突如、習近平が連呼し始めた「共同富裕」とは?

2021.10.1

社会

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写真:ロイター/アフロ

社会主義の代表のように思われている中国だが、実は1978年に鄧小平が進めた改革開放路線で資本主義を取り入れ「社会主義市場経済」へ転換している。実際、中国の都市を訪れるとモノと広告にあふれ、中国人の起業家精神は強く、感覚的には資本主義の国そのもの。高級車があちこちで走るなど格差社会であることもすぐ理解できる。しかし最近、習近平国家主席はその格差を是正するために「共同富裕」という言葉を使いだした。

中国共産党のDNA的思想ともいえる「共同富裕」

中国共産党にとって一番大事なことは何か? それは共産党の維持、そして表裏一体になる中華人民共和国の維持だ。そのなかでは反乱要因や権力を侵そうとする人たちを確実に取り除くというのが基本。彼らが最も恐れるのは国民の不満による社会不安であり、社会が安定するならば国民ウケする政策を優先し少々の経済的ダメージは厭わない。

「共同富裕」は1953年に毛沢東が提唱した“貧富の格差を縮小して社会全体が豊かになる”という意味のスローガン。中国語がわからなくても漢字を読めば、意味合いはすぐわかるだろう。これほど社会主義思想にぴったりくる言葉はない。ただ、いきなりそれを実現するのは非現実的なことから、鄧小平が1970年代に改革開放を進めたときには“先に富める者から豊かになれ”という「先富論」を説き、最終目標として「共同富裕」を打ち出している。

格差や不平等はいつでも世界の国々の大きな問題で戦争や革命の引き金になってきた。世界史的にはロシア革命がわかりやすいが、19世紀に入って資本主義経済が発達し、資本家と労働者、都市と農村の格差が拡大したことで平等な社会を実現するため社会主義的思想が台頭し、市民が団結、革命に至った。中国政府にとっても例外ではない。

人間の欲望と言うのは無限で、稼ぎだしたらどんどん稼ぎたくなるもの。2015年以降、中国では最も裕福な上位20%の人が、最も貧しい下位20%の10倍以上の所得を得ているほか、月収1000元(約1万7000円)の中国人はまだ6億人もいる。中国人民大学の呉暁求副校長は2019年に開かれた網易経済学家年会・中改院論壇において「ジニ係数(所得格差を測る指標)は0.46から0.75の間にある。実際、0.4を超えれば貧富の格差は深刻で、0.6以上であれば社会は不穏になる」と格差を懸念していた。

習近平国家主席による社会主義への原点回帰

中国経済は徐々に成熟し高度成長がしにくくなっている。習近平国家主席は中国経済の現状を表すものとして「新常態(ニューノーマル)」という言葉を2014年にはすでに使っており、ここ数年も新型コロナウイルスを抑え込んでいるが経済回復はコロナ前のように戻ってはいない。さらには、環境対策による電力不足も深刻化しているといわれている。

社会主義国家において、経済が回っていれば国民は少々の不満は受け入れるが、経済が回らなくなるとそうはいかない。

さすがの習近平氏もこれはまずいと感じたのだろう。「共同富裕」を持ち出し、国民全体が豊かになろうということで「先富論」から方向転換することを決めた。2022年秋に開催される共産党大会に向けて3期目の目玉政策にするという目算もある。

この方針を聞いて、裕福層は天を仰いだかもしれない。民主主義ならデモでも起こせるだろうが、ここは中国、それはありえない。すでに外国に資産を移している金持ちもいるだろうが、少なくともこれからの稼ぐ分に関しては“詰んで”しまった。

とにかく、習近平氏による社会主義への原点回帰が始まった。ブルームバーグの調べによると、2012年にトップに就いて以来「共同富裕」という言葉を使ってきているが、2019年までには1年間に5~15回程度述べただけだった。ところが、2020年には30回、2021年8月下旬までにはすでに60回以上もこの言葉を使っている。格差是正が喫緊の問題になるほどひどい状態であるという裏返しといえる。

「共同富裕」を実現するために習近平氏は「三次分配」という方法を提唱している。一次分配は市場メカニズムによる分配、二次分配は社会保障や税金による再分配、三次分配は寄付、慈善事業を意味する。

一次、二次はすでに行われていることから、つまり「三次分配」とは三次において、裕福層に多額のお金を寄付させることで社会全体を豊かにしようとすることを意味している。

国民が喜ぶ政策(=ガス抜き)であることは言わずもがなだ。早速、IT大手のアリババは中小企業支援に1000億元(1兆7000億円)を投じるほか、動画投稿プラットホームTikTokで知られるバイトダンスの創業者である張一鳴氏も、5億元(85億円)を教育関連の基金に寄付した。何もしなければ政府に睨まれるだけなので、彼らはすぐに実行に移した。

恒大集団を救うのか、救わないのか

突如、話題となった中国不動産大手・恒大集団の巨額の債務問題。不動産業界は中国において国内総生産(GDP)の4分の1以上を占める経済成長のドライバーだった。日本の不動産バブルとも比較されるが、中国人もある種の“土地神話”に乗ったともいえる。マンション建設で急拡大し、観光や保険、EV事業等に経営を多角化、そんななかで2020年のグループ売上高は5072億元(約8兆6000億円)と業界第2位までのし上がった。その恒大集団を救うのかどうか……これが焦点だ。

救わないとするならば、理由は以下の3つ。

  1. 「共同富裕」を打ち出した以上、救うとほかの企業も助けなければならなくなるため前例を作りたくない。
  2. 恒大集団のトップ許家印氏は習派のライバルである共青団と親しいともいわれており、救いたくない。
  3. 航空、不動産、金融などを運営していたコングロマリット「海航集団」は2021年1月に破綻したが、影響は限定的だったので、見放しても心配ない。

救うならば、理由は以下の3つ。

  1. 中国人の家計資産の40%が不動産だ。価格が暴落するとまさにバブル崩壊になるのでそれを防ぐ。
  2. 救わないと、経営者が不安にかられ、かつやる気を失って経済全体の活力が失われかねないのでそれを避けるため。
  3. 救済するとしても、経営陣は去ってもらう。

救うにしても救わないにしても、中国政府は軟着陸を模索するだろう。ミスをすれば市民が富裕層をターゲットにし、その先にある政府への不満が噴出しかねないからだ。もし軟着陸させて、その後、経済回復をうまく軌道に再び乗せたとしても、外国企業は社会主義に回帰した中国への投資は以前よりは積極的になりにくくなるかもしれない。

日本の新総裁も格差是正を訴える

自民党の岸田文雄新総裁も経済政策について「小泉改革以降の新自由主義的政策を転換する」として成長と分配の好循環によって格差是正を目指す考えを示した。その中には高所得者層への課税適正化、企業に賃上げを促すための税制優遇策などを掲げている。

社会主義であろうが、資本主義であろうが格差は分断を生み、いつの時代も社会の不安定要素になる。世界は今、そういった時代にきているだけに、中国がこの複雑な状況をどうコントロールしていくのか目が離せない。