旧電電への先祖返りで、ナショナルフラッグとして世界に挑戦するNTT

2020.10.1

経済

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旧電電への先祖返りで、ナショナルフラッグとして世界に挑戦するNTT

写真:ロイター/アフロ

NTTは9月29日、上場子会社のNTTドコモを完全子会社化すると発表した。買収総額は約4兆2500億円と国内企業へのTOB(株式公開買い付け)で過去最高額となる。ドコモ分離から28年、NTTグループは再統合へ限りなく先祖返りするようにみえる。そこに見えてくるのは、菅義偉政権発足を機に、NTTグループを軸に通信政策が大きく転換されようとしている兆しにほかならない。菅首相が求める携帯料金の大幅値下げ圧力がその背中を押した格好だ。

再編が携帯電話市場の“健全な”競争を促進

29日の会見でNTTの澤田純社長は、「ドコモの国内での携帯利用者のシェアは約37%でかつてほど強大ではない。競争に勝つためにドコモを強くするので、KDDIやソフトバンクが負けるかもしれない」と語り、「今回の再編について規制当局に話をしたが、法制度上問題はないと聞いている」とたたみかけた。

今回の再編のキーワードはこの「法制度上問題ない」という一語によく表れている。“規制当局”とは主務官庁の総務省そして、競争環境を監視する公正取引委員会などである。武田良太総務相は今回の再編について、「NTTからNTTドコモが分離した当時は固定電話が圧倒的に多く、携帯電話の競争が始まろうという時代で、ここまで携帯電話が普及した現在とは社会環境が違う。そうした環境に合致した健全なやり方を期待したい」と述べた。(今回の再編が)携帯電話市場の競争を促進し、携帯電話料金の大幅な値下げにつながるとの見方だ。

菅総首相に近いと目される三木谷浩史氏の楽天が、再編に合わせるように、9月30日から高速・大容量通信規格「5G」で大手キャリアの半額以下となる料金プランを開始したのは象徴的ですらある。NTTの澤田社長も「本件(再編)が値下げと結びついていることはまったくない」としながらも「結果として、そういう余力も出てくる」と認めた。

ドコモの完全子会社化に4兆円超もの巨資を投じる意味

いうまでもなく、NTTは民間企業で株式も上場しているが、民営化の経緯から財務大臣(国)が30%超の株式を保有する大株主となっている。ガバナンスの観点から見れば、今回の決定で、同じく株式を上場しているドコモをTOBでNTTが完全子会社すれば、ドコモへの国の関与は強まることになる。民間企業であれば嫌う国による経営への関与を、NTTの澤田社長は甘んじて受け入れているわけだ。そこにあるのは、「携帯事業における独占はすでに終わり、打って出なければ競争力を担保できないという危機意識」であろう。澤田氏が選んだ道は、国の懐に戻る先祖返りでもある。

一方、市場からみれば、今回のTOBは親子上場の解消と映る。NTTはTOBでドコモ株を40%のプレミアムをのせて買い取る。4兆2500億円もの巨資を投じてドコモを完全子会社するのは、マーケット的にはドコモの株主への利益還元とも受け取れる。ドコモ株主への手切れ金のようなものだが、高い報酬を支払うことになる。

結果、財務も悪化する。「買収資金の全額を銀行からの借入で賄う方針で、NTTの有利子負債は6月末の4.2兆円から倍増する。負債が自己資本の何倍あるかを示すネットDEレシオは0.4倍から0.9倍に跳ね上がり、通信業界平均(加重)の0.6倍より悪化する」(市場関係者)とされる。29日のNTTの株価は一時6%安となった。

また、市場の一部からは、「NTTが4兆円超もの巨資を投じてドコモを完全子会社する意味が理解できない。親子上場を解消することにより株価がコングロマリットディスカウント(グループ内で複数の会社が上場していることで、株価が低く抑えられること)されること回避できるだろうが、現状でもNTTはドコモの株式の64%を支配する大株主で、ガバナンスは効いている。これ以上、ドコモへの経営関与を強める必要はどこにあるのか」という疑問の声も上がる。

