米中バトルは貿易から通貨へ 新たな覇権争い前夜

2020.02.07

社会

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米中貿易戦争の次は通貨戦争

写真:ロイター/アフロ

1月15日、ようやく米中は貿易交渉の「第一段階」の合意文章に署名。2018年6月から始まり、世界経済に影響を及ぼしてきた「貿易戦争」は両国とも一歩も譲らず、関税引き上げ合戦はエスカレートし続けたが、ひとまず貿易戦争は休戦となった。

 

しかし、世界覇権を狙う米中のバトルは終わらない。貿易交渉の裏で、より熾烈な“通貨戦争”が開幕しようとしている。 世界中が注目する米中バトルは、今後どのような局面を迎えるのだろうか?

貿易戦争は休戦するも、コロナウィルスで経済悪化?

米中は1月、貿易交渉の「第一段階」の合意文書に署名し、中国側はアメリカからの輸入拡大などを、アメリカ側は中国への一部関税引き下げを約束した。両国間の貿易戦争は一旦休戦したわけだが、トランプ政権は次ぐ「第二段階」の交渉に向け手綱を緩める気配はない。世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席していたムニューシン米財務長官は1月24日、中国との通商協議について、「両国間に見解の相違はないと考えている。第二段階の合意に向け、近く交渉が開始されると予想している」と語った。

そうした中、急浮上したのが中国・武漢市で発生した新型コロナウィルス感染の拡大だ。習近平国家主席は武漢市を閉鎖するなど、封じ込めに躍起となっているが、感染者は増え続けており、日本を含む海外でも感染者が広がっている。

中国国内の人の移動は抑制されているが、いまだにワクチンが開発されておらず、さらに感染者は増えることは避けられないだろう。「02年~03年に発生したSARSでは、中国経済の損失は億ドルに達し、GDP(国内総生産)成長率が1~2%押し下げられたが、今回の新型コロナウィルスの影響はその10倍に達するとも予想されている。また、SARSは発生から収束まで約8 カ月を要したが、今回はさらに長期化する可能性がある。パンデミックに陥る懸念さえ囁かれ始めている。中国発の世界経済危機に発展しなければいいのだが」(中央官庁幹部)と悲観する声も聴かれる。

実は、新型コロナウィルスが猛威を振るう前から、すでに中国経済は変調をきたしていた。それは中国が1 月14日に発表した2019年の輸出統計が如実に示している。対米輸出は前年比13%。減少幅は09年のリーマン・ショック時にほぼ並んで過去最大となった。中国の全貿易に占める米国の割合は、欧州(15%)、ASEAN(14%)を下回る12%まで落ち込む惨憺たる内容だ。米中貿易戦争の影響は中国経済を確実に蝕んでいたわけだ。

「第一段階」の合意で中国は2017年実績に対し2020年は125億ドル、2021年は195億ドルを上乗せした米産農産品を購入しなければならなくなったが、これは中国にとって背に腹は代えられない苦渋の決断だったことがうかがえる。1月17日に発表された中国の2019年GDP6.1%。天安門事件直後の1990年以来、低い伸びにとどまったのはその証だろう。GDP成長率が6%を割り込めば、中国は内政に火がつくといわれている。

中国は「持久戦論」で勝利を狙うか

米中の「第二段階」の貿易交渉は、新型 コロナウィルスの拡大もあり、さらに不透明感が強まるが、第一段階の合意で積み残しとなった中国の国有企業への補助金撤廃やハイテク企業への保護主義政策などが取り上げられると見られる。経済覇権を見据える中国にとって引けない課題ばかりだ。トランプ大統領は「第二段階の協議をすぐに始めるが大統領選が終わるまでは何も期待できない」と述べているが、11月3日の大統領選を見据え、さらに圧力をかけてくる可能性もある。第二段階の合意は長期戦を覚悟しなければならないかもしれない。

そんな状況で、習近平主席の心中はおだやかではないだろう。足下では新型コロナウィルスの感染拡大に腐心し、中長期的には米国のトランプ政権の圧力をかわさなければならないためだ。だが、習主席には歴史に裏打ちされた戦略があると中国ウォッチャーは語る。手本とするのは建国の父・毛沢東が著した「持久戦論」である。日本軍に勝つための戦略であったが、それをいま対米戦略で実戦しているという指摘だ。「持久戦論」では戦略は3段階に分けられている。第一段階では勝ちを急がず、守りに徹する。そして持久戦に持ち込み、最後の第三段階で勝利する。日本軍のように米国も中国の泥沼に引き込まれるのか。

中国の切り札は「デジタル通貨」

習近平主席が対米戦略として仕掛ける「持久戦論」、その最後の戦場は、基軸通貨ドルの一極体制を突き崩しかねない「紅いデジタル通貨・人民元」をめぐる覇権争いが想定される。

中国は着々とデジタル通貨の発行準備を進めている。「設計、標準策定、機能研究は終えた。次は試験地区の選定だ」中国人民銀行(中央銀行)の範一飛副総裁は昨年11月下旬、こうデジタル人民元の発行を表明した。これに呼応するように黄奇帆・元重慶市長は「人民銀は世界で初めてデジタル通貨を発行する中央銀行になるだろう」と語った。中国は2020年にもデジタル人民元の発行に踏み切る公算が高い。

その背景として、中国ではデジタル決済が急速に普及している。18年にはデジタル決済額は40兆ドルに達し、2大スマホ決済のアリペイとウィーチャットペイの利用者数は合わせて10億人を超えるといわれている。一大デジタル経済圏を形成している。その基盤にデジタル人民元を流通させようという戦略だ。

「中国人民銀行は2014年からデジタル通貨の研究に着手しており、2017年には人民銀デジタル通貨研究所を設立している。デジタル通貨関連技術の特許出願数も70件を超える」(銀行アナリスト)という。表向きの理由は、人民元の国際化や利便性向上だが、本当の狙いは“米国による通貨覇権への挑戦”にあるだろう。最大のターゲットは、中国政府が推進する経済圏構想「一帯一路」で経済支配を進める新興国における「デジタル人民元経済圏」の形成だ。「銀行口座の保有率が低い新興国では、デジタル通貨がハード通貨を凌駕して浸透する。その基軸通貨としてデジタル人民元を普及させるのが最終的な目標だろう」(同)とされる。

熾烈な米中通貨覇権争いが始まるか

昨年10月末、中国の習近平国家主席は、演説でデジタル通貨のベースとなるブロックチェーン技術の重要性を強調した。「中国はデジタル人民元で国民の資金移動の監視を完全な統制下に置くとともに、世界の通貨覇権を握ろうとしている」(中央官庁幹部)といっていい。

国際決済銀行(BIS)によれば、現在40を超える中央銀行が何らかの形でデジタル通貨の研究に取り組んでいる。英イングランド銀行や欧州中銀もデジタル通貨構想を表明しており、日本も例外ではなく、日銀は欧州中銀とブロックチェーン技術の応用可能性について共同研究を進めている。「通貨がデジタル化するのは自然の流れ」(日銀関係者)というのが金融当局のコンセンサスだ。米中貿易交渉の裏で、通貨覇権をめぐる両国の熾烈な戦いが展開されていることを忘れてはならない。