「ロンドンタクシー」といえば真っ黒な塗装をした丸型ライトのタクシーとして知られている。「ブラックキャブ」ともいわれるこのロンドンタクシーを製造している「The London EV Company(LEVC)は、タクシー専用に開発された電気自動車の新型車両「TX5」を発表。過当競争にある都内のタクシー市場に参入するLEVCのビジネスモデルとは?
LEVC初のタクシー専用電気自動車、スペックは?
1世紀以上の歴史を誇るロンドンタクシーは「Hackney carriage(ハックニーキャリッジ)」とも呼ばれ、歴史をたどれば、その源流は馬車のタクシーにまでさかのぼる。モータリゼーションが到来し1901年に「Mann & Overton」という会社が創立されタクシーの製造を開始。その後、自動車メーカー、自動車製造専門会社など複数の企業がかかわり複雑な歴史があるため詳細は割愛するが、2013年に中国の吉利汽車(Geely、ジーリー)が経営権を取得した。2017年には電気自動車によるタクシー会社を目指すということLEVCに社名を変更している。
今回、日本で発売されるのは「TX VISTA Comfort Plus」というもので「TX5」とも呼ばれる。LEVCで初めて、タクシー専用の電気自動車(EV)として設計したものだ。全長4855ミリ×全高1880ミリ×全幅2036ミリ。車両総重量は2900キロ、最大許容重量は550キロだ。最近よく見かけるトヨタのジャパンタクシー(JPN TAXI)よりひと回り以上大きいサイズと思えばいい。
電気モーターは、最大回転数11500 rpm、ピーク出力(機械的出力)120kW400Vで、EV用高電圧バッテリーはセルがLG Li-Ion、総エネルギーは31kWh、ピーク放電出力(15秒)は125kWとなっている。
特徴的なのは、後部6人乗りで3人ずつが向かい合って座る点。車両の左から入って右側は3人が座るいわゆるソファ的な後部座席で、左側はスタジアムや映画館にあるような座席が折りたたむものが3つある形。向かい合った座席間の距離(レッグルーム)は44.8ミリ~73.2ミリありかなり広い。座席を折りたたんでいる場合は足をまっすぐ伸ばしても大丈夫なくらいだ。
これだけのスペースがあるため車いす利用者は余裕を持って車内に入ることができる。車に乗り込むためのスロープの長さは1280ミリ、幅714ミリとゆったりとした傾斜で配慮していることがよくわかる。
助手席部分は、座席ではなく大きな荷物を置く場所や車いす用のベルトなどの収容スペースとして使用する。
TX5とJPN TAXIの価格とランニングコスト
タクシー業界は、2020年には東京を走るタクシーのうち3台に1台をJPN TAXIにするという計画を描いている。2017年にトヨタが生産を始めたハイブリッドのJPN TAXIの上級モデルで、メーカー希望小売価格が356万4000円に対してTXの希望小売価格は1120万円で、東京都で購入し、緑ナンバーで登録した場合、各種補助金の適用となることから、それを差し引くと大体756万円ほどになる。
車両本体価格がJPN TAXIの約2倍であること、車輌の大きさも一回り大きいことからJPN TAXIとは最初から競合するつもりはないようだ。その一方で、航続距離は約600キロで、燃費から見た場合、イギリスでの例を見ると従来モデルに比べて1週間あたり100ポンド(1万4200円)削減できたという。
年間52週とすると73万8400円の削減となることから、5.5年乗れば、JPN TAXIとの差額をペイできる計算になる。オイル交換などのサービスインターバルは4万キロと長い(普通車なら1万5000キロぐらい)。このようにランニングコスト面から考えると、魅力的なタクシーともいえそうだ。
“流し”ではなく高級ハイヤー路線
1月10日の車両発表会で、LEVCのヨーグ・ホフマン最高経営責任者(CEO)は「日本には19万台のタクシー市場があり、うち5万台が東京にある。そのうち5000台がプレミアムな車輌のタクシー。LEVCとしてはその5000台のうち1000台を狙っている」と、高級路線のタクシーでいくことを想定しているとした。
LEVC JAPANの小原学代表取締役は「この車の性格上、ニッチな市場を狙っていくつもりです。一般のタクシーは4人の乗客が乗れますが、これは6人が乗れますので、タクシー会社のみならず、有料老人ホーム、ホテルなどに購入してもらえればと思っています」と。一般的なタクシーではなくハイヤーを想定し、初年度は100台の納入を目指しているという。
TX5の会見は、先代のTX4を納入している元赤坂の明治記念館で行われたのだが、こういった総合集会・宴会施設は大きな販売ターゲットとなるだろう。また、JPN TAXIと比べても車いすの出入りに余裕があることから、老人ホーム、介護施設あたりには魅力的な車になる可能性はある。
日本の観光立国との相性◎
日本政府観光局(所管:観光庁)が2020年1月17日に発表したところによると、2019年に日本を訪れた観光客数は3188万人2000人と過去最高を記録。国土交通省が2019年3月調査した「訪日外国人向けタクシーサービスの利用促進に関する調査及び実証事業」報告書によると、旅行時にタクシーを「利用した」と回答した人が46.5%おり、特に欧米は5割を超える利用率だ。
利用方法で一番多かったのが「スポットからスポット」が35.5%、タクシー料金は5001円以上と回答したのが国籍・地域別でも、年齢別でも1番多かった。「ワンボックス型の車輌」を評価している人が26.4%おり、こういった数字を見ると、TXのような車輌は外国人観光客による一定数以上の需要があることが推測される。タクシー専用に設計されたTXは6人乗りでもあり、日本に進出しても勝算があると踏んだのだろう。
日本のタクシー市場はさまざまな意味で厳しい競争下にあるのは間違いない。アプリもJapanTaxi(JapanTaxi)、MOV(DeNA)、Uber、DiDi(DiDiモビリティジャパン)、S.RIDE(みんなのタクシー)など乱立しているのは、MaaS(次世代移動サービス)の変革の最中にありいかに顧客を囲うかが勝負だからだ。
そういう意味では、LEVCが最初からプレミアム市場にフォーカスを置くのは、売上規模は大きくないかもしれないが、価格競争に巻き込まれず、利幅が大きいので確実に利益を得ることのできるビジネスモデルではないだろうか。