専門家は新型コロナの空気感染を認識 「エアロゾル感染」対策にシフトを
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専門家は新型コロナの空気感染を認識 「エアロゾル感染」対策にシフトを

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新型コロナウイルス感染拡大が始まって以来、感染経路は主に飛沫感染と接触感染とされてきた。しかし、世界保健機関(WHO)は2021年4月30日に、アメリカ疾病対策センター(CDC)も5月7日に空気感染が感染経路の一つとしてウェブサイトに掲載。空気感染も含まれるとなると、これまでとは異なった対策が求められる。飛沫であればマスクをする等して自分の周りに気をつければいいが、空気の流れは自分ではコントロールできないからだ。8月27日には約40人の専門家が「最新の知見に基づいたコロナ感染症対策を求める科学者の緊急声明」という声明を発表し、空気感染にも眼目に置いた対策を訴えた。同声明に賛同し、室内の空気清浄に詳しい工学院大学工学部建築学科の柳宇教授に話を聞いた。

工学院大学工学部建築学科 教授

柳 宇 やなぎ う

1963年生まれ。専門は空調・換気設備、建築物衛生。1985年、中国同済大学機械工程学部HVAC学科卒。1992年、新日本空調技術研究所に勤務。2005年、国立保健医療科建築衛生部の建築物衛生室長、2009年、東北文化学園大学科学技術学部教授などを得て2010年より現職。著書に『オフィス内空気汚染対策』(技術書院)、『建築を“健築”に-建築学の広がり12分野からみる多彩な世界』(ユウブックス、共著)など。

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エアロゾル?マイクロ飛沫?

空気を介する感染経路でいろいろな言葉が飛び交っている。少し整理すると、「飛沫感染」は会話や咳、くしゃみ等で口から排出された飛沫を通して感染する。この飛沫は水分を多く含んでいるので、落下しやすい。2メートル前後のソーシャルディスタンスが呼びかけられているのはそのためだ。

一方、「空気感染」は飛沫の水分が蒸発し、さらに小さな粒子となって空気中を漂うなかで感染するもので、空気の流れがあれば理論上はどこまでも飛んでいく。極端な話、感染者から数十メートル離れていても感染する場合があるということだ。ただし柳教授によると、「新型コロナの場合では、同じ部屋にいれば感染する可能性がありますが、空調・換気設備などを介して隣の部屋の人にまでうつるという事例はまだありません」とある程度、感染が限定されるという。

よく出てくる「エアロゾル」については、「1ナノメートルから100ミクロンの粒子のことを指します。空気中を浮遊しますが、これによって引き起こされた感染が『エアロゾル感染』です。空気感染を含めた幅広い定義として使えるので、この言葉でコンセンサスが生まれ、一般的な言葉として使われていくでしょう」とのこと。

また、「マイクロ飛沫」は呼気から出された飛沫より小さい微粒子のことで、こちらも空気中を漂う。

「マイクロ飛沫というのは造語でこれはいずれ消滅していきます。一定の専門家は空気感染だとは認めたくない一方で、飛沫感染では説明できないために、その間をとって言われるようになったのだと思います」

工学院大学工学部建築学科・柳 宇教授

「空気感染」が認められるのは時間の問題

内閣官房が開設した「新型コロナウイルス感染症対策」 というホームページがある。そこにAIを使った「新型コロナウイルス対策FAQチャットボット(β版)」というのがある。そこに「空気感染」を入力すると飛沫感染と接触感染の言葉は出てくるが、「空気感染」という言葉は正式な感染経路とは認めていないので出てこない。

もし公的に空気感染を認めるとなると、「これまでは2メートルまでを対策してきましたが『その以上の距離は対策しなくていいの?』ということになります。そして対策を取らなかった結果が、第5波のようなことになったと思うのです」。つまり、現在は空気感染がメインであると考えていいのだろうか?

「もしマスクをしていなければウイルス量も多い飛沫感染が主になりますが、現実は皆さんマスクを着用しています。そうなると空気感染が多いというのが考えられますし、そのような論文も多いです」

9月15日の国会の閉会中審査の中で、共産党の宮本徹議員が「エアロゾル感染が主ではないか?」との質問に田村憲久厚生労働大臣(当時)は「飛沫感染の中にマイクロ飛沫、エアロゾルというものは基本的に入っているという認識だ。特にデルタ株になり、かなりそういうものに、以前よりもウイルス量が多く含まれるがために感染力が増しているのではないかという研究もある。非常に換気は重要だというふうに思っている。誤解を招かない表現の仕方をちょっと検討したい」と遠回しに回答。「空気感染」が感染経路の一つに組み込まれるのは時間の問題のようだ。

