2020年9月14日、東京港区の浜松町駅のそばに「東京ポートシティ竹芝」のオフィスタワーが開業した。渋谷を再開発している東急不動産が鹿島建設と組んで「スマートシティ」を推進するプロジェクトで、ソフトバンクグループとソフトバンクの両本社もここに移転する。コロナ禍で働き方に変革が求められる今、オフィスの在り方も問われている。どのようなビルなのだろうか?
ソフトバンク本社が引っ越し
このプロジェクトは2013年6月に東京都の「都市再生ステップアップ・プロジェクト」の事業予定者に選定され、2015年3月に「国家戦略特別区計画」の特定事業として認定。2016年5月のオフィスビルから着工し、2020年7月からはレジテンスの入居が始まり、9月14日にオフィスタワーが開業した。
オフィスタワーは、敷地面積1万2156平方メートル、延べ床面積は18万2052平方メートル、S造、RC造、一部SRC造の組み合わせで、高さ208メートル、地下2階、地上40階建てだ。JR浜松町駅からオフィス・レジデンスの両ビルを通り、ゆりかもめ竹芝駅を結ぶ全長約500メートルの歩行者デッキを建設し、アクセスを良くした(JR浜松町駅は工事中で、現在、歩行者デッキとはまだつながっていない)。
1~3階は商業ゾーンで、1階にはイベントホールの「ポートホール」のほか、「竹芝グルメリウム」としてレストラン、カフェ、コンビニエンスストアが入る。また、2~5階は展示会・見本市、イベント、セミナー、試験、会議の会場「東京都立産業貿易センター浜松町館」が。2~6階の外側は「スキップテラス」という6800平方メートルの水と緑に囲まれた憩いの空間だ。働く人たちがリラックスできる空間を提供することで仕事の効率が上がることを狙う。6階はオフィスロビーで、8階は「クリエイションフロア」と題してシェアオフィスや撮影スタジオ等がある。9~39階まではオフィスエリアで、竹芝地区の再開発における共創パートナーでもあるソフトバンクとソフトバンクグループの両社が汐留から本社を移す。同社の従業員は約1万人にも上り、営業法人部門を皮切りに引っ越し、年内には入居を終えたい考えだ。
一方、レジデンスタワーは、敷地面積3434平方メートル、延べ床面積は1万9357平方メートル。RC造のみで、高さ60メートルで、18階建て、262戸、長谷工コーポレーションが設計を行った。1階は保育所、2~4階はシェアハウス(44戸)、5~8階はサービスアパートメント(80戸)として海外を含めた長期出張者を視野に入れている。9~18階は住居エリア(138戸)で、9~16階は35~96平方メートルの1ルームから2LDK、17、18階はプレミアムレジテンスとして100~125平方メートル、2LDK~3LDKの構造となっている。
あらゆる場所にセンサーを設置してデータを取得
東急不動産の岡田正志社長は会見で「渋谷とは異なる街づくりの挑戦」と語っていたが、「スマートビル」と銘打っただけあってITを駆使したことが特徴だ。ビルの至るところにカメラを設置して「人の流れ」「人物属性」「混雑状況」「交通状況」「道路状況」「水位」といったデータをリアルタイムに取得。これ分析して、来館者やビルで働く人などに必要な情報提供などを行う。
このビルはスマートビルとしての実証実験も行っており、1万人が働くソフトバンクの従業員が協力。今後のビルづくりにも反映される。
例えば、エレベーターホール前には顔認証のゲートがあるが、ソフトバンクの20階で働いている人が認証後、ゲートについているディスプレーに「○号機に行ってください」と表示されるのでそれに向かう。スマート化されておりデータベースにこの従業員が20階で働いていることがわかっているため、最速で到達するエレベーターに誘導する仕組みだ。そのあとの人が21階であれば20階で働く人と同じエレベーターに乗るよう誘導し、35階で働く人が来れば、別のエレベーターにのせる。これを繰り返すことで混雑を防ぐ。
