鶴瓶×綾野剛×小松奈菜のアンサンブル光る人間ドラマ 映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』

2019.10.30

社会

0コメント
鶴瓶×綾野剛×小松奈菜のアンサンブル光る人間ドラマ 映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』

©2019「閉鎖病棟」製作委員会

緑に囲まれた精神科病院を舞台に、生きづらさを抱える者たちが心を交わす姿を描く人間ドラマの佳作。元死刑囚でありながら、わけあって病院に身を置く主人公・秀丸を、笑福亭鶴瓶が演じる。映画主演は『ディア・ドクター』以来、10年ぶり。もう一人の主役ともいうべき入院患者のチュウさん役は綾野剛、過酷な環境に生きるヒロインに小松菜奈が扮した。舞台裏エピソードとともに、映画の見どころを紹介する。

『閉鎖病棟―それぞれの朝―』

劇場公開:11月1日(金)/配給:東映
出演:笑福亭鶴瓶 綾野 剛 小松菜奈
坂東龍汰 平岩 紙 綾田俊樹 森下能幸 水澤紳吾 駒木根隆介 大窪人衛 北村早樹子
大方斐紗子 村木 仁 / 片岡礼子 山中崇 根岸季衣 ベンガル
高橋和也 木野 花 渋川清彦 小林聡美
監督・脚本:平山秀幸 原作:帚木蓬生『閉鎖病棟』(新潮文庫刊) 企画協力:新潮社

ストーリー 長野の自然の中に建つ精神科病院。入院患者たちが大小の問題を起こしながらも比較的穏やかな日々を送っているところへ、女子高生の由紀(小松菜奈)が入院してくる。患者たちと生活を共にしている元死刑囚の梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)、長期入院中のチュウさん(綾野剛)、由紀の3人は、秀丸がいそしむ陶芸などを通じて心の距離を縮めていく。しかし、ある日、病院で殺人事件が起きる。犯人は秀丸。彼にはそうしなければならない理由があった――。

帚木蓬生が泣きながら書いた小説が原作

原作は、1994年に新潮社から刊行された帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)の『閉鎖病棟』。帚木はこの作品で第8回山本周五郎賞を受賞した。書店員による「感動のあまりむせび泣きました」というPOPで人気に火がつき、累計販売90万部のベストセラーにもなった。帚木自身も「法廷のシーンは泣きながら書いた」と明かしている。

帚木蓬生 『閉鎖病棟』
帚木蓬生『閉鎖病棟』(新潮社)

平山秀幸監督は原作を読んで秀丸の“自己犠牲”に胸を打たれ、映画化を熱望したという。長谷川和彦監督の名作『青春の殺人者』(1976年)のスタッフとして映画界に入り、『愛を乞うひと』(1998年)や『必死剣鳥刺し』(2010年)など良質な映画を世に送り出してきた大ベテランが、初めて自ら脚本を執筆。11年がかりで実写映画化が実現した。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』平山秀幸監督
「脚本家と監督のベクトルのせめぎ合いを味わうことができました」(平山監督)

このように映画の成り立ちを説明すると、“泣ける”情報が先行してしまって鼻白む人もいるかもしれない。しかし、本作はいかにも観客を泣かせにかかるような作りにはなっていないので、敬遠しないでほしい。

この映画には、“観客フレンドリー”ともいうべき素直なストーリーテリングと芸術性とが共存している。俳優陣もまた演技巧者がそろいながら、それぞれが持ち場を守って力を発揮する。重たいストーリーにもかかわらず、映画体験としては心地良いものになること請け合いだ。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』4人
友情が芽生えた秀丸、チュウさん、由紀は、昭八(坂東龍汰)と揃って“外の世界”に買い物へ。

映画ならではの深淵がのぞける病棟シーン

俳優陣がテレビでの姿とは一味違った、濃厚な人間くささを醸し出すのは、映画を観る楽しみの一つでもある。

本作では、木野花や平岩紙、渋川清彦ら、テレビドラマでは脇を固めることが多いあの人この人が入院患者に扮して人生の苦さを突きつけてくる。映画『カメラを止めるな!』で関西弁の女性プロデューサーを演じたどんぐりも、本作では患者の一人となって静かに院内の風景を作り上げていたりする。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』病棟
暴力的な重宗(渋川)は患者たちから孤立。

地上波放送のドラマに比べると映画は内容に制約が少ない。加えて、制作にかけられる時間にも比較的余裕がある。そうした豊かさの上にこの映画があるのを、観客は感じられると思う。

