経営理論は実際の経営に使えない、は本当か

2021.4.15

経済

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経営理論は実際の経営に使えない、は本当か

5~6年前のことになりますが、ホリエモンこと堀江貴文氏が発案した「コンビニ居酒屋」に対し、一橋大学の楠木健教授らが否定的な意見を言ったことに端を発し、「経営したことのない人間が経営を教えるな」的な論争に発展したことがありました。このときも感じたのですが、会社経営と経営学には大きな溝があり、実際、経営を行う場面で経営学を活用する場面はほぼありません。私自身、会社を経営する人間として、また、学生に経営学を教える人間として、なぜ経営学が会社経営に活用できないのか考えてみたいと思います。

経営者は経営学を知らなくても経営できる

まず、経営学といってもさまざまな領域があります。代表的なところで、ファイナンス、マーケティング、戦略論、組織論、リーダーシップ論などです。「経営学者」は各々自分の専門領域に対して研究し、それらを体系化することにより学問として成立させています。経営学者には一定以上の学問的な素養が求められます。

これに対して、「経営者」は実際に会社を経営している人であり、経営学のような知識のほか、将来を予測して会社の方向性を定める力、従業員を引っ張る力、リスクを取る能力、会社の問題点を抽出し問題に対して集中・解決する能力、失敗しても回復できるメンタルなど人格面が大きく求められます。

以上から、経営学者に求められる能力と、経営者に求められる能力は全く別で、“経営したことがない人間が経営を教えるな”という論争は全く無意味だと考えます。会社経営者と経営学者は相互に補完関係にあるといえますが、学問として抽象的すぎる現場で使い物にならないケースなどがあり、今後はより経営者と経営学者の近接化が求められるのではないでしょうか。

知り合いの経営者と話していて思いますが、多くの経営者は経営学について、自分の専門領域や業界に関連する部分の知識は保有していても、体系立てた知識を持った経営者は本当に少なく感じます。

実際に会社経営をしていて、日々の業務をこなして回っているのであれば、経営学の知識が必要とされる場面は数少ないですし、必要な場合にはその問題に関する専門家から助言を得れば済みます。日本で99.7%(2020年度版中小企業白書)を占める中小企業のその大部分が該当するのではないでしょうか。フォード自動車の創設者のヘンリー・フォードが新聞社に無知だと批判された際、「私が知らなくても、それを知っている優秀な部下がいる」と反論したことは有名な逸話ですし、経営者として共感できます。

経験と勘の経営だけでは危うい

経営者は経験もありますし、さまざまな修羅場をくぐって勘に自信を持っている人も多いと思います。日常であれば、それでも十分、会社として回っていくでしょう。

しかし、大きな環境変化や、拡大成長、撤退、競争、雇用、組織変化などの経営環境の変化がある場合には、経験と勘だけでは対処できない場合も多く、今までしたことのないような大きな意思決定をする場合には、経験と勘だけでは失敗するリスクが高くなります。

会社倒産の事例を見ても、環境変化があるにもかかわらず、新しい環境に適応できず倒産するケースがたくさんあります。例えば、デジタル化の波を受けてフィルムメーカーのコダック社は倒産しましたが、富士フィルム社は医療、健康、美容方面に進出し存続を続けています。自分の会社を守り成長させるためには、理論と数値に基づいた経営判断が必要なときもあるのです。

一方経営学は、主に会社経営に関する過去の事例を研究しているため、過去の経営環境を前提とします。しかし経営環境は常に変化し、過去の成功事例が現在の経営環境に適応できるとは限りません。

かつて、競争の激しい市場をレッド・オーシャンンとし、競争の少ない新しい市場=ブルー・オーシャンを開拓するべきだとするブルー・オーシャン戦略でカナダのサーカス団のシルクド・ソレイユが成功事例として挙げられていましたが、実際にはコロナという変数の変化の影響で、日本でいう会社更生法の適用を申請しています。

経営者は過去の経営環境ではなく、現在の経営環境の中で戦い、常に未来の成長を考えているため、過去の情報が主となる経営学が“使えない”と感じてしまうのではないでしょうか。

要するに、経験や勘、理論や数値のどちらかに偏っている経営は危ういということです。経営者は経営学を、未来について予想できないから使えないと決めるのではなく、日露戦争で日本に勝利をもたらした戦略家である秋山真之の言葉「必ず古今海陸の戦史をあさり、勝敗のよって来たるところを見極め、さらには欧米諸大家の名論卓説を味読して要領をつかみ、もって自家独特の本領を要す」のように、経営学で過去を学び、そこから自分なりの経営の要領を打ち立て、将来に対して向かっていくのが経営者の本領ではないでしょうか。

経営理論を実際の経営に用いること、それが経営者の役割

たとえ経営学の理論を理解しても、実際の業務に落とし込むことは本当に難しい。アメリカの経営学者マイケル・ポーターの戦略理論では、「事業を成功させるためには、低価格戦略か差別化戦略のいずれかを選択する必要がある」と主張していますが、自分の事業ではどっちにすべきなのか、低価格ならいくらなのか、差別化をどのように行えばよいのか、経営上本当に必要なことは全く教えてくれません。

それ故、経営学を実際の経営に落とし込むための経営コンサルタントがいます。本当に経営学を駆使し業績回復や成長に寄与できるコンサルタントもいますが、そのようなコンサルタントやコンサルティングファームは価格が高く、大多数の企業は依頼できないでしょう。また、私の経験では、コンサルタントを名乗る多くが、企業からヒアリングをし経営学のツールに当てはめ問題点は指摘しますが、会社の実情に合わせて落とし込めていないため、解決策や業績回復、成長に寄与する提案ができないのが常です。

しかし、この点についても、「落とし込めないから経営学は不必要」とするのではなく、会社の実情を最も知っている経営者自らが落とし込む努力が必要だと私は考えます。おそらく、「経営理論は実際の経営に使えない」の正体は、「経営者が経営理論を実際の経営に使えない」でしょう。

現在、コロナ禍ですべての会社の経営環境が大きく変わり、多くの経営者が大きな決断をしなければいけない局面を迎えています。この初めての局面を打開するためには、今までの経験や勘に頼るだけではなく、過去の事例から抽出した事例を知り、現状を正確に把握した上での合理的な意思決定をしていくしかありません。

経営学は学問のため抽象的にならざるを得ない部分もありますが、具体的に経営に落とし込めるような経営学、具体的には経営学者が会社理論を適用して検証してみる経営学や、実際の経営者が自己の経験や自社のデータを基に経営理論構築に参加するような経営学の発展があれば、経営学と経営者のより望ましい関係が生まれるのではないでしょうか。