EVの限界を突破する全固体電池の可能性

2021.2.10

技術・科学

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EVの限界を突破する全固体電池の可能性

近年、自動車業界の開発動向を表す言葉としてConnected(コネクティッド)、Autonomous(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字をとった「CASE」がよく聞かれる。4つのテーマのなかで3つはソフトにかかわる部分である一方、「電動化」はハード開発によるものであり、“ものづくり大国”日本としての活躍が期待される。

しかし、現状のEVの航続距離は1回の充電で200~300km程度しかなく、購入を考える消費者はまだ多くはない。そんななか、従来のリチウムイオン電池に代わる「全固体電池」は理論的にEVの航続距離を2倍以上に延ばせると考えられており、実用化できればEV普及の起爆剤になるかもしれない――。

FCVはEVの普及を阻むのか?

まず、EV(電動自動車)のライバルとしてFCV(燃料電池自動車)が挙げられる。FCVはその名前のせいで、EVと同じように電池で動くクルマと勘違いされがちだが、実際は違う。FCVは充電が不要で、その代わりガソリン車のように燃料補給が必要となる。燃料は主に水素(H2)であり、空気中の酸素(O2)と反応して生み出した電気を動力源とする。電池ではなく水素を燃料とする発電機を搭載した車と考えたほうが正しい認識といえる。

トヨタの2代目ミライは最長約850kmと航続距離も長い。また、非常時の電源として、一般家庭約4日間の電力をまかなうことも可能。 写真:つのだよしお/アフロ

FCVは走行中に水・H2Oしか排出しないため、EV同様に環境問題に寄与する能力は高いと期待されている。しかし、現在の実用性を考慮するとEVに軍配が上がるだろう。最悪、EVは家でも充電できるがFCVは水素ステーションで燃料補給しなければならないからだ。日本にある水素ステーションの設置数は全国約170カ所(燃料電池実用化推進協議会)。対してEVの充電設備は全国約1万8000カ所(次世代自動車復興センター)。ちなみにガソリンスタンドは全国約3万カ所(資源エネルギー庁)。近い将来、全国のガソリンスタンドを水素ステーションに置き換えるのは非現実的だ。

また現在、水素の製造は天然ガスを使った製法が主流であり、この方法はCO2を発生させてしまう。CO2削減を目的としてFCVを使うために、CO2を排出する水素の製造を行うのでは本末転倒だ。おそらく、FCVはシャトルバスなどの用途に限られるのではないか。

トップ10にも入れない日本のEV

さて、自動車大国の日本にとっては残念だが、世界のEV販売台数ランキングで国内メーカーはトップ10にも入っていない。2020年のデータ(CleanTechnica)では、米テスラが50万台弱でトップ、2位~5位を16~22万台のフォルクスワーゲン、BYD、SGMW、BMWといったドイツ・中国勢が追う。国内メーカートップは日産の14位だが、なんと現代自動車や起亜自動車といった韓国勢に負けている。ちなみに2020年の世界販売台数トップのトヨタは17位だ。

一般的に普及していないEVの販売台数を増加させるにはその国の需要を確保しなければならないが、日本にはその下地が無い。アメリカのテスラは環境意識の高い富裕層をターゲットにしており、ステータスとして買われる側面がある。また、国による政策も重要で、EUでは一台あたり88~120万円という積極的な補助が購買意欲をもたらしている。

中国では自国メーカーのシェア拡大を狙ったEV支援政策がとられており、過去には最大150万円の補助金が得られる場合もあったようだ。一方で日本のEV購入補助金は40万円を上限だった。菅義偉首相は2020年度第3次補正予算で最大80万円まで引き上げることを決めたが、本格的な普及を目指すのであれば諸外国のように数年前から始めるべきだっただろう。

国内自動車メーカーの頼みの綱、全固体電池とは

このように、日本におけるEVを取り巻く環境は先進的とはいえないが、それでも全固体電池が実用化されれば状況は変わるかもしれない。従来EVに搭載されている電池は液体リチウムイオン電池だが、全固体電池の場合は航続距離を2倍以上に伸ばすことができ、ガソリン車並みの500~600kmを走行できる。するとEVの普及が一気に進むため、サプライチェーンの合理化で勝る日本の自動車メーカーが市場を握る可能性が高い。

液体リチウムイオン電池と全個体電池の比較

まずは液体リチウムイオン電池(LIB)の原理から確認しよう。液体LIBは正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで電流が発生する仕組みであり、使用時にはリチウムイオンが負極から正極に、充電時には正極から負極に移動する。このリチウムイオンの移動は有機溶媒を含む電解液を介して行われているが、灯油並みの可燃性を有する液体であるため安全性を考慮した設計が必要となる。

一方、全固体電池も液体LIBと同様にリチウムイオンの移動によって電池としての機能を発揮するが、それを介するのは電解液ではなく固体電解質である。固体電解質にはリチウム酸化物、リチウム硫化物が使われ、液体LIBよりも安全性は高い。

走行性における全固体電池のメリットは2つあり、第一に挙げられるのがバッテリー容量である。バッテリー容量を左右するのは正極、負極、電解液の組み合わせだが、数十年にもわたって研究しつくされた液体LIBにおいて、これ以上容量を増やす材料を開発するのは至難の業といわれている。一方で全固体電池は理論上、重量当たりの容量を液体LIBよりも高くすることが可能とされており、新規材料が発明されればEVの航続距離を伸ばすことができる。

2つ目のメリットは急速充電が可能な点だ。液体LIBで急速充電しようとすると電解質が分解されてしまい、電池としての性能が落ちてしまうほか、急速充電による発熱は有機溶媒の発火を引き起こす危険性がある。全固体電池には原理上こうした問題点がなく、EVに搭載されれば最大10分程度の充電で500kmの走行が可能になるといわれている。液体LIBで走る現行のEVは急速充電器を使っても200km走行には1時間程度の充電が必要だ。

将来性のある全固体電池だが、5年以内の実用化は難しい

だが、こうしたメリットはあくまでも理論上に過ぎず、実用化させるためには理論に沿った素材を見つけなければならない。全固体電池にまつわるニュースはたびたび報じられるが、材料の構造を理論的に求めただけのものや、数十回の充放電で劣化するものなど、まだまだ開発途上であることがわかる。中国版テスラ「NIO」が2022年の実用化を公表したが半固体電池であり、厳密には異なると見られている。

実用化への課題の一つに電極と固体電解質界面に発生する抵抗がある。理論上は蓄えられる容量が液体LIBより多くても、界面で生じる抵抗を解決しなければ電流が流れなくなり、充放電の効率が低下してしまう。それに加えて、大型化に関しても課題がある。全固体電池はすでに電子部品やペースメーカーに搭載されており、小型電池としては実用化されている。しかし、大型化には緻密な積層構造を安定して積み上げる技術が必要で、生産技術も構築しなければならない。こうした背景からEVへの実用化は早くても2025年といわれており、2030年でも不可能と予測する人は多い。

しかし、それらの課題を克服し実用化されれば、短い航続距離・長い充電時間というEVのデメリットを解決するため、世界中で一気にEVの普及が進むはずだ。EV分野で遅れが目立つ日本だが、実は全固体電池関連の特許をみると半数以上が日本であり、中でもトヨタの出願件数が他社を圧倒している。それほどトヨタは真剣なのだ。日本経済を支えてきたのは自動車産業だが、ガソリン車の廃止とともに日本が落ちぶれないようトヨタには頑張ってもらいたい。