いま再び活況の仮想通貨、実は市場のカナリア

米ナスダックに上場した仮想通貨取引のコインベース 写真:UPI/アフロ

経済

いま再び活況の仮想通貨、実は市場のカナリア

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テスラ社のビットコイン決済をめぐる、イーロン・マスク氏のツイートによって価格が乱高下。さすが時価総額上位の影響力。マスク氏周りでは「ドージコイン」も盛り上がっているが、一企業の経営者の発言によってここまで価格が乱高下するビットコインは安定資産という点では疑問符がつく。一時期はハードカレンシーと入れ替わるといわれていた仮想通貨、現在の市場はどのように見るべきだろうか。

「ドージコイン」をご存知ですか

「ドージコイン」は、IBMソフトウェアエンジニアのビリー・マーカスとAdobeのソフトウェアエンジニアのジャクソン・パルマーが“冗談”で作った仮想通貨である。そのドージコインの価格が2021年に入って急騰、5月5日に時価総額が871億ドルを記録、米自動車大手ジェネラル・モーターズ(GM)の時価総額を凌駕し、Twitter社の時価総額の2倍の水準にまで跳ね上がった。

ドージコインは暗号通貨市場に「DOGE」として上場されている。その価格が急騰し始めたのは今年の1月からで、一時800%以上急伸した。その後、2月半ばにいったん横ばいとなったものの、4月前半からふたたび急騰し始めた。

きっかけは、米電気自動車大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)や人気ラッパーのスヌープ・ドッグ、ロックバンドKISSのジーン・シモンズら著名人によるドージコインをネタにしたSNS投稿だった。特にマスク氏が「ドージ・ファザー」としてテレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ(SNL)」に出演するとツイートしたことで火がついた。

しかし、マスク氏が5月8日のSNLで「(ドージコインは)詐欺だ」と発言すると、一時価格は40%近く急落するなど、乱高下した。

規制当局の認識は「仮想通貨」ではなく「仮想資産」

仮想通貨は、当初、世界の決済を席巻し、既存のハードカレンシーを駆逐するのではないかとも喧伝された。仮想通貨の信用の裏付けとなるブロックチェーン技術への過度な期待も加わり、価格は急騰した。しかし、仮想通貨に対する各国の規制当局、中央銀行の見方は冷ややかだった。

「『クリプト・カレンシー(仮想通貨)』ではなく、『クリプト・アセット(仮想資産)』という言い方に変えるべきだともいわれています」

日銀の黒田東彦総裁は、2018年2月13日の衆議院予算委員会で仮想通貨取引所「コインチェック」で発生した巨額資金流出事件を受けて中央銀行としての見解を問われ、こう答弁した。

コインチェックのNEM不正流出によって露呈した仮想通貨の信用問題

コインチェックのNEM不正流出によって露呈した仮想通貨の信用問題

2018.1.29

「仮想」を直訳すれば「バーチャル」か「イメージナリー」となるが、黒田総裁は、暗号や算術を駆使するという意味で「クリプト」と表現した。仮想通貨は、まさに「暗号通貨」ということであろう。しかも、「仮想通貨ではなく仮想資産」と言い換えるべきだという指摘は示唆に富んでいる。

「コインチェック」の巨額資金流出では、わずか20分間に580億円相当もの仮想通貨「NEM(ネム)」が不正に引き出されていた。事態を重く見た金融庁は、「再発防止策や発生原因などさまざまな点で分析が足りない。不十分なシステムが常態化している」として、「コインチェック」に対し業務改善命令を出すとともに、すべての仮想通貨取引所にシステムリスク管理態勢の自己点検を要請。緊急の立ち入り検査に入った。

金融庁は2017年4月に改正資金決済法を施行し、世界に先駆けて仮想通貨取引所に登録制を導入した矢先だっただけに、事件から受けるショックは大きい。

このコインチェック事件を契機に、日本における仮想通貨への投資熱は急速にしぼんだ。仮想通貨の法的性格も、あくまで「暗号資産」という位置付けとなり、他の金融商品と変わらないものに事実上、格下げされた。

米コインベース上場が仮想通貨市場を活性化

そんななか、ドージコイン急騰に象徴されるように、今また仮想通貨の価格が世界的に高騰している背景にはいくつかの要素がある。

コロナ禍を受けた世界の中央銀行による大規模金融緩和の継続や巨額な財政出動により、市中にばら撒かれた大量のマネーが、仮想通貨に流れ込んでいるためである。

特に仮想通貨は値動きが大きくことから投資に面白さがあり、博打感覚で投資できる金融商品ということであろう。そこにドージコインのように、ちょっとした面白い話題があれば、個人を中心にネット投資で暴騰する……という構図だ。

その最大のきっかけとなったのが、アメリカの暗号資産交換業大手コインベースの米ナスダック市場への上場だった。4月14日の上場初日の時価総額(終値)は約653億ドル(約7兆1000億円)で、世界の主要な株式取引所と同規模の大型上場となった。

コインベースは2012年に設立され、現在5600万人が利用する米国最大の暗号資産交換業者である。日本のメガバンク、三菱UFJフィナンシャル・グループも出資している。

コインベースの主な収入源は仮想通貨の売買を仲介して得る手数料で、株式や為替よりも取引時の手数料が高い。つまり高収益体質の企業といっていい。「仮想通貨の価格が上昇すれば、コインベースの収益も上昇する好循環で、それがまた仮想通貨への投資を呼び込む」(市場関係者)という構図だ。この1年で10倍近く値上がりした仮想通貨ビットコインはその象徴といっていい。実際、コインベースの上場は、仮想通貨市場を活性化させ、価格高騰に拍車をかけた。

バブルに満たない小さな泡(フロス)

だが、仮想通貨の先行きには危うさも伴う。最大のネガティブ要因はインフレ懸念であり、ポストコロナを見据えた世界的な金融緩和の巻き戻しである。すでに米国市場では長期金利の上昇により株価が急落する局面が出始めている。

FRB(米連邦準備理事会)が5月6日に発表した「金融安定性報告」は、そうした市場の懸念を代弁している。同報告はFRBが半年に一度、金融市場や金融システムのリスクについて定点観測するものだが、そのなかで仮想通貨などリスク資産について、「価格上昇が続くなか、各種の尺度から見てバリュエーション(価格評価)が高くなっている」と分析。

リスク資産への投資に熱狂する市場参加者の態度が急変した場合、資産価格は急落リスクに脆く、金融システムに負荷がかかりかねないと警鐘を鳴らしている。また、パウエルFRB議長は4月の記者会見で、市場にバブルに満たない「フロス(小さな泡)」が生じていると指摘した。

アメリカではコロナワクチンの接種が急速に進んでおり、経済が正常な状況に戻る期待が高まっている。いずれ金融緩和の停止、引き締めへの転換も視野に入る。そのとき、まず最初に反応する市場、価格が暴落するリスク資産は何か、それこそ暗号資産と見ていい。“仮想通貨は市場のカナリア”となろう。