南アメリカ大陸の南西に位置し、全長4300kmにも及ぶ南北に細長い国、チリ。私たちが普段抱いているチリのイメージはどんなものだろうか。モアイ像で知られるイースター島、自然豊かなパタゴニア地域、おいしくてコストパフォーマンスの良いワイン、南米では珍しいトータルフットボール……。これらをさっと思い浮かべられる人は、むしろチリについて多少は知っている方だと言ってもいいかもしれない。
日本とチリとの距離は約1万7000km、日本にとって物理的には決して近い国ではない。しかし、少し意識してみれば、チリからの農水産物は、至るところで私たちの生活を豊かに彩っていることに気づくだろう。今、チリと日本との間で、新しい貿易のあり方、共同事業の種がいくつも芽吹いている。
日本とチリとをビジネスの場でつないできた、チリ貿易振興局(ProChile)日本オフィス代表 チリ大使館商務・農務参事官のハイメ・リベラ氏に、これからのチリと日本とのビジネスの可能性についてお話を伺った。
遠くて近い国、チリを知る
まず、チリにとって日本はどんな国なのだろうか。12年間、アジア諸国で勤務してきた チリ貿易振興局(ProChile)日本オフィス代表のリベラ氏は次のように語る。
「日本はチリにとって中国、アメリカに次ぐ第3の貿易輸出相手国で、非常に重要な存在です。経済の面でもテクノロジーの面でも日本は先進国ですが、日本とチリは似ている部分がたくさんありシンパシーを感じます。まず、南北に細長い国土。その地形を生かした農業や、水産業から得られる産物も近いものがあります。一方、これは良くない側面ではありますが、災害が多いというのも共通点ですね。例えば、地震や津波。チリと日本は120年以上の国交がありますが、これまで協力して防災の知識を共有してきた歴史もあるんですよ」(リベラ氏、以下同)
また、アニメーションやテレビゲームなどの日本のサブカルチャーは、早くからチリに流入していたという。
「私は今年48歳になるのですが、子どもの頃から、日本はクオリティの高いものを作る国だという認識がありました。例えば日本のアニメは、技術力もクオリティも素晴らしく、他のアジア諸国とは違うということを感じていました。
テレビゲームも、日本の製品は早くからチリまで届いていました。任天堂、セガ、ソニーといった企業の製品は、今日のようなグローバル・マーケットの流れがまだ無いような時代から、なじみのあるものだったんです。地理的に言えば日本とチリは遠く離れていますが、こういったアニメやゲームなどを通して、日本を近くに感じることが多々ありました」
チリと日本をつなぐリベラ氏のミッション
若い頃から日本に関心があったリベラ氏は、両国の貿易はまだまだ伸び代があると考えている。2018年9月に現職に着任してから、数々の戦略を打ち出してきた。キーワードは「協働(Cooperation)」だ。
「まずは、先の5年間を見据えて戦略を立てました。それは、これまで築いてきたものを崩すのではなく、それを生かしつつ、新しい世界の動きに対応していくものです。
現在、私はチリ大使館の商務参事官と農務参事官を兼任していますが、2つのポジションを兼任することで、農産物を輸出する際、日本のマーケットに参入する要件をクリアするという農務部のミッションから、最終的な輸出販売に導くという商務部のミッションまでを一貫して俯瞰することができ、非常にやりがいを見出しています。
農産物の輸出については、日本のマーケットは参入するまでは難しいのですが、いったん参入してしまえば、日本の方たちの手厚いサポートもあるので、そのあとは比較的生き残っていきやすいマーケットだと考えています。新しい商品の参入機会を見つけるところから、衛生条件を整え、日本に輸出が可能になるところまで持っていく。そして輸入業者とマッチングをして、その商品が日本市場で成長できるように促していく。これが私の仕事です」
リベラ氏はプロチリの中でアジア、オセアニア地域のコーディネーターを兼任しているため、日本だけをターゲットとするのではなく、地域内にある14のオフィスをまとめて、一つの大きなマーケットとして捉えることができるという。
