新型コロナウイルスの陰に潜む政治的感染「シノフォビア(中国恐怖症)」を止めよ

2020.2.4

社会

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新型コロナウイルスの陰に潜む政治的感染「シノフォビア(中国恐怖症)」を止めよ

写真:ロイター/アフロ

新型コロナウイルスが、世界で猛威を振るっている。2月3日、中国政府は、国内の死者が湖北省と重慶市で新たに57人増え361人に上り、 感染者が1万7200人を超え、2万1500人あまりが感染疑いの状況にあると発表2003年に猛威を振るったSARSの死者349人をついに上回ってしまった。

現在、オーストラリアやニュージーランド、アメリカ、フィリピン、シンガポール、モンゴルは、中国からの全面入国拒否(自国民は除く)を決定し、北朝鮮やロシア、ベトナムやインドネシアなどは中国と結ぶ鉄道や航空便を停止した。

このままの状況が続くと、被害者がさらに増えるだけでなく、各国による制限も強化されるだろう。しかし、これまでの状況を通じて、筆者はもうひとつの感染を懸念する。それは、政治的感染「Sinophobia(シノフォビア:中国恐怖症)」である。

韓国は湖北滞在外国人の入国を禁止に

これまで、日本のメディアや企業の間では、いつ、どこで、誰が、何人感染したか、その後どうなったかに注目が集まっている。危機管理上、それが最も重要であることに疑いの余地はない。しかし、今回の感染拡大は政治的な領域にも影響を与えつつある。では、それに関する各国のこれまでの状況を確認したい。

まず、感染拡大以降、韓国では中国からの訪韓者への警戒心が市民の間で強まっている。これまでに、「中国人の入国を止めろ!」と訴える市民50万人以上の署名が大統領府に届き、韓国政府は2月2日、4日0時から、感染源とされる武漢市のある湖北省に滞在してきた外国人の入国を禁止することを決めた。

韓国では日本以上に中国への風当たりが強い。例えば、ソウルでは1月29日深夜、韓国人と中国人のグループがすれ違いざまに肩がぶつかったことで口論になり、両者の間で激しい暴力が発生した。その後、中国人のグループは、韓国人のグループから「ウイルスはマスクをつけろ」、「肺炎をうつしていないで中国に帰れ」などの暴言を吐かれたと明らかにした。

香港では医療者が中国との境界封鎖求めストライキ

中国政府への抗議デモが続く香港では、新型コロナウイルスへの香港政府の対応に市民の不満が広がっている。香港の高度な医療を求めて、中国人が押し寄せてくるという警戒感から、深センとの境界を封鎖し、中国人の流入を停止せよと求める香港人の声も強まっている。

一部の医療関係者は、封鎖を求め3日からストライキを行った。昨年以降、香港では北京や香港政府への抗議デモや衝突が続いているが、今回の問題が新たな摩擦になる可能性もある。

そして、香港との関係で、台湾では1月11日、4年に一度の総統選挙が行われ、中国と距離を置く現職の蔡英文総統が歴代最多となる800万票以上を獲得し圧勝した。中国をけん制する政治家に800万もの票が流れたことからは、若い世代を中心に香港人と同じような感情を抱く台湾人が多いことがうかがえる。

今後も複雑な中台関係が続くと考えられ、今回の感染拡大の長期化は、両者の間に新たな緊張を生じさせる可能性もある。

“反一帯一路”風潮で加速するシノフォビア(中国恐怖症)

一方、中国が推進する経済圏構想「一帯一路」に基づき、中国の経済的影響力はアジアや中東、欧州やアフリカだけでなく、南太平洋や中南米にまで広がっている。圧倒的な資金による援助は、“債務の罠”債務帝国主義”などと揶揄されることも多いが、中国資本や中国人は各地に展開している。

だが、すでにパキスタンやスリランカの湾岸施設の使用権を何十年も獲得したように、そのやり方を“乗っ取りだ”とする現地民の声は増え、各地では、“反一帯一路”的な行動も顕著になっている。

例えば、中国の一帯一路戦略上の要衝であるパキスタンでは近年、中国権益を標的にしたイスラム過激派によるテロ事件が断続的に発生している。パキスタン南西部バルチスタン州の分離独立を目標に掲げる武装組織「バルチスタン解放軍(BLA)」は、2017年5月、中国が43年の租借権を得たバルチスタン州南部のグワダル港で作業員10人を殺害し、2018年8月には中国人が乗るバスを襲撃し、数人を負傷させた。

また、2018年11月にも、パキスタン最大の都市カラチにある中国領事館をBLAが襲撃し、4人が死亡する事件があったが、BLAは中国が地元の資源を搾取し続ける限り、中国による一帯一路プロジェクトへの攻撃を続けると警告した。BLAの事例は最も過激なものだが、こういった中国への反発や抵抗は今後も続くであろうし、今回の感染拡大の長期化に伴って、中国資本や中国人へのシノフォビア(中国恐怖症)はいっそう強まるかもしれない。

いずれにせよ、感染拡大の早期終結が第一に望まれるが、医学的な感染が政治的感染につながり、不要な国家間対立や緊張、暴動やデモを誘発してしまう場合もある。今日の世界では、国際協調主義や多国間主義というものは衰退し、トランプ米政権のアメリカ・ファーストにもみられるように、自国第一主義が強くなっている。そういう状況では、政治的対立や緊張は発生しやすいし、エスカレートしやすい。新型コロナウイルスの問題について、国際社会はそれを政治化しないよう改めて最善の注意が必要である。