原発再稼働が見え隠れ? 菅政権の「2050年脱炭素」宣言

2020.10.29

社会

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原発再稼働が見え隠れ? 菅政権の「2050年脱炭素」宣言

写真:UPIアフロ

2020年10月26日に開催された臨時国会で初の所信表明演説に臨んだ菅義偉首相は目玉として「温室効果ガス(Greenhouse Gas=GHG)排出を2050年に実質ゼロ」を高らかに謳い上げた。ちなみに日本はすでにパリ協定に基づき「2030年度までにGHGを2013年度比26%削減」を公約している。これだけでも達成が懸念されるなか、後30年で実質ゼロは無理ではと呆れる向きも。菅政権がアフターコロナの成長戦略の柱に掲げた「脱炭素」の中身を駆け足で検証する。

あえて掲げる「経済と環境の好循環」の真意とは

菅首相はまず「成長戦略の柱に経済と環境の好循環を掲げ、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことをここに宣言いたします」と切り込むが、わざわざ「経済と環境の好循環」という文言を入れた点に注目したい。

公害に目をつぶり産業一直線という半世紀前の高度経済成長時代の発想は、健康被害や環境破壊、異常気象など負の遺産があまりにも重く、このコストと経済成長の利益とを天秤にかけても割に合わないということがもはや明らかである。逆に脱CO2やSDGsは今や一大成長産業で、これに熱心な企業はESG(環境・社会・統治)銘柄として世界の金融機関・機関投資家が高評価し、株価もアップという好循環がすでに確立されている。

にもかかわらず、「好循環」という文言を今さら掲げるあたり、“世界のトレンドに乗り遅れている日本”の証(あかし)とも言えそうだが、実はCO2削減に消極的な日本株式会社の重鎮たち、特に重厚長大型産業(=日本経済団体連合会/経団連のトップ陣)への当てつけではとも読み取れる。事実その後の演説でも「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません」「積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です」と、くどいほど念押しを続けた。

「2050年」は世界の常識

次に“2050年カーボンニュートラル”の一説。カーボンニュートラルとは直訳すれば“炭素の中立=プラスマイナス・ゼロ”のことで、CO2を排出した分、吸収(植物による光合成や燃料化、固定化、地中注入など)すれば大気中のCO2は増えないという理論。

30年後に本当に達成可能かに関しては疑問が残るが、とにかく長期ビジョンとして打ち出した勇気を評するメディアも少なくない。ただ2050年はすでに事実上国際的なデフォルトであり、世界市場へのインパクトはあまりない。

EUは2019年に同様の宣言を行ない2020年5月には「グリーンリカバリー」と銘打って約1兆ユーロ(約124兆円)の巨費を投じるとまで強調し、世間をあっと言わせた。EUから離脱したイギリスや、デンマーク、スウェーデンなど北欧諸国も2050年を宣言済みで、フィンランドに至っては2035年と15年も前倒し。EUの盟主・ドイツは火力発電の燃料として国内炭(主として褐炭)の依存度が大きいが、2038年まで石炭・褐炭の火力発電全廃を表明する。

極めつきは中国。経済成長のためなら環境破壊お構いなしとのイメージが強いが、これを払拭するかのように2020年9月国連総会の一般討論でビデオ演説を行った習近平国家主席は2060年と宣言、世界の耳目を集めた。もちろんパリ協定への離脱表明など、脱炭素の風潮に逆行する米トランプ政権に対するカウンターとして世界にアピールするという、お得意の“ソフトパワー戦術”の一環だろうが、それにしてもPR戦略は相変わらず見事だ。

原発大規模再稼働の三段論法

翻って菅首相の“2050年表明”に対し、「省エネ立国、環境先進国と自画自賛する日本なのに、まだ宣言してなかったの?」との皮肉もチラホラ聞こえた。むしろ「日本は主要国よりもさらに5年前倒しの2045年までにCO2実質ゼロにします」などと大見得を切って、世界にインパクトを与えた方がよかったのではないかと思う。

一方「省エネルギーを徹底し、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立します。長年続けてきた石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換します」と環境の件を菅首相は締めくくったが、野党議員からは驚きのどよめきが起きた。「原子力政策を進める」という一節が引っ掛かったからだ。

実際、今回の脱炭素宣言の背後には遅々として進まない原子力発電所の“一斉再稼働”の思惑が見え隠れする。すでにその伏線は2020年7月に経産省が突如発した「石炭火力発電所大幅削減策」で、国内に約140基ある石炭火力発電所のうち低効率で老朽化した約約100基を2030年度までに休廃止する骨子で、“脱炭素に大きく舵を切った”と内外から評価されている。これにより総発電量に占める石炭火力の割合は現在の32%から2030年度に26%まで圧縮され、削減分は再生可能エネルギーや原子力でカバー、というのが国のエネルギー戦略だ。

事実、政府は「電源のベストミックス」(発電方式の最適比率)と題し、化石燃料8割弱、再生可能エネルギー2割弱、原子力6%という現行の電源構成を、2030年度に化石55%前後、再エネ22~24%へと体質改善する計画だ。要するにCO2を大量排出する石炭火力を大幅に減らし、その分を太陽光や風力などで補うのだが、“風任せ、お天道さま任せ”の再エネは安定性に欠けるため強力なバックアップが不可欠。これには原子力の再稼働以外に選択肢はない、という実に巧妙な三段論法が仕込まれている。

ただし日本総合研究所は人口減少やさらなる省エネなどで、2050年の日本の電力需要は2016年比2割減と試算しており、これが事実ならば原子力の再稼働自体不要になる可能性も。

菅首相が掲げた“2050年カーボンニュートラル”。具体的な中身は年末までにまとまる模様だが、内容をめぐって一波乱ありそうだ。