アメリカにとって役に立つ日本であるために 日米首脳会談は気候変動問題がカギ
2021.4.23
0コメント写真:AP/アフロ
2021年4月16日(米国現地時間)、菅義偉首相とジョセフ・バイデン大統領による初めての日米首脳会談が行われた。台湾への言及等が注目されているが、実は今回の会談最大のキーワードは「気候変動」である。気候変動が結節点となり、安全保障と経済問題が会談の核心事項であった。
米中一触即発の事態?
「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」
日米首脳の合意文章に台湾問題が明記されるのは、1969年、日中国交回復前に佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領による共同声明以来、半世紀ぶりのことである。台湾は中国共産党が定める「核心的利益」の中心であり、中国外務省は「(日米が)中国の懸念に厳粛に対応し、直ちに中国内政への干渉をやめるよう求める」と反発した。4月20日は、習近平国家主席が「他国に指図し内政に干渉しては、人心を得られない」と博鰲(ボアオ)アジアフォーラムで日米首脳会談を批判した。
3月18日にアラスカでアントニー・ブリンケン国務長官とジェイコブ・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官らが、楊潔篪(よう けつち)共産党政治局員と王毅(おう き)国務委員兼外交部長らと米中外交トップ会談を開いた。この会合では会談の内容よりも、外交儀礼の無視や報道陣の前で異例の非難合戦が繰り広げられたことが世間の注目を集めた。
バイデン政権はリチャード・アーミテージ、ジェイムズ・スタインバーグ両元国務副長官とクリストファー・ドッド元上院議員を台湾に派遣した。4月15日に蔡英文(さい えいぶん)総統と会談し、ドットは、米台関係を「かつてないほど強力だ」と述べた。トランプ前政権の流れを踏襲し、バイデン政権も台湾への武器売却を早期に承認するといわれている。
表面的には、米中一触即発の事態とも見える。しかし、バイデン政権はしたたかである。気候変動問題をテコに米中の絆をつないでいる。
競争・協調・敵対を使い分け
台湾への元高官派遣は非公式代表団だったが、中国へはジョン・ケリー気候問題担当大統領特別特使を派遣した。バイデン政権初の閣僚級高官の訪中である。4月16日、韓正(かん せい)国務院常務副総理兼中央政治局常務委員会委員がケリーとテレビ会談を行い、気候変動問題での米中協力を確認した。
アラスカで批判合戦をした楊潔篪の党序列は25位以内、王毅は204位以内だったが、韓正の党序列7位で最高指導部の一員であり、その言説の影響力は大きい。4月17日、解振華(かい しんか)気候問題担当特使とケリーは気候変動問題で米中「両国は協力する責務がある」と、パリ協定に基づき行動強化を約束する共同声明を発表した。
2020年のアメリカ大統領選挙戦では、トランプが嫌中派、バイデンが親中派とみられていた。この親中イメージを払拭するために、表面的には恣意的に「対中強硬策」を演出しているように見える。アラスカ外交会談でのブリンケンの言葉が核心をついている。「米中関係は競争すべきところは競争的に、協調できるところは協調的に、敵対しなければならないところは敵対的になるべきだ」。
バイデン大統領が初めて対面で会ったのが菅首相であり、日本を重視していることの証、などと浮かれている場合ではない。中国、日本、台湾との会談を同時期に行い、微妙なバランスをとっているバイデン外交は極めて現実主義的であり、役に立たないと思われたら日本はいつでも見捨てられてしまう。
自衛力強化、沖縄基地問題の早期解決、アフガニスタンからの米軍撤退後の平和構築への積極的関与等、安全保障面でアメリカにとって有益な日本にしていくことが重要だ。また、そうすることによって、日本は、アメリカの東アジアへの継続的関与という“果実”を引き出せる。
日米競争力・強靱性(コア)パートナーシップ
経済面も日米同盟における日本の価値を高める一つの手段である。今回の日米首脳会談の成果のひとつは「日米競争力・強靱性(コア)パートナーシップ」の立ち上げだ。「クリーンエネルギーや他の関連する分野における両国の技術力を最大限に活用することにより、気候変動に対処し、グリーンで持続可能な世界成長・復興を促進するため新たなパートナーシップ」と、ここでも気候変動が重視されている。
気候変動問題を重視するのは、「地球環境を守ろう!」といった理想主義的理由だけではなく、気候変動問題をテコに、「イノベーション分野において世界のリーダーであり続け」、経済面での覇権を握るという現実主義的な理由がある。
このパートナーシップにより、日米両国は「再生可能エネルギー・省エネルギー技術、グリッドの次世代化、エネルギー貯蔵(蓄電池や長期貯蔵技術等)、スマートグリッド、水素、二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS)/カーボンリサイクル、産業における脱炭素化、革新原子力等のクリーンエネルギー技術・・・電力系統最適化、ディマンドレスポンス、スマートグリッド・・・ICT技術」のイノベーションを推進するとなっている。
「開放性及び民主主義の原則にのっとり、持続可能でグリーンな世界の経済成長を主導する」と謳われ、具体的には「がんムーンショット、バイオ・テクノロジー、人工知能(AI)、量子科学技術、民生宇宙協力(アルテミス計画、小惑星探査等)」など最先端技術分野ばかりだ。
また、外務省の仮訳では上記のように「革新原子力」となっているが、原文では“advanced nuclear power”となっている。つまり、気候変動問題に対処するために二酸化炭素排出を抑える必要があり、日本は火力発電ではなく、「革新的な」原子力発電所に依存すべきだということを示しているのである。5Gやその先の6Gを含めたデジタル分野における競争力強化のために米国は25億ドル、日本は20億ドルの投資をすることが合意された。
アメリカが日本と“組む”メリットは
ただ、日本の現状を見ると目を覆いたくなる。例えばICT技術や人工知能(AI)に関して、新型コロナウイルス流行下で、各自治体において保健所とのやりとりがファックスで行われていたそうだ。おそらく今も一部ではそうだろう。2016年から運用が始まったマイナンバーの交付率は、2021年3月4日時点で26.5%である。国民一人当たり10万円を給付した特別定額給付金手続きでは、オンラインで提出された申請書をプリントアウトし手作業で確認していたそうだ。
21世紀に昭和期の白黒ブラウン管テレビを見ているようだ。日本はこれらの先端分野で、周回遅れどころか2周も3周も遅れている。2000年11月にIT基本法が制定され、2001年1月には内閣にIT戦略本部が設置され、「e-Japan戦略」が策定された。その後も毎年のようにIT関連の戦略が策定されたにもかかわらず、現状は惨憺たるものだ。
菅首相肝煎りの政策としてのデジタル改革・デジタル庁設置構想、人工知能やビッグデータの活用に期待したいが、目に見える成果があがるか否か、極めて疑問だ。
アメリカの立場に立てば、安全保障面でも経済面(ICT技術、人工知能、市場等)でも、中国と協力する方が目に見える利益は多いようにも思える。気候変動問題での米中協力関係をテコにし、この協力関係がいつ他の分野に波及してもおかしくない。
特に新型コロナウイルス対策で多額の財政赤字をかかえるアメリカにとって、中国は目の前にぶら下がっているニンジンのようなものだ。アメリカは「半導体を含む機微なサプライチェーン」を中国に大きく依存しない形で形成し、中国に対する交渉力を高めながら、中国と良好な経済関係を築いていくことも可能だ。
日本は自国の価値を高めない限り、アメリカから見捨てられる恐怖が現実のものになる可能性は高まっている。