現在も続くコロナ禍で、欧米ではワクチン接種が進んでいることもあってか社会的規制が徐々に緩和され、アフターコロナの時代に入りつつある。一方、海外諸国に比べてワクチン接種が圧倒的に遅れている日本では、国民の五輪熱が冷め続けるなか、政府や自治体、日本オリンピック委員会(JOC)は開催の準備を着々と進めている。東京五輪が日本を分断するトリガーとならないことを望むばかりだ。そのようななか、中国の習近平氏は東京五輪を強く支持する意思を表明し、5月には報道関係者3000人あまりを日本に派遣する方針を明らかにした。しかし、これを政治的な視点からとらえると、中国にはいくつかの思惑が見え隠れする。
“ワクチン外交”の狙い
まず、日本で新型コロナの感染拡大が一向に収まらないなか、中国としては東京五輪開催を支持するだけでなく、ワクチン外交を日本にも展開し、シノファームなど中国産ワクチンを大量に日本に供給し、東京五輪で存在感を内外に強く示したい狙いがある。
すでに、インドネシア、シンガポール、カンボジア、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス、UAE、エジプト、トルコ、バーレーン、ヨルダン、セルビア、ハンガリー、チリ、ブラジルなど多くの国々が中国からワクチン提供を受けており、最近もWHOが新たにシノバック・バイオテックス社のワクチンを承認したことで、中国のワクチン外交はさらに拡大しそうだ。実際、バッハ会長は3月中旬、中国オリンピック委員会から、今夏開催予定の東京五輪と来年2月開催予定の北京五輪で出場選手や関係者にワクチンを提供する用意があるとの申し出があったと明らかにした。
一方、最近、コロナ優等生といわれてきた台湾で感染が急増すると、中国は直ぐにワクチンを提供する用意があると台湾に伝えるなど、周辺各国で影響力を拡大させる機会を常に狙っている。これについて、台湾の蔡英文総統は、台湾がドイツ製ワクチンを購入しようとしているが中国が妨害していると非難したが、結局日本からのワクチン提供が第一便となった。中国はこれについて日本へ不快感を示している。
最大の理由は北京五輪の開催と成功
しかし、中国にとって最大の理由はほかにある。現在の習政権にとって最重要事項の一つに、北京五輪の開催と成功がある。北京在住の知り合いたちからいろいろと情報を聞くと、すでに開会式や閉会式の開催場所や選手村、スケートリングやジャンプ台など主な施設は完成しており、北京市民の間でも五輪への機運が徐々に高まり、ちょうど開催半年前となる8月4日にはイベントも検討されているという。
よって、習政権としては、コロナによって東京五輪が中止になれば、「次の北京はどうなるのだ」という議論が浮上する恐れもあることから(特に、欧米で再び感染者増加ということになれば)、何としても東京五輪開催を既成事実化したいはずだ。
米中対立は五輪にどう影響するか
また、北京五輪をめぐっては、欧米などから開会式や閉会式に首脳や政府高官を出席させない外交ボイコット論が浮上している。人権問題を重視し、同盟国や友好国とともに対中けん制網の構築を狙うバイデン政権になって以降、中国と欧米との関係は悪化している。その一つに、新疆ウイグル問題をめぐって、アメリカはウイグル産綿花など強制労働とかかわるあらゆる製品の輸入停止を発表し、日系企業ではカゴメやミズノが同綿花の使用停止を発表している。
また、最近、バイデン政権で気候変動問題を担当するケリー大統領特使が、人権侵害が指摘される中国ウイグル問題に言及し、現地で温暖化対策に欠かせない太陽光発電パネルの材料生産が強制労働により行われている恐れがあるとして、同製品を貿易制裁対象に指定するか検討していると明らかにした。今後さらに制裁対象の範囲が拡大する恐れがある。
そして、こういった経済や企業に影響を与える形で中国と欧米の対立が激しくなれば、北京五輪の際、アメリカなどが五輪のスポンサー企業などに積極的に支援しないよう促す可能性もあるだろう。日本ではトヨタ自動車、パナソニックなど名だたる企業が主要スポンサーとなっている。しかし、IOCは総収入の7割をテレビ放映権料に依存しており、その多くは米NBCなど欧米主要メディアであることから、北京五輪の放映などで欧米政府が政治的圧力をかけることも否定はできない。
経済・貿易の領域を利用する形で中国と欧米の対立が先鋭化するなか、習政権はそれが北京五輪に利用されることは回避したいはずだ。実際、十分に放映されなければ、北京五輪の成功を内外にアピールできない。よって、中国としては東京五輪で協力を惜しまない姿勢を強調し、IOCとの良好な関係を維持するだけでなく、東京五輪を支持・協力することで日本を欧米陣営から切り離したい狙いもある。
北京五輪を“人類がコロナに打ち勝った五輪”にし、コロナにおける中国不信感を払拭するためにも、習政権によるワクチンと五輪の両面外交が今後より加速化しそうだ。