2050年の温暖化効果ガスの排出量実質ゼロに向けて、二酸化炭素の排出量に応じて企業や家庭にコストを負担してもらう「カーボンプライシング」について本格的な議論が日本でも開始された。3月2日には環境省の有識者の委員会が開かれ、「カーボンプライシング」のひとつである「炭素税」について意見が交わされた。
有識者の間でも割れる炭素税への考え方
同委員会では、事務局である環境省の担当者から「炭素税はあらゆる立場の人の行動の変化につなげられる利点がある一方、税負担が増えるため企業の技術開発にかける資金を奪うという課題がある」と説明された上で、「導入にあたっては低い課税水準から始めて、段階的に引き上げていくことが望ましい」との考えが示された。段階的に引き上げていくことで企業に“脱炭素化”へのインセンティブを与えることができるのではないかという見方だ。
これに対して有識者からは、「早期に排出削減につなげるためスピード感を持って本格導入すべき」といったより積極的な意見が出されたほか、「税収を活用し、企業が投資に踏み切りづらい高度な技術開発を支援すれば経済成長にもつながる」との意見もあった。炭素税で徴求した税金を技術開発支援で還元することで税の中立性を担保するという考え方だ。
その一方で「国民生活や産業活動への影響について、新型コロナウイルスによる影響を含めて、データを示したう上で定量的に見極めるべきだ」とする慎重な意見も聞かれた。同有識者委員会では、二酸化炭素の排出量に上限を設け、過不足分を企業間で売買する「排出量取引制度」についても今後議論する予定にしている。
日本の炭素税はすでに高い水準?
実は、すでにわが国では「地球温暖化対策税」という炭素税の一種と言っていい税制が2012年から導入されている。二酸化炭素の排出量に応じて原油やガスなどの化石燃料の輸入業者などに課税する仕組みで、1トンあたり289円が徴求されている。しかし、その税率は先行する北欧など諸外国に比べて非常に低く抑えられているのが実情だ。スウェーデンでは1トンあたり約1万4400円、フランスでは約5500円、デンマークでは約3000円の炭素税が科されている。
背景には、「日本では産業用電気代が高く、LNGコストもバカにならない。先進する欧州諸国に比べカーボンプライスはすでに高い水準にある」(メガバンク幹部)という認識がある。本格的な炭素税の導入について産業界が猛反対する理由はここにある。炭素税の導入について前のめりな環境省に対して、経産省は消極的な姿勢を崩していないなど、省庁間の対立も見られる。
そもそも炭素税が政治的なテーマとして浮上したのは2008年の福田政権下と古い。その後、民主党(当時)政権下で「地球温暖化対策税」と名を変えて2012年10月に導入された。税率は3年半をかけて段階的に引き上げられ、2016年4月に当初予定されていた最終税率に到達した。
しかし、およそ本格的な炭素税とは程遠い税率となっている。平口洋環境副大臣(2016年当時)は「とてもこんな税率では、炭素の価格化とはいえない」として、さらなる増税を示唆する一方、地球温暖化対策税の資金使途が環境に限定されていることもあり、税収を法人税減税や社会保障費に充てる「大型炭素税」を別途創設するべきと訴えた。
これ以降、本格的な炭素税の導入は、環境省の一丁目一番地の課題としてくすぶり続け、今回の本格的な炭素税導入検討へとつながっている。そして現在、「国民に人気の高い小泉進次郎を環境大臣に据えることで炭素税に筋道をつけたいという政権与党の思惑が感じられる」(メガバンク幹部)と見られている。
環境省は、二酸化炭素削減に向けて産業構造を転換させるためには、炭素税の本格的な導入が不可欠と見ており、地球温暖化対策税の増税か、新たな炭素税を導入するか、いずれかの方策を想定している。早ければ2021年夏にも具体的な制度設計を行い財務省に税制改正要望として上げる方針で、年末の政府・与党の税制調査会での検討に付したい考えだ。
政府の思惑に経済・産業界は反発
しかし、経団連や石油連盟など、経済界の反対は根強い。「コロナ禍で企業が疲弊するなか、あえて炭素税を導入することは日本経済復活の芽を摘みかねない」(財界幹部)という理由からだ。
だが、産業界の猛反対の陰には、もう一つの政府の思惑をかぎ取っているという理由もあるようだ。「政府は本格的な炭素税導入を財政問題解決の糸口にする思惑があるのではないか」(財界幹部)という指摘だ。
コロナ禍もあり財政出動は大盤振る舞いの様相で、国債の発行残高は2022年度末には1000兆円を突破すると試算されている。にもかかわらず国はプライマリーバランス(基礎的財政収支)を2025年度に黒字化するという旗は降ろしていない。「プライマリーバランス黒字化はもはや絵に描いた餅。25年度黒字化を誰も信じていない」(市場関係者)とされるのだが……。
そこで炭素税の登場というわけだ。これには伏線も敷かれている。2018年に渡嘉敷奈緒美・元環境大臣が再び炭素税を推進した際、消費税が15%まで引き上がらない場合には、炭素税で財源を補うことが模索された経緯があるためだ。
「現在の地球温暖化対策税は、特別会計の財源として措置されているが、本格的な炭素税では一般会計に組み入れ、資金使途をフリーハンドにすることが想定されるのではないか」(メガバンク幹部)という見立てだ。色がついていないお金であれば、どう使おうが自由というわけだ。
日本のカーボンプライシングの議論はまだ緒に就いたばかりだが、“DX推進”と「カーボンニュートラル(温室効果ガスのネット排出ゼロ)」が菅政権の二枚看板であることは意味深長だ。