人材サービスのパイオニアであり、現在もその最前線を走り続けるパソナグループ。人材サービスのリーディングカンパニーとして今年から始まったのが、就職氷河期世代を主な対象にした「MBA制度」だ。 就職難に苦戦し、思うようなキャリアを形成できなかった就職氷河期世代を、地方創生の人材として育成するというこの制度。 パソナグループが取り組む地域活性化事業とも密接につながる、新たな試みに込めた期待とはどのようなものか。制度の背景や未来への展望を追った。
地方創生を行うための人材育成プログラム「MBA制度」
1976年に創業して以来、“人を活かす”ことを仕事とし、さまざまな局面で女性、若者、シニアなどの雇用を創造してきたパソナグループ。近年では「地方創生」にも取り組み、これまで淡路島、京丹後、岡山、東北などさまざまな土地で地方創生事業を推進、人材育成も行ってきた。
その延長線上にあるのが、地方創生を行うための人材育成プログラム「MBA制度」だ。
MBAとは「Middles Be Ambitious」の略。主に1993年~2005年頃の雇用環境が厳しい時期に就活を行った就職氷河期世代(現在約37歳~49歳)を対象に、未来の地方創生プロデューサーとなり得る人材を発掘して、淡路島をはじめ全国各地で活躍してもらうことを目的とした制度だ。
雇用形態は正社員で、パソナグループの子会社で、淡路島で地方創生に取り組む株式会社パソナふるさとインキュベーションが雇用する。募集コースは「淡路島地方創生コース」と「UIJターン地方創生コース」の2種類がある。いずれも淡路島北部の西海岸を中心にパソナふるさとインキュベーションが運営する観光施設などに就業しながら、半年の研修を通して農業の基礎やサービス業務、ホスピタリティ、経営など各個人の特性を活かしたスキルを獲得していく。
「淡路島地方創生コース」は、文字通り淡路島の地方創生に取り組むためのスキルを学ぶコースで、研修後は淡路島で引き続き勤務する。学べる職種は「営業・プロモーション」をはじめ、「テーマパーク」、「エンターテインメント」、「デザイン・制作」、「飲食・物販」、「宿泊」、「農業」、「管理部門」と観光分野など地方創生事業に必要なありとあらゆるものがそろう。
一方、「UIJターン地方創生コース」は「外勤営業」や「プロジェクトマネージャー」「スーパーバイザー」などの研修を経て、その後はパソナグループが取り組む地方創生事業に従事するために各地方へ転勤することになる。
実働8時間のシフト制で週休2日制だが、基本的には観光業を主体としているので土日祝日は原則出勤日だ。住居は寮が用意され、2人一組のルームシェア。3LDKの間取りで、寮費は31000円程度。十分な生活環境も保証されているといえるだろう。
淡路島との出合いとリーマン・ショック
そもそも、なぜパソナグループは淡路島をはじめとした地方創生に取り組み、それが「MBA制度」へ行き着いたのだろうか。広報担当の中村遼さんによると、地方創生に取り組むきっかけは2003年から始まった農業人材の育成事業から始まったという。
「当時、秋田県の大潟村で農業人材の育成事業を行っていましたが、インターンシップを終えていざ独立したいと思っても、個人ではなかなか農地を借りることができない状況がありました。そこで2008年、兵庫県知事や淡路市市長などの応援もあって、パソナグループとして淡路島に独立就農を支援する自社農場を開設することができるように。やがてそれが自然環境豊かな淡路島の資源を地方創生に活かす方向へ発展していき、2012年にオープンした『のじまスコーラ』をはじめ、さまざまな観光施設も作ることができました」
「のじまスコーラ」とは“食材の宝庫”である淡路島の特徴を活かし、閉校になった小学校をリノベーションして、地元野菜のマルシェやレストランがそろう複合施設。ほかにもハローキティの世界観を楽しめる複合施設「HELLO KITTY SMILE」やショーも楽しめる新感覚シアターレストラン「HELLO KITTY SHOW BOX」、自然とアニメ・漫画の融合がテーマの「ニジゲンノモリ」など、現在の淡路島北部の西海岸は豊かな自然環境を活かしたさまざまな観光施設が集まるエリアとなっている。
また、2008年に起きたリーマン・ショックも転機だったと語るのは、人事担当の山本哲史さんだ。
「当時の学生、特に2010年から2013年卒の新卒者はリーマン・ショックの影響を受け、就職が難しい状況で、まさにバブル崩壊後の頃と同様の就職氷河期。そこで、パソナグループでは2010年から就職支援の一環として『フレッシュキャリア社員制度』を開始。約7,300人の大卒者を一時的に雇用し、他社への就職を手伝う試みを行いました。こういった取り組みのなかでも、若者の雇用創出に向けて、仕事がない首都圏から地方に目を向けることの必要性を感じました」
農業人材の育成事業と、リーマン・ショック。ふたつの出来事が現在の淡路島での地方創生事業や「MBA制度」へとつながっているのだ。
元俳優も!? MBA制度の応募者は多種多様
「MBA制度」の募集は随時行われる予定で、初年度は300人程度を雇用していく予定だという。
そんな「MBA制度」には、実際のところどのような反響があるのだろうか。年明けから東京と大阪で何度か説明会を行ってきたところ、参加者は延べ640人、問い合わせだけでも1000人以上と手応えがあったようだ。説明会の参加者は、30代、40代が多いという。
応募してくる人材も多彩で、地元の淡路島に帰りたいという人や、家族で移住したいという人、さらには俳優をしていたという人も。たしかに、テーマパークではキャストとして俳優の経験が活かせることもあるだろう。募集職種は多岐に渡るため、思わぬ経験を活かして活躍できる場面があるかもしれない。
パソナがMBA制度に込める“知行合一”の精神
パソナグループの代表の南部靖之氏は、就職難で当時希望する就職ができなかったり、思うようなキャリアを築けなかったりした就職氷河期世代のキャリア形成を支援するために、この「MBA制度」を実施するという。
一説によると、80万人から100万人いるといわれる就職氷河期世代。南部氏は、この年代が地方創生の新たなキャリアに挑戦し活躍すれば、経済にインパクトを与えられ、人手不足や東京一極集中の解消にもつながるのではと語る。
「学生時代、起業しようと決心したときに私の背中を押してくれたのが『知行合一(ちこうごういつ)』という言葉でした。これは陽明学の命題のひとつで『知識をつけることは、行動の始まり。行動することは、知識を完成させること。行わなければ、知っているとは言えない。知っていても、行わなければ、知らないのと同じである。知って、行なってこそ真知である』という意味です。以来、『迷ったらやる』というのが私のポリシーになりました。
人間は迷っていると、できない理由ばかり見つけようとします。やると決心すると今度は出来る方法を見つけ出そうとします。
応募しようか考えている人たちには、これまで迷ったこと、悩んだこと、うまくいったこと、いろんな経験があると思います。だから、その経験と得た知識を使って、自分自身の未来のためにチャレンジを決心してほしい。“Middles Be Ambitious”という名称には、そんな『挑んでほしい』という期待を込めているのです」(南部氏)
パソナグループを発展させてきた“知行合一”の精神が、過酷な就職氷河期を生き抜いてきた世代たちに根付き、地方創生のさらなる活性化につながることを期待したい。