、紙の本が売れなくなった大きな要因だろう。

しかし、その一方で「BOOK MARKET」や「コミックマーケット」のような即売イベントには、全国から多くの人が集まってくる。「自分たちの作った本を読者に届けたい」作り手と、「ここでしか手に入らない本」や「本との新たな出合い」を求める読み手、それぞれの思いが熱量となって、会場はある種の祭りのような盛り上がりを見せる。

BOOK MARKET2019
「BOOK MARKET2019」の様子(7月21日・22日@東京浅草・台東館)

即売イベントの魅力を掘り下げることで、本が売れない時代の出版界の“勝機”が見えてくるのではないか――。そこで、「BOOK MARKET」の立ち上げ人の一人で、2009年2月の初回からイベントを運営してきたアノ二マ・スタジオの営業担当者、安西純さんに話を聞いた。

面白い本を作っている出版社は普段、埋もれているだけ

「BOOK MARKET」は今から11年前、アノニマ・スタジオの社内イベントスペースを会場に、数社の出展社だけでひっそりと始まった。安西さんは当時を振り返ってこう話す。

「世の中には面白い本や良い本がたくさん埋もれています。普段書店で目にする機会の少ない良い本を作っている出版社にも光を当てて、小さな会場で作り手と読み手が直接交流できるようなイベントをやりたいと思いました」(安西さん、以下同)

アノニマ・スタジオの安西純さん
アノ二マ・スタジオ 安西純さん

回数を重ねるうちに出展社数が増え、来場者も増えて、業界内での認知度も高くなり、「うちも出展させてほしい」と問い合わせをしてくる出版社や書店が多くあるという。しかし、安西さんは「今ぐらいの規模がちょうどいい」と出展社数を大きく増やすことは考えていない。

出展社の基準を聞くと、「ひと言で言うなら、面白い本を作っていること」と、単純明快な答え。

「一人でやっている出版社や、一般の書店であまり目に触れることのない出版社を集めて、こんなに面白い本があるよ!と多くの人に知ってもらいたい。本が好きな人たちが本気で作った本を、本が好きな人たちに届ける、それが『BOOK MARKET』でやりたいことです」

出版社以外にも、古書店や印刷会社、自らの著書とともに野菜を販売する八百屋もいる。

「BOOK MARKET2019」暮らしの手帖
初出展したという暮しの手帖社編集局長・久我英二さん
「BOOK MARKET2019」ナナロク社
絵本「たぷの里」(著・藤岡拓太郎)のTシャツを着たナナロク社の代表・村井光男さん(右)と、ひたすら明るい鴎来堂の代表・柳下恭平さん(左)。
「BOOK MARKET2019」warmerwarmer
古来種の野菜を広めるためにトークイベントやワークショップ、移動八百屋を展開するwarmerwarmer

それぞれの“角度”で本とかかわる出展社がブースを並べ、“自分たちの色”を押し出す、その何とも言えない雑多な感じが、「BOOK MARKET」特有のライブ感を生んでいる。

作り手との触れ合いは読み手にとっての価値である

安西さんがイベントの規模にこだわるのは、 “本の作り手と読み手の距離感”を大事にしたいからだという。大きな会場で、多数の出版社が出展するスタイルでは、来場者がひとつの出展社あたりに割く時間は短くなり、なかなか作り手と読み手の距離が近づかない。それに比べて「BOOK MARKET」の会場は密度が高く、作り手と読み手が自然と近くなる。

「BOOK MARKET2019」HaoChi Books
HaoChi Booksとコラボした台湾人イラストレーター、aikoberryさん

ブースに立ち寄った来場者が気になる本に手を伸ばせば、そのすぐ先に作り手が立っていて、「その本は私が企画編集したんですよ!」などと声がかかる。また、著者がいてサインをもらえることも。そうしたコミュニケーションをとるなかで、来場者はその本が生まれた経緯や制作時の裏話、作り手が本に込めた思いなどを聞くことができる。逆に、来場者が「私、このシリーズのファンなんです」「おすすめの本はどれですか」などと、作り手に話しかける場面もある。

これからの本の流通を考える上で、「作り手と読み手の交流」が1つのキーワードになりそうだ。

今回、仙台から来たという来場者に話を聞くと、「仙台で本に関するトークショーがあったとき、知り合いになった出版社が『BOOK MARKET』でも出展するというので来ました。この出版社は、私が大好きなラジオ番組の構成を担当している方の本を出版しているのですが、ご本人がブースにおられて、本にサインをもらえたんです。ツーショット写真も撮ってもらったんですよ!」と感激していた。

また、イベントブースでは、著者や編集者によるトークライブや、絵本の読み聞かせなども行われる。

スタイリスト・高橋みどりさん×「暮しの手帖」副編集長・北川史織さん 「ごはんとくらしと、おいしい時間」(企画:アノニマ・スタジオ)

取材当日に行われていた、フードスタイリストの高橋みどりさんと「暮しの手帖」副編集長の北川史織さんによるトークショーでは、「暮しの手帖」の撮影現場の様子が語られた。

