新型コロナウィルスの感染や不況が世界各国で広まり、国際協調の必要性が叫ばれる昨今。それだけではなく、地球温暖化や国際テロなど、世界にはさまざまな課題が山積みだ。 そんななか、今年も2月中旬にドイツにて世界中の安全保障問題を話し合う「ミュンヘン安全保障会議2020」が開催された。今年の会議を振り返りながら、今後世界はどこへ向かうのか、考えてみたい。
ミュンヘン安全保障会議2020を振り返る
「ミュンヘン安全保障会議」は名前のとおり、世界中の安全保障問題を話し合うフォーラムで、国際経済がダボス会議ならば、国際政治はミュンヘン安全保障会議という形だ。安全保障を話し合う国際会議には、アジア太平洋の問題を中心に議論するシャングリラ・ダイアローグ(シンガポール開催)などもあるが、ミュンヘン安全保障会議の方が取り扱うトピックの幅は広く、安全保障学者の筆者もいつかは出席してみたい会議だ。
まず、この会議には各国の首相や大統領、大臣級が多く参加するが、今年最も印象的だったのは、フェイスブックのザッカーバーグCEOが参加したことだ。
安全保障というと、いかにも“政治”チックな感じがするが、世界的な若手経営者が参加する背景には、グローバル化が拡大するなか、政治と経済を隔てるハードルが著しく下がっていることがある。
筆者は、研究者の傍ら、海外進出企業向けのセキュリティコンサルティング会社で顧問もしているが、実体験として、経営者や従業員、また株主や投資家の地政学(安全保障)リスクへの関心は年々強くなっているのを肌で感じる。そういった問い合わせも多いし、何より大きな損益になる恐れがあるとの切迫感が強く感じられる。安全保障情勢を見誤ると、業績が大幅に悪化したり、株券が紙切れになったりする恐れもあり、経営者たちはそれを注視しながら経営戦略を進めなければならない。筆者もそういった悩みをよく経営者から聞く。政治は政治、経済は経済という時代ではなく、政治と経済は相互に良くも悪くも作用し合う時代であり、密接な関係にあるのだ。
ザッカーバーグ氏は、インターネット上の選挙介入やテロ対策などで議論を行ったが、今後いっそう安全保障の世界における企業の役割も広がるだろう。今年4月から、日本の国家安全保障局にも経済班が設置されるというが、“経済安全保障”という言葉も日常的に使われるようになっている。
主要国は協調せず、多極化に向かうか
また、今年も、主要国間の意見の隔たりが浮き彫りとなった。中国の王毅外相は、新型コロナに対する政府の対応の成果をアピールし、西側は自らが優れているという偏見を捨て、非西洋の大国の発展を受け入れるべきだとけん制した。
そして、米国と欧州との亀裂も改めて顕著に示され、フランスのマクロン大統領は、米国に依存しない安全保障協力の確立を欧州各国に呼び掛けた。トランプ米政権になって以降、米中露は自らの言いたいことを存分に主張し、ドイツやフランスなどが戸惑いながらも国際協調を呼び掛けるというパターンが続いてきたが、マクロン大統領の発言からも、世界はいっそう一国主義的な多極化に向かっている。英国のブレグジットもそれに拍車を掛けている。
温暖化、人口爆発…今後の世界の行方とは
さて、世界は今後どこに向かうのか。ずばり言うと、筆者は、“地球温暖化や人口爆発(急激な人口増加)、国際テロなど国際協調が必要となる問題がますます深刻化するなか、国際協調とは対立する流れが主要国間で進んでいる”と思う。
例えば、地球温暖化や気候変動がもたらす脅威は長年メディアでも言われているが、人口爆発がもたらす脅威はどれだけの日本人が想像しているだろうか。日本では少子化、少子化とよく叫ばれるが、世界の人口はアジアやアフリカの途上国を中心に今後劇的に増加する。アフリカの総人口は現在約13億人だが、2100年までに3倍以上増え、約43億人に達すると予想されている。
また、テロが続くナイジェリアの人口は、現在の約2億人から約7億3,000万人になるとの見方がある。インドでは若者の人口が総人口の半分以上を占めるが、地球温暖化によって農地面積が減少し、雇用の減少が懸念されている。こういった状況から、若者たちの雇用や資源を巡る競争がいっそう激しくなり、デモや暴動、もしくはテロに走る若者の姿は想像に難くない。急激な人口増加に見合う分の安定的な雇用が持続的に創出されることは、極めて難しい。
上述のことが予想されるならば、世界はこれまで以上に国際協調主義を重視しなければならないはずである。だが、それとは真反対に進んでいるのが今日の世界だ。以前に比べ、国連の存在力もかなり落ち込んでいる。
米大統領選は世界情勢のトリガーに
今年11月の米大統領選挙は、今後の世界情勢にとって大きなトリガーとなる。トランプ大統領が勝利すれば、4年間はこの流れが続くだろうし、民主党候補が勝利すれば、トランプ流の外交は大幅に修正されるだろう。だが、超大国としての米国、世界でリーダーシップを発揮する米国(例えば、ブッシュ政権)へ回帰する可能性は低い。オバマ政権の政策をひっくり返すことがトランプ米政権の大きな特徴だったが、超大国からの撤退、非介入主義という部分では両政権のスタンスは同じだ。時期米大統領が誰であっても、世界は多極化への道を歩み続けることになるだろう。
だが、そのような中でも、地球温暖化のように国際協調が必要となる問題は悪化し続ける。世界の多極化、主要国間の分裂や亀裂は、途上国の次世代に最悪のプレゼントを提供しているように筆者には映る。