BtoCで「チリ産」を認識してもらう
「農産物について具体的にお話しましょう。実はチリ産だということ知らずに、日本の皆さんが口にしているものが数多くあるんですよ。レモン、キウイ、アボカド、ベリー類、サクランボ、その他たくさんのフルーツ、野菜が日本のマーケットに入っています。南半球にあるチリは、北半球では生産できない季節に供給が可能です。レモンなど、通年で使う食品などは、チリからの商品でまかなっている部分が多いんです。
でも、チリのこれまでの貿易の仕方はBtoBが中心で、消費者に直接届けるといったやり方をしてきませんでした。そのため、一般の消費者に届くときには、『チリ』という文字は裏側の小さな表示を見ないと気づかないようなパッケージになっていたりして、必然的にチリ産という意識は培われてこなかったわけです。
そこで私たちは今、デジタルマーケティングのプランを立てています。例えば、スーパーマーケットでQRコードを読み込むと、この製品がどこから来たのかわかる動画につながるとか、そういった仕組みを考えています。このコロナ禍で、日本国内の販売業でも消費が伸びているスーパーを新たなターゲットにしようという試みがなされていますが、こうしたBtoBからBtoCへの意識改革は、私たちも当然する必要があると考えています」
デジタルマーケティングで商品のポテンシャルを伝える
水産品でも、チリは日本の食卓を支えている。サーモン(サケ)やトラウト(マス)、ムール貝、ウニも実はチリ産が多く輸入され、ウニは日本への輸出量1位を誇っている。
「これらをチリ産と認識していただくことも、私たちの大きなミッションの一つです。商品のPRは、日本に拠点をおいているチリの企業や輸入業者が担ってくれることも多いので、こうした人たちとのコラボレーションをはじめ、Facebook やInstagramなどSNSでの周知も始めています。
一方、輸入量がなかなか伸びないものもあります。例えばムール貝は、商品としての認知度は高いのですが、日本の家庭での消費にはまだ結びついていないと思われる商品です。コロナ禍前は外食向けに需要があったのですが、今は外食する機会そのものが減ってしまったため、これまでとは異なる販路の開拓が必要になってきています。すでに輸入されている商品のサポートを含め、こうした商品も確実に販売できるようにしていかなくてはなりません。
このデジタルマーケティングのプランでは、日本の家庭に向け、どのような料理に使えるのか、どう調理したらおいしく食べられるのかを提案することも大切だと考えています。ムール貝は、栄養価の高い優秀な食材なので、家庭で消費ができるというのは消費者にとってもメリットがあること。例えば、私の意見だとラーメンや海鮮丼などに使ったら、一般家庭でおいしく食べられると思うのですが」
PRのイメージとしては、メキシコ産アボカドの例を挙げる。
「私が日本に着任する20年ほど前までは、アボカドを日本のスーパーで見かけることはまずありませんでした。今日ではどのスーパーマーケットにも売り場がありますし、『アボカドってなんだろう?』という人はほとんどいないでしょう。それだけ一般消費者に周知された。そして、アボカドといえばメキシコ、という認識も形成された、これは非常に優秀なPRの成功例だと思います。
これをモデルケースとして、チリ産の商品もPRしていけたら。品質を求める日本の国民性にアプローチできるクオリティが、チリ産のものには十分備わっていることも伝えていきたいと考えています」
中小零細が参入できる新しいECの取り組み
リベラ氏たちが目下取り組んでいるのは、チリ製品を直接消費者へ届けることのできるeコマース(EC)サイトの立ち上げだ。メリットとして、これまでハードルが高かった中小零細企業も積極的に日本のマーケットに参入することができることが挙げられる。
「中小企業が自力でターゲットになるクライアントを見つけ、日本ではどういったパッケージが好まれるのかなどを調査するのは困難です。このECのプロジェクトでは、公共入札をして募った日本のエージェントのサポートを得て、そういった部分をカバーできるようなプログラムになっています。