「新生ドコモ」の競争相手はファーウェイでありGAFA

だが、NTTは、4兆円超もの巨資を投じてもドコモを完全に支配することに利点があると判断した。その理由の一つには、国内に巣ごもって動きが鈍いドコモの吉沢和弘社長に対する不満もあったと伝えられている。

澤田社長が完全子会社化の方針を固めたのは2020年4月、「シェアは高いが利益が3番手になった時点で、ドコモに働きかけた」ということからもうかがい知れる。さらに、関係者によると、直近のドコモ口座をめぐる銀行預金の不正流出問題で、対応が遅れた吉沢氏に立腹したという話も聞かれる。

一方、ドコモ側からすれば、ドコモはグループの儲け頭であり、技術開発をリードしてきたとの自負がある。ポケベルやiモードの開発はその最たるものだ。「かつてドコモの社員は傍流扱いだったが、今や中核」(関係者)との声は強い。

ドコモは上場以降、ともすればNTTから離れようとする遠心力が働いていたことは確かだ。

ドコモの完全子会社化は、その力学を逆回転させるものとなる。狙いは、「意思決定を迅速化できる」(澤田社長)にある。今回の完全子会社化に合わせ、ドコモ社長も吉沢氏から親会社出身の井伊基之副社長に交代する。

澤田社長はドコモの完全子会社化の先も見据えている。澤田氏は会見で、NTTコミュニケーションズとNTTコムウェアを吸収した場合の「新生ドコモ」のイメージを聞かれ、「吸収合併するかは検討中だが、ドコモに2社を合わせると売上高は6兆円を超す。NTTグループの中核会社になる。一方、NTTデータは海外事業が大きく独立して動けるので、完全子会社化しない」と答えた。澤田社長の視野の先には、グループ会社を糾合して海外に打って出る絵が描かれていると見ていい。競争相手は、ファーウェイでありGAFAにほかならない。

NTT本体は基礎研究を手掛け、NTTデータはシステム開発で支援する。ドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアを統合した新会社は、インフラそのものを構築する事業で海外に打って出るという戦略だ。鍵を握るのは、世界の通信インフラで進む“オープン化”であり、次世代通信規格6Gを見据えた光技術を使ったネットワーク構想「IOWN(アイオン)」にある。アイオンは、現状の100倍規模のデータ伝送容量、低遅延の能力の実用化が見込めるとされる。

現状の5Gでは、インフラの核となる基地局で中国のファーウェイや北欧のノキア、エリクソンの3社が市場の約8割を支配している。グループ再編を機にこれら競合他社と伍すNTTグループに脱皮することが展望されている。

NTTをナショナルフラッグに?

その布石は6~7月に打たれていた。旧電電ファミリーであるNECとの資本・業務提携だ。この提携では、NTTが600億円を投じてNECに約5%出資した。5Gさらに6Gなど先端通信網を共同開発することが謳われている。提携話をNECに持ち込んだのは澤田社長である。

「世界レベルのダイナミックな環境変化に対応したい」

29日の会見で澤田社長はこう強調した。旧電電ファミリーとの共同開発、さらにドコモの完全子会社化の先にあるのは、先祖返りしても世界に打って出ようというNTTの強い意思表示にほかならない。行政もそれを後押しする。巨大ゆえに独占禁止法の観点から分割されたNTTがふたたび糾合する。

強くなりすぎるNTTに国内の競合他社は「NTTの経営形態の在り方は、電気通信市場全体の公正競争の観点から議論されるべきと考える」(KDDI)、「NTTグループ各社の在り方については一定のルールが課せられており、NTTによるドコモ完全子会社化は、電気通信市場における公正競争の観点から検証されるべきものと考える」(ソフトバンク)と疑義を呈している。

しかし、公正取引委員会はNTTのドコモ完全子会社化、さらにNTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアとの統合も認める可能性が高い。菅政権の発足と平仄を合わせるように公取委の委員長には、安倍政権下で約7年にわたり官房副長官補を務め、菅首相と近い古谷一之氏が就いている。

競争の土俵は国内のみならず海外まで広がっている。NTTの今回の決断が、菅政権の発足とほぼ同時に浮上した背景には、「NTTをナショナルフラッグとして国を挙げて通信インフラの市場を取りに行く」という明確な戦略が感じ取れる。