普段何気なく見ている料理写真が、実は緻密な計算のもとで撮影されていたり、偶然のいたずらで印象的なカットになることがあったりなど、本を読むだけでは知り得ない舞台裏が垣間見えて興味深い。トークショーの最後には、高橋さんのサインを求めてファンが列を作るなど、会場内では、作り手と読み手のホットな交流があちこちで生まれる。

撮影時のエピソードや思わぬアクシデントなどたっぷり聞かせてくれた高橋みどりさん(左)と北川史織さん(右)

ネットで簡単に本が買える時代だからこそ、本好きにとっては、作り手から直接手渡しで本が買える場には特別な価値があるだろう。

本との出合いはより多面的に

さて、このイベントを通して各出展社に取材をするうちに、彼らが自社の本を読者に届けるために、さまざまな試行錯誤や挑戦をしていることがわかってきた。

そのなかで見えてきた2つ目のキーワードは、「本との出合いの演出」だ。特色ある出展社の“演出”の一部を見ていこう。

「BOOK MARKET2019」ミシマ社
メンバー10人余りの小さな総合出版社・ミシマ社

東京と京都に事務所を構えるミシマ社では、“原点回帰”をテーマに掲げ、いろいろな流通のかたちを模索している。今年の5月には、その一環として「ちいさいミシマ社」という新レーベルを立ち上げた。

「このレーベルでは、市場は小さいけれども確実にファンがいる層に向けた本を制作し、初版部数を絞って出版します。取次を介さず直接、書店に営業をかけ、買い切り55%で卸します。通常の卸し率は70%なので、書店にとっては利益率が高くなるのがメリット。弊社にとっては、返品がなくなり、ピンポイントに本を届けられるのがメリットです」(ミシマ社の編集者)

来場者の多くは一般人だが、取次や書店経営者など業界関係者がプライベートで訪れることも少なくないという。つまり、出版社にとっては自社の本を業界に向けてアピールする“営業の場”でもあるのだ。

「BOOK MARKET2019」本棚専門店HummingBird Bookshelf
本棚専門店HummingBird Bookshelf

本棚のプロデュースや書店運営、本の出版など、本にまつわる複数の事業を行う鴎来堂では、装丁に工夫を凝らしたユニークな本を制作している。

「活字離れで本が売れなくなっている今、まず本を手に取ってもらうための仕掛けが必要です。パッと並んでいる本を見て、“何この本、ちょっと変わってる”“デザインがカッコイイ”と興味を持ってもらえれば、まずは成功。本棚に飾っておきたい、人にプレゼントしたいと購入される方が多いですね。中身を読んでもらえたら、もっと良いですけど(笑)」(代表の柳下恭平さん)

また、「BOOK MARKET」には“生きたマーケティングの場”としての機能もある。この日、ブックカバーを販売していたハオチーブックスの担当者は、「『こういうサイズのカバーがあったら良いのに』など、お客様から細かなニーズを聞けたので、今後の制作にフィードバックします」と話していた。

「BOOK MARKET2019」アタシ社
夫婦出版社・アタシ社と作家のネルノダイスキさん(右)

それとは逆に、ノンマーケティングをポリシーにしている出版社もある。マグロで有名な神奈川県の三崎にある、夫婦2人だけの出版社、アタシ社では、“自分たちが面白いと思う本だけを作って売る”スタイルを貫く。

「本の企画から制作、流通まで全てを2人で行っているので、年に5冊くらいしか出せません。その分、一冊一冊に込める思いは熱いです。装丁も中身も、自分たちが納得するまで作り込みます」(アタシ社のミネシンゴさん)

4月に発売したネルノダイスキさん初の商業出版本『ひょうひょう』は、発売2週間で重版に。アタシ社の編集者は、「こんな面白い作品をコミティア(自主出版のマンガの展示即売会)だけで終わらせてはもったいないと思いました。売れるか売れないかより、自分たちが売りたいと思うことが大事」と話す。

それぞれの出版社がそれぞれのやり方で、本と向き合っている。本の作り方や売り方は想像以上に自由であると気づかされる。

「BOOK MARKET2019」

本との接点を増やすことが、本を好きになってもらう近道

「BOOK MARKET」の11年間を通じて、本の流通を考えてきた安西さんに、「現状の出版不況を打開する策があるとしたら、どんな方法があるか」とストレートに尋ねてみた。

「本との接点を増やすことが一番の近道ではないでしょうか。大手書店やチェーン展開の書店ではなかなか出合うことのない本が、ここに来ればあります。今後もこのイベントを続け、新しい本との出合いの場を作っていけたらと思っています。」

安西さんは本好きの一人として、紙の本ならでは楽しみ方をこう語る。

「今はネットで本を買うのが主流になっていますが、街の本屋にも足を運んでほしいですね。個人経営の本屋は、店主こだわりの選書が並んでいて楽しいですよ。紙の本にはデジタルにはない魅力があります。紙の温もりや重み、読み込むほど手に馴染んでくる感じ、そういうのを堪能してほしいです」

冒頭で書店数が減少しているデータを挙げたが、安西さんによると都内では個人経営の小さな書店が増加傾向にあるという。「自分の好きな本を広めたい」という動機で始める人が多いそうだ。紙の本だからこそできる新しいビジネスは、まだまだ眠っていそうだ。