東京オリンピック・パラリンピックについて、政府や大会組織委員会、国際オリンピック委員会(IOC)などは6月21日に5者協議を開き、観客数の上限を最大1万人とすることを決めた。世論や専門家の多くが中止や無観客での開催を求めるなか、「観客あり」にこだわる菅政権が押し切った。ただ、新型コロナウイルスの感染状況によっては無観客に切り替える可能性を示しており、チケットを持っていてもギリギリまで観戦できるかわからない。
別枠の大会関係者により最大2万人も
政府と東京都、大会組織員会、IOC、国際パラリンピック委員会(IPC)の代表による5者協議は都内で開かれ、政府の大規模イベント制限に準じて定員の50%以内で最大1万人とすることを決めた。開会式や陸上、サッカーなどの会場となる国立競技場は収容人数6万8000人だが、今回の規定により上限は1万人。柔道や空手の会場となる日本武道館は収容人数1万1000人で、今回は5500人が上限となる。
ただし、大会関係者や子どもたちに低価格で観戦してもらう「学校連携観戦プログラム」については上限とは別枠とした。開会式は多くの大会関係者により最大2万人まで膨らむ可能性が指摘されているが、組織委員会は「(2万人より)少ない数字になるだろう」と説明した。
観客数の上限をどうするについてはこれまで迷走が続いており、開幕を約1カ月後に控えるなかでのギリギリの決定となった。大会組織委員会の橋本聖子会長は記者会見で「最後のピースが集まり、舞台の骨格が完成した」と安堵の表情を見せたが、なお予断を許さない。
今回決めた観客の上限数は、開催地域で緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が解除されているのが前提。解除されていない場合は再協議し、無観客も含めて検討するという。菅首相は6月21日、記者団に「安全安心のために無観客というのも辞さない」と明言した。
五輪チケットは全体の約42%、364万枚が販売済みだが、1割強のセッション(時間帯)で上限数を超えているという。今後、上限を超えているセッションについては再抽選を行い、約90万枚減らす。大会組織委員会は当初、チケット収入として900億円を見込んでいたが、半額以下に減る見通しだ。
東京五輪の成功と政治
緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令で自粛生活を強いられるなか、最近まで国民の多くが中止や再延期を求めていた。政府がなし崩し的に五輪開催を“既成事実化”し、各競技での日本人選手の活躍が報じられ徐々に開催機運は高まってきたが、それでも無観客での開催を求める声は根強い。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長も無観客での開催を求める提言を政府と大会組織委員会に提出したが、それも聞き入れなかったのは次期衆院選を見据えて“五輪成功”を演出したい菅首相の思惑がある。
2021年は7月4日に東京都議選が投開票された後、7月23日~8月8日までオリンピック。8月24日~9月5日までパラリンピックが開催され、その後に衆院解散、総選挙が行われる見通し。新型コロナ対応への批判で内閣支持率が低迷するなか、与党が議席を維持し、菅首相がその後の自民党総裁選に勝ち抜くためには「ワクチン接種」と「東京五輪」の2つの成功が欠かせない。
ワクチン接種についてはここにきて加速しているが、主要国に比べるとなお見劣りする。総選挙が行われる時点で希望する国民全員に行き渡らせるのも困難で、大きな加点にするのは難しい。となると勝利のカギは“五輪の成功”しかない。わかりやすく五輪成功を演出するには観客の歓声が必要だったというわけだ。
首相にとっては“賭け”
ただ、有観客での開催は首相にとって“賭け”の側面もある。上限1万人といえども、一日あたりの観客数が最も多い日はチケットの保有者だけで20万人を超える見通し。ボランティアなどの大会関係者を含めればさらに多くの人間が大会会場付近を行き来する。
政府内では「プロ野球やサッカーJリーグができるのだから五輪だってできる」などと楽観視する向きがあるようだが、規模が違う。4年に一度の“お祭り”ムードも日常的なスポーツ観戦とは分けて考えるべきだ。
大会組織委員会は観客に直行直帰を求めているが、競技を見て高揚した観客が飲食店に立ち寄って盛り上がるのを強制的に阻止することはできない。大会組織委員会の専門家会議では、感染リスクは観戦に行かなかった場合に比べ、観戦して直帰する人で6倍、直帰しない人では最大約90倍になると指摘された。
五輪観戦を契機としたクラスターが発生したり、観戦をきっかけに新型コロナウイルスに感染して死亡したりする例が明らかになれば野党からの追及は免れない。開幕に向けた残り1カ月、政府も組織委員会も念には念を入れて対策に取り組む必要があるし、感染状況が少しでも悪化するようであれば躊躇なく無観客に切り替える決断をすべきだ。選挙を意識するあまり判断が鈍れば、取り返しのつかないことになる。