日本のエージェントはチリで30年以上ビジネスをしている国際企業、三谷ホールディングのグループ会社、三谷ビジネスパートナーズです。チリと日本をよく知っているこの会社に商品選定から輸入までを委託しています。チリには農水産物のほかにも、スナック類、はちみつなどにも付加価値を見出せるようなクオリティの高い製品があるので、こうした製品のブランド力も培っていきたいです。
将来的にはこのプラットフォームを発展させ、こちらをBtoBにもつなげることができたら。従来なら、BtoBからBtoCへの流れだと思うのですが、小さな企業にとっては初めからBtoBのビジネスは難しい。そこで、ここを足がかりにしてもらえたらと考えています」
ECサイトは、2020年12月初旬にオープン予定。約20商品からスタートし、今後2年ほどで300商品ほどまで増やしていく方針だ。
知る人ぞ知るゲーミング・テクノロジー
農水産物の輸入以外にも、チリと日本の関係は近年、新たな局面を迎えている。本稿の冒頭で、日本のチリへの影響としてゲームを挙げているが、実はチリは15年ほど前から、輸出できるほどクオリティの高いゲーミング・テクノロジーを持つようになっている。
チリには現在、プログラミングのほか音楽やデザインなどを専門とする200〜300社のゲーミング会社があり、そのうち大手60社がゲーム産業のアソシエーションVGChileに参加。プロチリは、日本の任天堂やスクウェア・エニックスとも話し合いを進めており、2020年10月16日には、日本の経産省と共同主催で、VGChileと、CESA(一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会)、JOGA(日本オンラインゲーム協会)、JeSU(日本eスポーツ協会)が参加するオンラインセミナーが開催されたばかり。
「日本の企業とのゲームの共同開発も視野に入れ、次の5年間で、ゲーミング分野の輸出額を700万ドルから5000万ドルに増したいと考えています」
チリの有望スタートアップを日本へ
また、チリ企業の日本進出を後押しする事業も始まっている。2019年、プロチリは起業支援サービスを展開する日本の事業者、株式会社ツクリエと、チリ企業のスタートアップ支援での業務協定を結んだ。ツクリエがビジネスプラットフォームとなり、日本でのチリ企業の法人設立や人材雇用についての情報を提供するほか、ワーキングスペースの無料貸与(一定期間)、企業の成長プロセスなどの支援をし、アクセラレーションプログラムや商品開発を行いながら、チリ企業の国際化を図るものだ。
プログラムに参加するチリのスタートアップ企業はツクリエが選定。抗菌ナノ銅を複合したテキスタイルの研究開発を手掛けるThe Copper Company社、機械学習を活用したナノインフルエンサーのプラットフォームを運営するfrisbi社、教育や保健医療向けのVR・マルチメディア開発を手掛けるCine1社の3社が選ばれた。
クロスボーダー・スタートアップエコシステムモデルの確立を最終目標に定め、15社のチリスタートアップ企業の来日および10社のアジア法人設立に向けて、チリ政府、米州開発銀行(IDB)、SIPSグループ間で連携を取りながら新たなプログラムの策定を進めている。
「チリには気概のある、新進気鋭のビジネスパーソンがたくさんいます。チリ人はラテンアメリカ諸国の中でも真面目な気質で、日本人と似ているところがあるとよくいわれます。両国のかかわりがより深まることによって、相互の発展を目指していきたいと考えています」
PRに注力する農産物に対して、ゲーミングやスタートアップの伸び代は未知数。こうした共同事業のプログラムが進めば、クリエイティブ産業の分野でもチリの存在を身近に感じる日は近いのかもしれない。
本件に関する問い合わせ先:チリ貿易振興局 日本オフィス
TEL:03- 3769- 0551
Mail:japan.tokyo@direconchile.onmicrosoft.com