パンデミック下の金融政策 パウエルFRB議長は再任されるか

2021.9.3

経済

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パンデミック下の金融政策 パウエルFRB議長は再任されるか

写真:ロイター/アフロ

FRB議長は世界の基軸通貨ドルの守護神で、「米大統領に次ぐ権限を持つ」といわれる。現在のパウエル議長の任期は2022年2月まで。コロナ禍のなか、世界の金融政策の中核を担う人物が交代するかどうかは市場関係者にとって最大の関心事だ。果たしてパウエル議長は再任されるのか、決定権はバイデン米大統領が握る。鍵は民主党急進派の動きと年内にも開始されるとみられているテーパリング(量的緩和の段階的縮小)の成否にかかっている。

テーパリング開始は遅くとも年内に

8月27日にカンザスシティー連銀主催による恒例の金融・経済シンポジウム、ジャクソンホール会議が開催された。新型コロナウイルス感染症拡大により前年に続きオンライン形式となり、日程も1日に短縮された同会議。FRB(米連邦準備理事会)のジェローム・パウエル議長は、「7月のFOMC(米連邦公開市場委員会)の際、私の考えは『年内に開始するのが適当だろう』だった」と表明した。

ジャクソンホール会議直前の8月18日に公表された7月のFOMC議事要旨では「ほとんどの参加者が、年内開始が適当」との意見だったが、その中にパウエル議長が含まれているのかは明らかではなかった。今回のジャクソンホール会議で、パウエル議長の考えが初めて明かされた形になる。

「そもそもパウエル議長はテーパリング開始に比較的慎重なハト派であり、他のメンバーには早期開始を主張するタカ派もいたはずだが、コンセンサスを重視するパウエル議長は、あえてFOMC内での意見の相違が小さいことをアピールしたのではないか」(市場関係者)と受け止められている。

FRBは毎月米国債を800億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)を400億ドル買い上げているが、パウエル議長は「今後の資産購入の縮小の時期とペースは、利上げの時期に関する直接的なシグナルを伝えることを意図したものではない」と語った。テーパリング開始がすぐに政策金利の引き上げにつながるものではないとの言及は金融市場に安心感をもたらし、株価・債券市場への影響を抑えた。

だが、いずれにしてもパウエル発言を受け、「早ければ次回9月のFOMC、遅くとも12月のFOMCまでにテーパリング開始が決定される可能性が高まった」(市場関係者)。

金融政策の正常化に務めた前任者、ジャネット・イエレン

そのパウエル議長は2022年2月に4年間の任期が到来する。果たして、再任されて2期目に入るかどうか注目される。その去就を占う上で試金石となるのが前FRB議長で、現米財務長官のジャネット・イエレン氏だ。

FRBは2013年12月に創立100周年を迎えたが、“マエストロ”と呼ばれたアラン・グリーンスパン氏、“ヘリコプター・ベン”の異名を持つベン・バーナンキ氏に次ぐ議長として、オバマ大統領(当時)が任命したのがFRB初の女性議長となったイエレン氏だった。

2014年2月にFRB議長に就いたイエレン氏は小柄で白髪、柔和な微笑みを絶やさない雇用問題に精通した学者であった。民主党リベラル派や米女性団体から圧倒的な支持を受けるイエレン氏は、ニューヨークの下町ブルックリン出身。1929年の大恐慌で体験した医師と教師のユダヤ系の家庭に生まれた。高校では総代を務め、ブラウン大で経済学を専攻し、イエール大大学院に進む。

師事したのが『インフレと失業の選択』の著者でノーベル経済学賞を受けたジェームズ・トービン教授。「私にとって失業率は単なる統計数字ではない」と語るイエレン氏の哲学はトービン氏ゆずりといわれる。イエール大大学院で経済学博士号を取得後、ハーバード大助教授を経て、1977年にエコノミストとしてFRB入りした。

ここで後に夫となる経済学者ジョージ・アカロフ氏と出会う。出会いはFRB本部の食堂だったのは周囲の語り草だ。「ここ(FRB)で旦那を見つけたくらいだ」(オバマ大統領)と紹介されたほどで、“おしどり夫婦”で知られる。アカロフ氏は後にノーベル経済学賞(2001年)を受賞した。

