バイデン大統領が戦う“アメリカの分断”の正体

2021.1.25

社会

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バイデン大統領が戦う“アメリカの分断”の正体

写真:ZUMA Press/アフロ

1月20日、ついにバイデン政権が発足した。バイデン大統領は20分間の演説の中で何回も「結束(Unity)」という言葉を使った。バイデン大統領は、結束こそが我々が進むべき道であり、青の民主党と赤の共和党、リベラルと保守、都市と地方の“礼儀がない、マナーのない戦争(Uncivil war)”を終わらせなければならないと強く訴えた。トランプ政権下で深まったアメリカの「分断」の克服が新政権での大きな課題となるが、果たしてこの「分断」とは具体的に何を指し、どのようなことが起きているのだろうか。バイデン政権が戦う“分断の正体”について考えてみたい。

いまだ根強いトランプブランド

バイデン大統領は結束に向けた政策を今後進めていくことになるが、「分断」に打ち勝つことはそう簡単ではない。1月6日、ワシントンの米国連邦議会でトランプ支持者による大規模な襲撃があり、5人が死亡、60人以上が逮捕された事件は世界に衝撃を与え、分断が深刻化している米国の姿を内外に示すことになった。

トランプ氏は去年11月の大統領選では敗北したものの、2016年の大統領選挙からの4年間で1000万票以上も支持を増やしている。また、米国の政治専門メディア「ポリティコ(Politico)」が去年11月に実施したアンケート調査によると、2024年の大統領選で誰が共和党から出るべきかとの問いで、トランプ氏は最も高い53パーセントの圧倒的な支持を獲得している。1月6日の事件もあり、ホワイトハウスから去る直前のトランプ氏の支持率は29%にまで下落したが、今後も支持者たちの勢いは収まりそうになく、トランプブランドは続きそうだ。

では、バイデン政権が直面している最大の脅威である「分断」とは、具体的にどういうものなのだろうか。ここでは、国際テロ研究者である筆者なりの一つの分断を紹介したい。

トランプ氏に刺激を受けた白人至上主義

2019年3月15日、ニュージーランド・クライストチャーチにあるイスラム教モスク2カ所で、オーストラリア国籍のブレントン・タラントという白人の男が無差別に銃を乱射し、金曜礼拝のため集まっていたイスラム教徒50人あまりを殺害した。タラント容疑者はその様子を自らのフェイスブック上でライブ配信するという異常な行動を取るだけでなく、犯行直前に「Great Replacement(偉大なる交代)」と題するマニフェストをネット掲示板「8chan」に投稿した。

タラント容疑者はその中で、白人の出生率低下を問題視し、欧州各国を訪れた際に “白人の世界が移民・難民に侵略されている”と危機感を抱き、反イスラム、反移民など強い排斥主義を覚えるようになったと語っている。また、移民・難民へ寛容なドイツのメルケル首相やロンドンのサディク・カーン市長を非難する一方、トランプ氏を“白人至上主義のシンボル(Symbol of white supremacy)”などとして称賛した。

このタラント容疑者が掲げる“暴力的な白人至上主義、排斥主義”というものは、その後米国で発生したテロ事件の容疑者たちに強い影響を与えることになった。タラント容疑者の事件から1ヶ月後の4月27日、カリフォルニア州サンディエゴ郊外のパウウェイ市にあるユダヤ教礼拝所で、19歳の白人の男が銃を乱射し、1人が死亡、3人が負傷するという事件が発生。男はサンディエゴに住むジョン・アーネスト容疑者で、この男も犯行前も「8chan」に投稿し、「タラント容疑者のマニフェストを読んだが彼は正しい、彼から影響を受けた」と賞賛した。

また、同年8月3日には、メキシコとの国境に近いテキサス州エルパソにあるショッピングモールで、白人の男が銃を無差別に乱射し、22人(うち8人がメキシコ人)が殺害された。実行したのはパトリック・クルシウス容疑者で、エルパソから約1000キロも離れたダラス近郊からやってきた。クルシウス容疑者も事件前に「8chan」に投稿し、その中でヒスパニック系移民の人口増加を“ヒスパニックによるテキサスへの侵略”と位置付け、彼もまたタラント容疑者から強い影響を受けたと賞賛したのだ。

タラント容疑者とクルシウス容疑者は、移民や難民の増加を「侵略」と位置付け、“白人世界から暴力的な手段を使って非白人を排斥する”という極端な排斥主義を掲げている。ここまで過激な思想を抱くトランプ支持者も極めて限定的だが、イスラム教徒やヒスパニック、黒人やアジア系などへのヘイトクライムや嫌がらせが増加し、風当たりが強くなる背景には、多様性などリベラルな価値観に不満や怒りを感じる白人が増えていることがある。そして、そういった人々の多くに、アメリカファーストを掲げ、移民・難民に厳しい態度を見せるトランプ氏はヒーローのように映る。

バイデン政権の最も大きな課題

今日、バイデン大統領が掲げる多様性や結束というものを、白人至上主義や排斥主義を掲げる人々が受け入れることは難しい状況だ。価値観が正反対であり、そういった人々は自ら妥協することはしないだろう。そして、それを支持する人々が多くいることから、大きな社会の分断を生み出しているのである。この思想上、価値観の分断というものは、バイデン政権の価値観の根幹に関わることであり、今後4年間で最も深刻な脅威となるだろう。