佐藤尊徳が聞く あの人のホンネ

アサヒグループホールディングス社長・泉谷直木「みんなが社長にしたい人が社長になれる」

2014.7.10

経済

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写真/片桐 圭

第4号で、若者に向けてのアドバイスを語ってくれた泉谷社長。今回は、歴代の社長たちから受け継いだ精神を教えてくれます。大企業の社長という立場にありながら、決して大上段ではなく、明朗で心地良い”社長のコトバ”の続きです。

【前編】『若者を導く、社長のコトバ』アサヒグループホールディングス 代表取締役 兼 CEO 泉谷直木

トップは口に出さずに人を訓練する

尊徳 泉谷さんは歴代の社長に直接仕えました。何を教えてもらいましたか?

泉谷 僕は広報という役職が長かったから、直接社長に仕えることができました。当時、3,000人の社員がいましたが、30代の頃から直接トップの薫陶(くんとう)を受けられた社員はまれです。これは本当に幸せなことだと思います。例えばトップがどんなスピード感で決断を下していくのかが実感できる。まさに門前の小僧(習わぬ経を読む)状態ですよね。それが今生きています。ただし、ものすごく叱られましたけど(笑)。

以前、こんなことがありました。樋口(廣太郎元社長)さんに廊下で会ったとき「何か困ったことはないか?」と聞かれ、答えると「部長のくせに、たったの一つしかないのか! 仕事をしてない証拠だ!」ときます。次にも同じ質問が来ます。そして、今度は問題点を3つ答えると今度は「3つに優先順位をつけろ!」と叱られるのですが、そうやって訓練をされていたのだと後になってわかりました。

村井(勉元社長)さんは、よく本をくれました。初めのうちは当時の秘書の方がワープロ打ちした書評が挟んでありました。三ヵ月くらいしてからもらった本には書評は挟んでなく、線だけが引いてあります。半年後にはページの角が折ってあるだけ、そして1年後には何も書いていません。そして最後に「泉谷くん、あの本はどうだった?」と、1年掛けて本の読解の訓練をされていたのです。

瀬戸(雄三元社長)さんは気持ちの入った人で、こちらが二日酔いのなかでも、それなりに一生懸命仕上げた原稿に、「気合が入ってない」と叱られました。通じるのですね。

僕はそれぞれに教えられたことを、まさに今、社員にしようとしているのです。嫌だったことはしません。3人のトップに仕えましたから、いろんなパターンで下に伝えることができます。これは使命ですね。

尊徳 村井さんと樋口さんは住友銀行出身で、その後の瀬戸さんからプロパー(生え抜き)社長が生まれました。プロパーと外部と違いはありますか?

泉谷 プロパーは人間関係など、社内で積み上げてきたものがありますが、外からの人はそれがない分、ゼロから作り上げることができます。大きな違いは、プロパーでない人は、過去を否定できるということです。過去の成功も失敗も、また社員でも知っている人がいないので、思い切ったことができます。

尊徳 今の言葉で思い出しました。樋口さんが住友銀行の副頭取からアサヒビールに移るときに、私の元上司の送った言葉が、アナトール・フランスの”一つの生涯に入るためには、他の生涯において死ななければならない”だったそうです。住友銀行の栄光は忘れて、アサヒビールの人になりなさい、ということでした。

「自分は運がいい」

尊徳 大企業の社長になるのはやはり特別な人ですか?

泉谷 そんなことないと思います。若いうちは体力勝負でいいと思います。心技体の体(力)です。そして少し年を取ってきて、技が必要になってきます。体力も落ちてきますから。50歳くらいになってきたら、心技体が揃って尊敬もされなければなりません。若いときはがむしゃらに働き、次に技量を重ね、心技体が合致して、最後には社長になりたい人ではなく、みんなが社長にしたい人が社長になれるということではないでしょうか。

尊徳 では、次の社長はどのように決まるのですか?

泉谷 「ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)」ができる人を選びます。そのときどきで経営課題は変わります。その時代の変化に対応できる人でなければなりません。営業がバリバリにできるからなどの理由ではなく、極めて合理的に考えています。

尊徳 ご自身は運がいいと思いますか?

泉谷 思います。そしてその運は早く人にまいていかないといけません。汚い話で恐縮ですが、運を一人で溜め込むとうんこになって、自分はわからずとも、人は臭くて離れていきます。
でも、人に運をまいていけば肥やしになってその人も花咲きます。これが会社の評判も上げますし、自然と業績にも返ってくると考えています。それに、運が悪いと思ったら暗くなってしまいますからよくないです。思い込むことも大事です。

尊徳 そもそも社長になろうと思っていましたか?

泉谷 思っていません。面白い仕事をしたいと思っていただけで、人と違うことはしてきましたけど。社長になるかもしれないと思ったのは、三役である常務になったときです。ここまで来たら、社長になるかもしれないから力をつけなければいけないと思いましたね。

読者からの質問を聞いてみました

尊徳 大企業と中小企業は経営に違いがありますか?

 

泉谷 現場まで精通しているのが中小企業で、全部を(大き過ぎて)見られないのが大企業。違いはあるかもしれませんが、大企業も中小企業的に意思決定を早くして、それぞれを小さい単位で意思疎通をすればいいだけですから、理想の経営に違いはないと思います。

 

尊徳 別の道があるとしたら何がしたいですか?

 

泉谷 経営だったら、学校経営に挑戦してみたいです。社会的な意義が大きいじゃないですか。経営のしがいがある気がします。あとは、自然を相手にした生活をして幸せを感じたいです。