レストランでは店内に設置されているカメラで混雑具合を感知。ビル内にあるディスプレーを通じて来館者に情報を提供する。トイレでも同じことをする。ユニークなところでは、ビル内にあるゴミ箱にもセンサーを設置。ゴミ箱内がどれだけ埋まっているかを把握して、いっぱいになった時点で清掃員がタイムリーにゴミを捨てることができる。これまでは定期的に巡回することでゴミ箱の埋まり具合をチェックしていたため、ゴミ捨ての効率が劇的に上がる。
withコロナとafterコロナのビルのあり方
プロジェクトが始まった頃には“人が集まる”ことを前提としたオフィスビルづくりが計画されたが、2020年に突如、新型コロナウイルスが広がったことで“非接触”がキーワードとなり、ビジネスモデルが根本的に覆される展開となった。
東急不動産都市事業ユニット都市事業本部ビル事業部の根津登志之統括部長は、「約8年前にこのプロジェクトが始まったときにスマート化というのは社会にもほとんどなく、テクノロジーを使ったビルをつくろうと考えました。ソフトバンクがパートナーとして入居することになり、一気に進んでこのようなかたちに至りました」と語る。
スマートビルを建設する難しさについては、「何が正しい答えなのかわからないことでした。逆に言えばこの先も技術は進化していくので、将来のこのビルの姿は変わります」と断言する。「スマート化が直接われわれの収益に寄与するのかはわかりませんが、テナントの方に使い勝手が良くなれば、それはいいことですし、ビルとしての競争力も上がるはずです」と副次的な効果を期待するとした。
また、根津氏は「ビルのあり方がこの先全く変わらないということはないでしょう。コロナで人が来ない、来られないとしても収益をあげる構造にしなければなりません」と語る。それはつまり、建物というハードウエアをつくった上で、これからはソフトウエアで稼げる体質にするということ。
「ソフトバンクで言えば、宮内謙社長も会見で話していましたが、リモートワークは行いつつも、本社で人と人が会うことでイノベーションが生まれるところをつくりたいとの思いでした。しかし、会社によっては、オフィスは最低限で十分というところもあるでしょう。われわれとしてはサービスを改善させて、どちらにも対応するようにしていきます。
例えば、1階のポートホールは、もともとたくさん人が集まるように考えられたものですが、今後はテクノロジーを使って、距離が遠くてポートホールに来られなくても同じ体験ができるようにするといったことを進めたい。サービスを拡張する方向にビジネスを持っていきたいと考えています」
個人データを提供してもいいと思えるサービスとは
スマート化するということは、カメラを利用して人間の行動が把握されることでもある。レジデンスの住人であれば、マンションにある顔認証の入口から家のドアまで非接触でたどり着くことが可能だが、その一方で、何時に外出し、何時に戻ってきたのかもわかる。
「個人をどのように扱うのかは大きな課題となります。ただ、レストランに入った客などは個人のデータにならないように抽象化したデータに変換します。顔認証であれば、本当に嫌な人は普通の鍵を利用します。顔認証だけではなく、それ以外の選択肢を提示することも重要です。『データを提供してもいい』と思ってもらうには、それ以上のサービスを提供しないと納得してもらえません。実際に行ってみて、どういったことが問題なのかというのも洗い出していくことも、社会にとっても大事なことでしょう」(根津氏)
afterコロナのビルについては「オフィスビル、商業ビルといった垣根がなくなるかもしれません。ショッピングモールの中にシェアオフィスがあるといった本当の意味での複合施設などです。ただ、何かが変わったからこれまでがダメになるというのではなく、新しいやり方も考えて、それを取り入れつつ、これまでの方法も継続できると思います」と語り、既存の方法と新しいやり方のハイブリッド的な方向になるのではないかと推測していた。
これからのビルは、箱をつくるだけでは不十分で、根津氏が話したように、それに付随するサービスが生き残る手段となる。集めたデータは個人情報に近ければ近いほど価値が高い。つまり、データの流出がない、悪用されないなど利用者に不安を与えないかたちで活用していくという難しいミッションを実行できるが鍵となりそうだ。