外国にいる香港人が見た香港「民主の火を絶やさずにいられれば」

2021.5.14

社会

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伍 嘉誠:外国にいる香港人が見た香港「民主の火を絶やさずにいられれば」

香港国家安全維持法が制定され、議会から民主派を排除する選挙制度改革が行われることが決まり、“民主”からさらに遠ざかっていく香港。“香港にいる香港人”ではなく、“外国いる香港人”は今の香港のことをどう感じているのだろうか? 北海道大学大学院文学研究院准教授でナショナリズム研究、社会運動論、宗教・文化社会を専門とする伍 嘉誠氏に話を聞いた。

北海道大学 大学院文学研究院准教授

伍 嘉誠 ご・かせい/ NG Ka-Shing

香港中文大学文学部日本研究学科卒。専門は研究分野ナショナリズム研究、社会運動論、宗教・文化社会学。論文に「香港における抗議活動の背景と発展についての一考察」(『多文化社会研究』2020、131-140 (共著))、「返還後の香港における「本土運動」とキリスト教」(『日中社会学研究』(26) 2018-1-21)

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シビック・ローカリズムからナショナリズムへ

1997年の香港の中国返還後、2003年には基本法23条に基づく国家安全条例制定問題に関する50万人デモ、2012年には黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)による反教育運動、2014年には行政長官選挙での普通選挙を求める雨傘運動、催涙弾が飛び交ったことでも記憶に新しい2019年の逃亡犯条例改正案、そして2020年の国安法など、香港ではいろいろな抗議活動が行われた。

結局のところ、香港人は何を求めて運動をしたのだろうか?

「難しい質問ですね。ただ、いろいろ調べたりして私が感じるのは、最初は『シビック・ローカリズム』(市民権、自由など)の意味合いが強かったと思います。ただ、2003年のときは国家安全条例という法律に反対という感じでしたが。それが、時を経て『ラディカル・ローカリズム』……つまり香港の中国大陸化反対に変わったと思います。今では『ナショナリズム』に近いものになったのではないかと考えています」(北海道大学大学院文学研究院准教授 伍 嘉誠(ご かせい)氏、以下同)

一連の流れのなかで急進的な考えを持ち、過激な行動に出た者もいた。伍氏は「若い人はどうしてもすぐに効果を見たいんだと思います」と語るが、見方によっては政治的な意義ではなく、闘争自体に意義を感じていたということはあり得るのだろうか?

「それはないと思います。ただ、一緒に仲間と行動することで何らかの意義を感じることができたり、一種の連帯感……香港アイデンティティを感じられたりしたのでしょう」

多くの国や地域では、経済が好調だと生活が豊かになるため政府への反発も少なく、あまりデモが発生しないケースが多い。しかし香港の場合、2003年のデモ時は重症急性呼吸器症候群(SARS)の影響で経済は落ち込んだが、それ以外は、経済はかなり景気が良かった。それでもデモは発生した。これは一体どういうことなのだろうか?

「もともと香港人は政治に無関心でお金を稼ぐということが大事でした。1970年代終わりから返還の話で政治的な話がありましたが、ほとんど気にしていませんでした。政治的恐怖を感じる人は少なく、むしろ伝統文化にあこがれる人がいた感じです。その後、香港全体が豊かになり、モノ以外の価値の重要さ……特に若者は経済以外の価値に気づいてしまったのです」

中国は民主主義を中国化させる

イギリス統治下ではあったが、植民地時代は決して民主的な街とはいえなかった香港。返還されたと思ったら2003年からはデモが起こる頻度が高くなった。そう、実は本当の意味での“民主”というものを香港人は体験していないのだ。そんななか、伍氏は中国政府への恐れが民主を求めた原動力の一つになったと推測する。

「民主についてはある程度情報が入ってくるので、どういったものなのかを理解できてはいました。ただ、共産党の国家の怖さがそれを大きく上回っていたからこそ、民主を渇望したという面もあったと思います」

香港国家安全維持法に関して、親中派によって香港終審法院の前に掲げられる中国の国旗。 写真:AP/アフロ

中国政府は、やろうと思えば返還された時点で香港から民主主義を奪い、全体主義に近いものにすることもできたはずだ。しかし、それはしなかった。そもそも、中国政府にとって民主主義は利用するものなのか? 敵対するものなのか?

民主主義を中国化させようとしている、というのが適切だと思います。中国というのは、政治、社会、文化など多くのことについて中国に合うように変えていくというスタイルです。自分が変わるのではなく、相手を変えるというやり方に近いです」

香港においても、中国政府に適した民主主義というものが作られるということか。いったいそれはどんなものなのだろうか……。

米中関係が香港に及ぼす影響はよく論じられるが、伍氏は「香港は新冷戦の最前線にいるといっていいでしょう」と指摘。そのなかで、アメリカ政府は香港政府高官の口座を凍結するなどの制裁措置を加えている一方、中国政府や香港政府は香港にある米系企業にはまだ制裁を発動していない。

「これから米中間でさまざまな交渉が行われていくと思いますが、影響力を行使するための外交カードとして、徐々に切っていく可能性があるでしょう」

民主の火を消さない、市民的不服従的なやり方

国安法ができ、新型コロナウイルスの影響で密になるデモがしにくい状況だ。香港市民は今後どのようにして政治的な抗議をするだろうか?

「今後は民主化運動も公にはできず、大きな活動はしにくいでしょうが、民主を日常生活の一部として組み込む、つまり、民主をいつも意識させる形で抗議し続ける気がします。

『意識させる』とは、通識教育(社会問題など多彩な課題を生徒に与え、考える力を育成する科目。若者の民主化意識を高めたといわれている)が廃止になりますので、親が子どもに民主の大事さを伝えたり、中国の製品を買わないというような“市民的不服従的”なやり方などがあると思います」

あれだけ大規模だったデモがアンダーグラウンドに変わりつつある香港。今後の香港の民主主義に希望の光はあるのか?

「悲観的な状況ではあります。誰も解決策を持っていないのです。コロナが収束すればデモは復活するのではないかと思っていますが、人工知能(AI)を駆使した監視社会にもなりつつあるので、デモをするにも懸念があります。

政治環境が大きく変わらない限り未来の香港は変わらないでしょう。逆に言えば、変わるチャンスが来たときに市民が“民主”に対する情熱を持ち続けていれば、新しい香港が作れるのではないでしょうか。その機会を待つしかないですね」

日本人が理解すべき民主主義のメリット

日本は、いろいろ問題はあっても民主国家だ。それが自然であるため、ある意味、自由や民主の尊さをちゃんと理解していない面も無きにしも非ず。伍氏から見た、日本人が理解すべき民主主義のメリットとは何か?

「中国は王朝が長かったこともあり、政府が上で、市民が下という考えがまだ色濃く残っています。そういう意味では全体主義を受け入れている面はあるでしょう。

しかし、日本の政府は国民のために働きます。政治家は選挙を通して市民の支持を得た上で働くからです。つまり、政治家がダメであれば選挙で落とせばいいのです。政府が無限の権力を持っていないことは大きなメリットだと思います」

中国の覇権主義は香港や南シナ海にとどまらず、台湾へも触手が伸びるといわれている。日本人は香港の現状をしっかりと認識し、今こそ民主主義というものを改めて考えることが必要なときにきているのかもしれない。

(2021年5月17日更新)