入院患者は1000人の応募者からオーディションで選ばれた。撮影前には医療監修の西脇俊二医師の立ち会いの下、患者役のキャストがそれぞれの病気に関するレクチャーを受けている。さらに、平山組では初めて、リハーサルの時間が設けられた。患者(役)の一人ひとりに経歴や家族構成、入院歴、服薬などが詳細に設定された架空のカルテが用意され、それを参考に意見を交わし、芝居のリズムを探ったという。

病棟のシーンは、独立行政法人国立病院機構が運営する精神科の専門医療施設である小諸高原病院で撮影した。実際の精神科病棟を借りて撮影することで、映画のリアリティを高めたかたちだ。セットを組んだのでは出せなかった独特の空気感が得られた、と製作陣も語っている。ちなみに、座長の笑福亭鶴瓶は病院の売店でお菓子を買い占めては差し入れをしていたそうだ。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』病院

熱意こめた俳優陣、文字通り“息づまる”演技も

綾野剛の演技にも心打たれる人が多いだろう。入院患者の中で最も病状が落ち着いて見え、たびたび町へ買い物にも出かけていたチュウさんが、一転して幻聴の発作に苦しむシーン。監督は撮影前に「ここで映画のスイッチを入れてほしい」と綾野に伝え、綾野がそれに応えた。撮影を見学していた帚木が「一瞬、患者さんかと錯覚するほど、よく研究されている」と感心する好演だった。

そのシーンの続きに、途方に暮れるチュウさんに秀丸が水を渡すシーンがある。綾野が「僕と鶴瓶さんの10年以上の関係があって、ああいうシーンになったのだと思う」と手応えを語っている。映画全体のテーマに通じるような前半のハイライトだ。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』綾野剛
撮影前、平山監督から「役にのみ込まれて、苦しまないでほしい」と告げられた綾野。アンバランスな役柄を見事に演じ切っている。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』笑福亭鶴瓶、綾野剛

鶴瓶のキャラクターも、映画をずいぶん助けている。映画では、秀丸がなぜ周りから慕われるのか、セリフや映像でほとんど説明しない(説明すればウソくさくなったはずだ)。死刑執行が失敗し、当局も処分を決めかねての精神科病院送致という特殊な身の上が、院内に知れ渡っているにもかかわらず、人望のある男。それが説明なしに成り立ったのは鶴瓶だからというほかない。

小松菜奈は鶴瓶を「とても親しみやすくて、みんなの親戚みたいな方」と評しているが、共演陣に限らず、日本全国津々浦々の人々にとって鶴瓶という人はそんな存在なのではないだろうか。オファーは平山監督から長文の手紙で届けられたという。なんとしてでも主演に迎えたかった監督の気持ちは、映画を観るとよく理解できる。監督の思いを受け止めた鶴瓶は、体重を7キロ落として撮影に臨んだ。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』秀丸、チュウさん、由紀
全編を通して独特の緊張感があるが、鶴瓶演じる秀丸の振る舞いにはどこか心安らぐものがある。

小松の熱演にも触れておきたい。由紀が街をさまようシーンで、役に入り込むあまり、「感情が高ぶって呼吸が苦しくなった」(本人談)小松に、平山監督がすぐに気づいて手ぬぐいを渡したという。

過酷な環境に生きる由紀のキャラクターを、小松は平山監督と相談しながら作り上げていった。由紀と秀丸、チュウさんの関係や由紀が彼らに向ける思いは時間が経つにつれて深まっていく。シーンによっては「ここではまだこれは言えないのでは?」と、現場でセリフを見直すこともあったそうだ。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』平山秀幸監督と小松菜奈

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』小松菜奈
「(由紀を)ただのかわいそうな子にはしたくなかった」という小松は、高校生の由紀が抱える人生の葛藤を丁寧に演じている。

各世代を代表する3人の人間味あふれるアンサンブル

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』平山秀幸監督、笑福亭鶴瓶、綾野剛、小松菜奈

平山監督は常に、秀丸、チュウさん、由紀のアンサンブルを大切に考え、小松には「由紀は疎外感を覚えていないか? ちゃんとトライアングルの3分の1だと感じられているか?」とくり返し問いかけた。

映画のポスターは、この3人の写真の端に「Family of Strangers」の文字がつつましく重ねられたデザイン。そして、「その優しさを、あなたは咎めますか?」のコピー。

「閉鎖病棟」「殺人事件」というキーワードから受ける印象と、映画の手触りはまた違っている。劇場へ出かけてそんな手触りを確かめるのも、この秋に自信を持っておすすめできる時間の使い方だ。

映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』ポスター

『閉鎖病棟―それぞれの朝―』メイキング映像