バイオマス原料は石油依存からの脱却につながるのか

2021.3.5

技術・科学

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現代社会はエネルギーだけでなくモノに関しても石油に依存している。ベッドやソファ等に含まれるクッションは石油由来のウレタンでできており、衣類には欠かせないポリエステルも元をたどれば石油に行きつく。パソコンやスマホ、家電のカバーも石油由来のプラスチックだ。

だが石油を使った素材の合成には多量のエネルギーを消費するほか、石油自体もいずれ枯渇する可能性があるため、環境を考える上では石油依存体質から脱却しなければならない。とはいえ木材を多用し、綿で衣類やクッションを作るのは現実的だろうか? それなら植物由来のバイオマス原料を使えば……という声が聞こえてくるが、事はそんなに単純ではない。

トウモロコシやサトウキビからペットボトルの原料を合成

バイオマス原料とは植物由来の原料を表し、化学工業の石油代替を実現する物質として期待されている。ポリエステル繊維やペットボトルに使われるPET(ポリエチレンテレフタラート)を例に挙げてみよう。

化学反応チャート

PETはエチレングリコール(EG)とテレフタル酸(TPA)の反応によって合成されるが、EGはエチレン由来の物質であり、エチレンは石油由来のナフサから合成される。一方のTPAもキシレン由来の成分であり、キシレンは同様にナフサから得られる。このようにPETは石油に依存する物質だ。

だが、バイオマス原料を使うことで石油化学製品を使わずにPETを生産できる。2011年に東レが試験的に実現した例では、バイオマス原料としてトウモロコシ/サトウキビ由来のエタノールからキシレンを合成し、そのキシレンを使ってTPAを合成した。一方のEGもサトウキビの糖蜜から作られており、端的に言えばトウモロコシとサトウキビからPETを合成したことになる。

性能差が気になるところだが、通常のPETとバイオマスPETに基本的な違いはない。石油由来のキシレンもバイオマスキシレンも同じ化学的構造を有するキシレンであり、沸点や引火点、においに違いはなく、仮に混ぜてしまえば分離することはできない。うま味調味料の「味の素」が合成法で作られていることを問題視する人がいるが、昆布から取ろうと化学的に合成しようと同じグルタミン酸ナトリウムなのである。なお東レではこの技術を応用し、石油とバイオマス原料を併用した合成繊維、「エコディア」を上市している。

石油由来の原料では製造されなかった素材も合成できるように

有機物である植物からは主に炭素・水素・酸素原子しか得られないため、バイオマス原料はプラスチック向けが主流となる。”バイオマスセラミックス”や”バイオマス合金”は原理的にあり得ない。そして生産効率的には糖類・デンプン質を多量に含む植物が供給源として好まれる。

南米最大の石油化学メーカー、ブラスケム(Braskem)ではブラジルのサトウキビ産業を生かしてバイオマスポリエチレン(PE)を生産している。サトウキビ由来のエタノールからエチレンを合成し、これを重合することでポリエチレン(PE)が得られる仕組みだ。石油由来のPE同様に食品用フィルムやポリ容器、日用品雑貨の素材として使うことができる。ちなみに植物由来のエタノールは後述する「バイオマス燃料」にもなる。

石油化学製品の代替だけがバイオマス原料の役割ではない。バイオマス原料を使うことで石油由来の原料では製造されなかった素材も合成できるようになる。

「DURABIO」の構造式。参考:三菱ケミカル

三菱ケミカルが販売する「DURABIO(デュラビオ)」はイソソルビドを重合させてできるプラスチックであり、植物由来のグルコース(ブドウ糖)が元の原料である。前述のPETやPEはプラスチックの中でも比較的強度が弱い部類だが、DURABIOは高強度の「エンジニアリングプラスチック(エンプラ)」と同等の性能を有するため、自動車部品やガラス代替材料として使うことができる。特に自動車産業では軽量化を目的とした樹脂化が進んでいるため、高強度を有する素材のバイオマス原料は今後も開発が期待される。

しかし環境負荷が増大することも…

バイオマスプラスチックの元となる植物はCO2を吸収するため、バイオマス原料は脱石油だけでなくCO2削減にも貢献することになる。しかし、中途半端な普及は環境負荷を大きくするかもしれない。

確かに現代社会は石油由来のエネルギー・素材に依存しているが、それでも合理化は進んできた。火力発電設備の改良によって発電量当たりのCO2発生量は減少しているほか、石油化学産業でもプロセス改良による省エネ化が進んでいる。

一方でバイオマス原料の商業生産は歴史が浅く、種類や生産量も石油化学原料に比べ圧倒的に少ない。メーカーは負の情報を出そうとしないが、現在上市しているバイオマス原料は恐らく石油原料に比べてエネルギー効率は悪いだろう。せっかくCO2を吸収しても、原料生産に多量の電力や燃料を消費するのであれば脱石油・脱炭素の効果は薄れてしまう。

バイオマス原料だけで環境の持続性を高めるのは不可能であり、せいぜい企業単体のイメージアップにしかつながらない。取り組みにはエネルギー面も考慮する必要がある。

電力に関して太陽光発電は供給面に不安があるが洋上風力発電は期待できるだろう。そして化学工業で使われる加熱用ボイラーの燃料を石油から「バイオマス燃料」に置き換えれば真の脱石油を実現できるかもしれない。

バイオマス燃料には主にトウモロコシやイモ類、サトウキビ由来の糖類を発酵してできるバイオエタノールが知られており、アメリカではバイオエタノールを10%混合したE10ガソリンが1980年代から実用化されている。石油燃料に依存している従来のボイラーも、改造によってバイオエタノールを併用した燃料が使えるといわれている。また、木質ペレットをバイオマス原料としたボイラーも実用化されている。

バイオマス原料の効果を発揮させるには、作るだけでなく作り方も考えなければならないだろう。

短期での実現は期待できない

石油代替エネルギーに支えられたバイオマス原料の生産によって化学工業の脱石油・脱炭素が期待されるが、短期での実現を期待してはいけない。生産可能な原料の種類は少なく、石油化学製品のそれを網羅できていない。実用化されている原料もコストや効率性が課題であり、生産プロセスを改良する必要がある。

だが産業界で脱炭素・脱石油の要求は高まっており、企業は財務情報のほかにサスティナビリティへの取り組みを公表するよう求められている。大手化学メーカーに関していえば、取り組みの一環としてバイオマス原料を開発せざるを得ないだろう。今後は数年おきに新規のバイオマス原料が上市される見通しだ。20年以内に実用性の高い製品が生まれる可能性は低いが、長い目で見守ることにしたい。