菅義偉首相(72歳)の自民党総裁としての任期満了が9月末に迫り、8月上旬に自民党内に総裁選の選挙管理委員会が発足した。菅首相は続投に意欲を見せるが支持率浮上のネタは乏しく、党内では「菅首相では選挙を戦えない」との声も挙がる。党執行部が無投票再選を目指すなか、8月10日に高市早苗前総務相(60歳)が立候補への意欲を表明し、党内の駆け引きが激しくなる……と思いきや、有力候補は見当たらない。“ポスト菅”はもう少し先になる気配が漂っている。
対抗馬に神経を尖らせる二階幹事長
「社会不安が大きく課題が多い今だからこそ、今回、私自身も総裁選に出馬することを決断した。政策を多くの候補者と競い、ベストな道を提示する機会を得たい」。高市前総務相は8月10日発売の月刊誌「文芸春秋」にこう綴り、今秋の自民党総裁選に出馬する意向を表明した。
高市氏は同誌で、菅首相について「発する言葉からは自信も力強さも伝わらなくなってしまっている」と批判。「『美しく、強く、成長する国』を作るため国家経営のトップを目指し、『日本強靭化計画』を実行したい」と訴えた。
菅首相は7月の民放番組で「時期が来れば当然のことだ」と総裁選出馬を表明したが、菅首相以外で正式に立候補を表明したのは初めて。高市氏は無派閥で、立候補に必要な20人の推薦人を集められるかどうかが焦点となる。
こうした動きに神経を尖らせているのが二階俊博幹事長だ。二階氏は8月3日の記者会見で「今すぐ菅首相を代える意義は見つからない。むしろ『続投してほしい』という声の方が、国民の間にも党内にも強いのではないか」と強調。「今のところ複数の候補になる見通しはない」とも語り、対抗馬の擁立を強くけん制した。
二階氏らが菅首相の無投票再選を目指すのは、新型コロナウイルス対応などをめぐって菅政権への世論の風当たりが強まっているからだ。朝日新聞社が8月7、8日に行った世論調査によると、菅内閣の支持率は前月比3ポイント減の28%で、政権維持の“危険水域”とされる3割を初めて割り込んだ。不支持率は4ポイント増の53%。首相が政権浮揚策として期待していた東京オリンピックの開催については「よかった」が56%で過半数を超えたものの、支持率の押し上げにはつながらなかった。
第2次安倍政権では終盤、政権批判の声が強かったように思えるが、それでも支持率が最も低かったのは2020年5月の29%。今回はその水準をさらに下回った。支持率を引き下げているのは新型コロナウイルスの新規感染者数が連日のように過去最多を更新していることや、首相が新型コロナ対策の“切り札”としているワクチンの接種が順調に進んでいないこと、そして何よりも五輪を強行開催した理由を含めて菅首相の“声”や“思い”が国民に届いていないことがある。
今秋までに衆院総選挙が行われるというなか、自民党議員にとって最大の関心事はいかに自分の選挙が有利になるかどうか。内閣支持率が低迷する今、首相より国民人気の高い候補者が現れれば首相の有力な対抗馬になりうるため、首相の“後見役”である二階幹事長は対抗馬の擁立に神経を尖らせているのだ。
有力候補が現れない理由
とはいえ、今のところ有力候補は見当たらない。前回総裁選を菅首相と争った岸田文雄前政調会長は出馬に意欲を見せるが、支援の輪は広がっていない。石破茂元幹事長らは今のところ沈黙を守ったままだ。
高市氏がかつて所属した自民党最大派閥の細田派の細田博之会長は8月8日の記者会見で「首相は最大の苦労をしている」と述べ、菅首相の再選を支持する考えを示した。立候補の意向を表明しているのは今のところ高市氏のほかには野田聖子幹事長代行にとどまり、いずれも推薦人の確保にめどはたっていない。
菅首相の有力候補が現れないのは河野太郎行政改革担当相や小泉進次郎環境相のように人気の高い政治家の多くが菅政権と“一蓮托生”で首相に対抗できる立場にないということ。もう一つはコロナ禍という難局では誰が担っても“渦中の栗”を拾うことになりかねないため、当面は静観したいという本音があるからだ。内閣支持率が低迷するなかでも自民党の政党支持率は高いため、秋の衆院選は何とか乗り越えられるとの思いもあるだろう。
衆院選後から本格化? ポスト菅は誰か
そうした状況を総合的に考えると、ポスト菅をめぐる争いは今回の総裁選ではなく、衆院選後から本格化すると考えるのが自然だ。ワクチン接種が進み、世界的に感染症の脅威が緩んできたころに、いよいよポスト菅の本命たちがうごめき始めるとみられる。
世論調査で“次の首相”として人気が高いのは石破、河野、小泉の3氏。ただ、石破氏は面倒見が悪いことから党内で人気が低く、総裁選で連敗し続けてきたことで側近たちからも見放され始めている。河野氏は意欲があるものの所属派閥の会長である麻生太郎副総理兼財務相が「まだまだ先だ」と突き放しており、小泉氏についても大臣就任以降マスコミから叩かれる機会が増え、党内で積極的に担ごうとする動きは乏しい。
党内最大派閥を近々、引き継ぐとみられる安倍前首相は5月に発売された月刊誌でポスト菅として茂木敏充外相と加藤勝信官房長官、下村博文政調会長、岸田文雄前政調会長の名前を挙げた。あえて具体名を出したことから永田町では話題になったが、いずれも実力派ではあるものの国民に親しみ深い議員ではない。最近では「側近議員を義理で名指ししただけ」との評判がもっぱらだ。
むしろ、ポスト菅としてこれから一気に名を上げそうな議員がほかにいる。福田康夫政権、麻生政権、第2次安倍政権で防衛相や経済財政担当相、農林水産相、文部科学相を歴任した林芳正参院議員(60歳)だ。
林氏は故義郎元大蔵相の長男で、東大卒業後に三井物産などを経て1995年の参院選で初当選した。これまで5回連続当選。政策通でもあり「将来の首相候補」と言われてきたが、野党転落時の2012年総裁選に立候補した際には5人中最下位にとどまった。まじめな性格で知名度がいまひとつということもあるが、何よりかつて参院議員で首相に就いた人が一人もいないということが影響した。
林氏はこれまでも首相への挑戦を視野に衆院議員への鞍替えを模索していたが、ついに今年7月、次期衆院選で山口3区から立候補することを正式に表明した。同区には現職として過去8回、同区で議席を守ってきた河村健夫元官房長官がおり、次期衆院選では自民党の元有力閣僚同士が戦うというかつてない選挙となりそう。この戦いを制することができれば、林氏は有力なポスト菅に急浮上する。
危険水域に足を踏み入れ、危機的状況にある菅首相だが、本格的な政局となるのは今回の総裁選ではない。総裁選後の衆院選で与党がどれだけ議席を減らすか、そしてポスト菅の最有力候補が誕生するかが今後のカギとなる。
たぬき
沖縄基地問題解決せず
2021.8.19 08:31