最適な換気とは? 今やるべきこと、知っておくべきこと

10月1日から緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置が全国すべてで解かれた。落ち着きを見せている今のうちに国民がやるべきこと、知っておくべきことは何かを柳教授に聞いた。

第5波では家庭内感染も多かった。「換気の際の窓は1カ所ではなく2カ所、開けてください。1つだけ開けても空気の抜けるところがなく、詰まるだけだからからです」。自動車の運転席の窓を開けても空気はそれほど入ってこないが、後部座席の窓を一緒に開けると一気に空気が車内に入ってくるのと同じだ。家庭では窓とともに台所のガスコンロの上にあるレンジフードを使うと効果的だという。「スイッチを入れるとレンジフードの音は結構大きいですよね。それだけパワーが大きいということなんです」。また、お風呂の換気扇も効果があるそうだ。

ただ、冬場になると寒くて窓を開けるのを躊躇してしまう。「窓を大きく開ける必要はありません。握りこぶしぐらいの大きさだけ開けて、レンジフードを回すというのがいいでしょう。また、比較的新しい住宅では壁のどこかに丸や四角の換気口がついていると思いますが、窓を開けずにこちらを開けるといいですよ」。

では、空気清浄機はどうか? 「これは、WHOも、CDCも専門家たちも推奨しています」と、特に寒さが厳しいところは空気清浄機を使えば窓を開けなくてもよさそうだ。

多くの人が行き交うオフィスは何か落とし穴的なところはあるだろうか?

「建築物衛生法でオフィスは基本的にちゃんと換気ができるようになっています。空調機にフィルターあり、風量もありますから普通にしていれば問題はありません。仕事が終わった後に飲みに行って感染したという例はあっても、仕事中にクラスターが発生したという事例はあまりありません。あえて言うならば、空気の滞留域を作らないことです。パーテーションで区切ることでウイルスの滞留域を作る可能性がありますから、会社は空気の流れを把握しておいたほういいでしょう」

会食を通じて感染拡大が広がったこともあり、防疫対策実施の“メインターゲット” になった飲食店については「厨房には大きなレンジフードがありますよね。店内の空気はほぼそこに向かって流れていきます。座るときは入口やレンジフードから離れた場所に座るといいですよ」と。

マスクに関しては、「布マスク、ポリウレタン製のマスクはエアロゾルにはほとんど効果がないのは皆さん知っていると思います。屋外なら布マスクでも感染リスクは極めて低いですが、屋内なら不織布のマスクをつけるべきです。国の専門家会議も推奨しています」と、理想はすべて不織布のほうが安全だが、見た目も気にする人がいるのでうまく使い分けが大事であると呼びかけた。

実証実験のデータは未来の感染症にも生かされる

政府は緊急事態宣言解除ということで、ツアー、スポーツ、ライブハウスなど行動制限の緩和に向けた実証実験を10月6日から13道府県で始めている。

「個人的には実証実験はやったほうがいいと思います。新型コロナウイルスに新たな変異がないことを前提として、飲み薬ができれば新型コロナは終息すると思います。しかし、この20年間でSARS(重症急性呼吸症候群)など短いスパンで感染症が発生していますから、コロナ後の新しい感染症に備えるためにも実施してデータを蓄積したほうがいいです」

実証実験は緩和ありきのようなところがあるが、緩和後も特に人流が戻る場所については特に、空気感染を意識した感染対策が必要になりそうだ。

「実証実験で使う建物を含め、日本の建築物の空調・換気設備のキャパシティは室内熱負荷や在室者数などに従って設計されていますから、自分で風量を倍にすることはできません。新型コロナでリモートワークなど人流を抑えることが始まりましたが、実証実験も今ある建築物の環境の中でどう人を動かしていくのかをしっかり考えていく必要があります」

第5波が収まったと思ったら、すでに第6波の懸念も出始めている。われわれの新型コロナ対策は前に進んでいるのだろうか?

「今後も、マスク着用や手洗いなどのこれまでやってきた基本的な対策は変わりません。日本人の約6割はワクチン接種を終えていますが、ワクチン接種をしない人が一定数いますから、その人たちが第6波の要因になる可能性があります。もちろんブレークスルー感染もあるでしょう。ただ、第5波ほどの大きな感染拡大にはならないはずです」

気を引き締め続ける必要はあるが、それでも少し希望が持てる柳教授のコメントだった。