イエレン氏は、オバマ氏からトランプ氏に大統領が交代してもFRB議長として米経済の守護神に君臨し、現在の長期にわたる好調な景気回復を維持することに成功した。

パンデミック下の米経済を維持、ジェローム・パルエル

そのイエレン氏の後を受けて、2018年2月にトランプ大統領(当時)が選出したのが現在のパウエル議長である。パウエル氏は弁護士出身で、就任時に就いた渾名は“ミスター普通”。議長就任後も手堅い・保守的な運営で、「エキセントリックなトランプ大統領とことあるごとに対立。トランプ氏はパウエル氏をクビにすると何度となく周囲にささやいたほどだった」(エコノミスト)。

その保守的な経済運営に徹する“ミスター普通”ことパウエル議長を“ミスター異常”に大変身させたのは、まさに新型コロナウイルスの猛威にほかならない。パウエル議長は金融緩和を粘り強く継続。コロナ禍で腰折れしかねない米経済を維持し続けている。

前FRB議長のイエレン財務長官は、そうしたパウエル氏の運営について、「パウエル議長には何の大きな失政もなく、パンデミックに見舞われた難しいアメリカ経済のかじ取りをうまく成し遂げた」との評価を与えている。

銀行規制への姿勢が再任を左右

しかし、パウエル議長がすんなりと再任されるかどうかは予断を許さない。FRB議長が政治的任命である以上、ワシントンに渦巻く政治的思惑によって大きく左右されるためだ。最大の難敵は、エリザベス・ウォーレン上院議員など民主党急進派にほかならない。

ウォーレン上院議員らはパウエル議長の経済運営を批判しているわけではない。民主党急進派が問題視するのは銀行監督規制を緩和して、FRBが「銀行を助けた」との思いが強い点にある。
FRBは金融政策に加え銀行監督にも強大な権限を有している。そのFRBに対し民主党はそもそも「大手銀行はウォールストリートで独占的利益を享受しており、一般国民の利益を損なっている」として銀行規制の強化には前向きだ。

FRBの銀行規制緩和はグローバル金融危機の再発を防ぐため2018年5月に米国議会がドット・フランク法(金融規制改革法)の規制を緩める方向で新法を成立させたことを受けて導入されたものだ。2019年10月に外銀、中小銀行に対する自己資本規制や流動性規制を緩和し、ストレステスト(健全性検査)の頻度も引き下げた。

この決定時に唯一反対票を投じたのが民主党急進派の面々で、来年2月に任期を迎えるパウエル議長の後任議長に現FRB理事であるブレナード女史を推している。ブレナード理事は「銀行規制を緩めることは将来の金融の安定性を損なう」と銀行規制に前向きな発言を行っている。上院銀行委員会のブラウン委員長も「FRBはもっと強力な銀行監督規制を推し進めるべきだ」と主張している。

また、ブレナード理事は金融・通貨政策において、FRBがデジタル通貨(CBDC)を導入することに積極的なのに対し、パウエル議長は慎重的な姿勢を崩していない。また、議会有力者のウォーレン上院議員も中央銀行のデジタル通貨導入に積極的である。ウォーレン上院議員は「パウエル議長は銀行監督規制を緩めることを続けてきた。FRBの監督規制緩和は、大手銀行を保護する方向に働いてきた」とパウエル議長を批判している。

実は2013年、オバマ大統領(当時)はラリー・サマーズ元財務長官をFRB議長に就けようと図ったが、これを阻んだのがウォーレン上院議員らであり、サマーズ氏の代わりにFRB議長に指名されたのがイエレン氏であった。

その後、トランプ大統領(当時)は2018年、イエレン議長の手腕を買って再任させようとしたが、共和党内でイエレン議長が銀行監督強化に熱心であったことが嫌われ、1期4年で退任に追い込まれた。一方、法律家で共和党員でもあるパウエルFRB理事を推す声が強まってパウエル議長が誕生することになった経緯がある。ここでも銀行規制への姿勢が再任を左右している。ロビー活動を通じたウォール街の影がちらつく。

政策金利の引き上げ時期はいつ?

果たしてパウエル議長は再任されるだろうか。バイデン大統領は9月にも次期FRB議長候補を決める見通しだ。前FRB議長のイエレン氏は1期4年で退任したが、通常FRB議長は2期8年務めることが慣例となっている。パウエル議長が共和党員であることがネックとなるのかも注目点だろう。

だが、最大の要素は市場の反応にほかならない。年内にも想定されるテーパリングに続いて、FRBがいつ政策金利引き上げに動くのかが最大の焦点になる。予期せぬ形で政策金利の引き上げ観測が市場に広がり、過熱する金融市場に大きな調整が起こればパウエル氏の再選の芽はついえよう。