「デジタル化」「地銀再編」「中小企業の再編・強化」 菅政権が目指す経済運営

2020.9.28

経済

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「デジタル化」「地銀再編」「中小企業の再編・強化」 菅政権が目指す経済運営

新型コロナウイルス対策と景気回復は菅政権の大きなイシュー 写真:Nicolas Datiche/アフロ

菅義偉政権が発足、日経の世論調査では74%の支持率を得るなど、順調な滑り出しとなった。安倍政権を引き継ぎ、「役所の縦割り」「既得権益」「前例主義」の打破、規制改革などを掲げ、「国民のために働く内閣」を目指すことが国民に支持されたものと思われる。

 

また、「秋田から上京し、苦学して大学を卒業した後、工場勤務を経て縁あって代議士の秘書となり、横浜の市議さらに国政に転じ総理大臣に昇りつめたたたき上げ”のサクセスストーリーが、いまなお絶大な人気を誇る故田中角栄元総理を彷彿とさせる」(永田町関係者)ことも国民の期待につながっている。しかし、具体的な手腕はこれからであり、とりわけ経済政策に関しては未知数と言っていい。菅政権が目指す経済運営とは何か、その期待をひも解く。

期待するのは、まずはデジタル化

「菅新総理については、ご自身も仰っておられるが、まずは新型コロナウイルス感染症への対応と経済活動の回復の両立に取り組んでいただくとともに、新型コロナウイルス感染拡大により浮き彫りとなった課題である、わが国のデジタル化、オンライン化の遅れへの取り組みにより、ポストコロナ時代における新たな日常を通じた質の高い経済社会の再現を期待したいと思う」

全国銀行協会の三毛兼承会長(三菱UFJ銀行頭取)は9月17日の記者会見で、菅新政権の経済運営についてこう期待を寄せた。

菅政権では「デジタル庁」の創設も予定されており、“省庁を連携するデジタル化”も視野に入る。金融界では「銀行界が取り組んでいる税・公金収納の効率化におけるQRコードの導入については、デジタル庁のような国の統一的な旗振りのもとで進めることが望ましいのではないかと考えている」(三毛会長)と政府と連携してデジタル化を推進する姿勢を強調している。

マイナンバーカードと銀行口座のひもづけについても「公的機関と連携した一括付番といったデジタル技術による簡便な方法について、法的整備を図ってほしい」(同)と期待する。菅政権にとってデジタル化の推進の成否は政策の“一丁目一番地”となろう。

携帯電話料金の引き下げは“国民のために働く内閣”の象徴に

菅首相の経済運営について市場関係者は、「円安・株高を演出してきたアベノミクスが当面、維持ざれるだろう」と見る。アベノミクスの根幹をなす3本の矢は温存され、日銀によるマイナス金利政策を含む大規模な金融緩和も継続される。

9月23日昼に、首相官邸で菅首相と会談した黒田東彦・日銀総裁は「首相とは政府と日銀が十分に意思疎通し、しっかり連携して政策運営していくことで一致した」と、アベノミクスを継承し、異次元緩和を継続していくことを示唆した。

市場では、こうした財政拡大と金融緩和を組み合わせた現在の政策継続への安心感に加え、デジタル化の推進や成長戦略の再起動に対する期待感が高い。菅氏は役所の縦割りなどを打破して規制改革を進める意向を強調しており、行政改革・規制改革相に河野太郎氏を充てたことも市場の期待を高めている。

また、菅氏は官房長官時代から推進した携帯電話料金の引き下げについて、引き続き強力な姿勢で臨んでいることも国民の期待を惹きつける。「独占的な市場占有率と高収益にあぐらをかく既存の携帯大手は許さないという強いメッセージは、“国民のために働く内閣”の象徴となる。公正取引委員会もこれを後押しする」(市場関係者)という。
一方、マイナス金利政策を含む異次元緩和の継続は、金融機関の収益環境は厳しい状況が続くことを意味する。とりわけ人口減少や地域経済の縮小に苦しむ地方銀行の経営環境はアゲインストの風が吹き続けることになる。

菅氏は自民党総裁選の過程で、「地方の銀行について、将来的には数が多すぎるのではないか」と語り、「再編も一つの選択肢になる」と指摘した。この菅発言を受け、再編銘柄と目される地銀の株価が軒並み上昇した。市場は地銀の再編を先取りし始めている。地銀界の菅新政権に寄せる想いは複雑だ。

コロナ禍の融資額は官民で40兆円余り

菅政権にとって、「地方」と「中小企業」は政策の重要なキーワードとなる。この点、新型コロナウイルス感染拡大に伴う行動の制限、営業自粛、インバウンド需要の激減から地方、中央を問わず中小企業の売上が急減、収益悪化に伴う資金繰り確保が社会問題化している。

政府は2次にわたる補正予算を組み、政府系金融機関を通じた実質無利子・無担保の特別融資に乗り出しており、さらに5月からは民間金融機関に対しても実質無利子・無担保の融資実行と既存借入の条件変更等に柔軟に対応するよう繰り返し強く要請。官民金融機関ともに貸付残高が急増している。

日本政策金融公庫、商工組合中央金庫、日本政策投資銀行の3政府系金融機関が3月から始めた危機対応融資額は7月末で合計約13兆4000億円に達した。また、同期間の民間金融機関による融資残高も約26兆円増加した。官民で40兆円余りの資金がコロナ支援に充てられたことになる。

民間金融機関の実質無利子・無担保融資の仕組みは、都道府県の制度融資を活用し、国が借入に係る利子を当初3年間補給するもので、保証料も半額またはゼロとなる。また、最大で5年間にわたり返済を据え置くことができるほか、融資上限も第2次補正予算の成立を受け3000万円から4000万円に引き上げられた。まさに至れり尽くせりの特別待遇だ。

中小企業は「おかわり融資」に期待も

一方、融資する金融機関にとっても特別融資は貸出金利が得られる(企業は利子補給で実質無利子)ほか、大半は信用保証協会の100%保証が付されるため、不良債権化しても信用リスクはゼロ。このため優良顧客を取り込み、貸出残高を積み上げる格好の機会となっている。また、金融機関は貸出条件の変更にも積極的に対応している。「現状は申し出があった中手企業のほぼ100%に近い先で貸出条件の変更に応じている」(地銀幹部)という。

新型コロナウイルス対応融資は資金繰りに苦しむ企業の支援策として有効に機能していると言っていい。だが、企業にとって債務であることには変わりなく、いずれ返済しなければならないお金だ。そして今、中小企業の現場から聞こえてくるのは、「コロナ禍で売上高の減少が続き、受けた融資は数カ月で底をつきそうだ。遠からず再度融資を依頼しなければなないかも知れない」(都内の中小企業経営者)という悲鳴だ。

勢いこうした中小企業の悲鳴は新政権に向かう。菅氏は自民党総裁選挙で経済政策について「雇用と事業が継続できるよう政府として責任をもってやっていく。給付金や無担保・無利子の融資でつなぎ、これで収まらなければ次の手は打っていく。(給付金の追加も含めて)必要であればしっかり対応したい」と強調している。苦境に喘ぐ中小企業経営者が再度のコロナ対応融資の実行に期待を寄せるのも無理はない。金融界ではこれを「おかわり融資」と呼んでいる。

政府は「Go Toトラベル」や「Go Toイート」などの施策と通じて消費を喚起し、景気の底上げに注力しているが、コロナ禍が長引けば中小企業の倒産、廃業は急増しかねない。はたして中小企業が望む「おかわり融資」はあるのだろうか。

ブレーンの声をどうさばいて改革するか

他方、菅首相は中小企業政策の中核をなす中小企業基本法の見直しに言及していることも気掛かりだ。中小企業の定義を見直しや最低賃金の引上げによる中小企業の再編を促す姿勢を見せている。

菅氏の経済政策の中核をなす「デジタル化」「地銀再編」「中小企業の再編・強化」の背景には、複数のブレーンの影が見え隠れする。これらブレーン陣のサゼッションに耳を傾けるあまり改革を急ぎ過ぎれば、期待は反発に転じる可能性も棄てきれない。