中国と台湾がTPPで共存することは可能か 中国を歓迎する国、しない国

11カ国で行われたTPP閣僚級会合(2019年1月、都内) 写真:AP/アフロ

経済

中国と台湾がTPPで共存することは可能か 中国を歓迎する国、しない国

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中国と台湾が環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟を相次いで申請し、その帰趨が注目されている。中国は9月16日、正式にTPPへの加盟を申請した。これに慌てた台湾は同23日に加盟申請に動いたものだが、「TPP加盟に以前より熱心だったのは台湾の方で、中国の申請こそ寝耳に水だった」との指摘もある。政治的に対立する両国の加盟申請は、日本をはじめとするTPP加盟国を揺さぶる。果たして解決策は見いだせるのだろうか。

そもそもTPPとは

TPPは11カ国[日本、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ペルー、チリ、メキシコ、シンガポール、ブルネイ、ベトナム、マレーシア]が参加するFTA(自由貿易協定)の一つ。アジア太平洋地域の人口約5.1億人、世界のGDP(国内総生産)の13%弱(11.3兆ドル)を占める広域経済圏だ。お互いに関税をなくし、投資のルールを透明にするなどして貿易や投資を活発化させる狙いがある。

そのルーツは、シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの4カ国が2006年に発効したFTAである。そこにアメリカやオーストラリアが参加し、日本も2013年7月から交渉に加わった。「環太平洋地域で台頭してきた中国を封じ込める思惑から、アメリカが4カ国FTAをTPPに拡大させた経緯があった」(経産省関係者)とされる。しかし、その当事者であるアメリカはトランプ大統領の就任直後の2017年1月に離脱、その後を受けて日本がとりまとめ役となって2018年12月に発効にこぎ着けた。2021年2月からイギリスが加盟に向けて交渉に入っている。

TPP加盟にはデータをめぐるルールや知的財産の保護など高いハードルがある。例えば電子商取引では、外資企業に対しサーバーを自国内に設置することを義務付けることやソフトウェアの設計図にあたるソースコードの開示要求の禁止など、自由なデータ流通を担保する必要がある。投資では外資企業への技術開示要求や土地の不当収用を禁止。サービス分野では、金融機関の出資規制や小売店の出店規制の緩和、貿易円滑化では、通関の時間を短縮、書類の電子化などが求められる。また、労働分野では強制労働の撤廃や労働者の権利確保が加盟条件となっている。

TPPは名称の通り、自由貿易を担保する仕組みであり、参加国全体で関税を撤廃する品目は、工業品の99%に達する。また、TPP域内で一定割合以上の製品を生産すれば無関税で輸出できる「原産地規制」も盛り込まれている。例えば、人件費が安い東南アジア(非締約国)で原料や部品を仕入れ、ペルー(締約国)で組み立て、オーストラリア(締約国)に輸出する場合は関税が免除される。

戦略的な中国の加盟申請

中国の習近平国家主席は10月15日、シンガポールのリー・シェンロン首相と電話会談した。中国外務省によると、リー首相は「中国のTPPへの加盟申請を歓迎し、支持する」と表明したという。リー首相は中国のTPP加盟について「地域の繁栄と発展に有益」と評価したとされる。習近平はTPP加盟申請直後も9月24日には、ベトナムのグエン・フー・チョン共産党書記長と電話会談した。発表文にはTPPの文字は見えないものの、習氏は「双方は国際・地域問題での協調、協力を強化すべきだ」と強調しており、TPP加盟への協力を要請した模様だ。

また、中国の王毅国務委員兼外相は、メキシコのエブラルド外相、マレーシア、ブルネイの外相とそれぞれ電話会談し、協力を要請している。さらに、中国商務省幹部は9月28日にニュージーランド幹部とテレビ会議を通じ、「中国の申請は非常に重要な意義を持つ一歩で、今後のプロセスを積極的に推進する」との言質を得たとされる。中国はTPP加盟に向けてTPP参加国を個別に賛同者として口説いている様が見て取れる。

中国は交渉上手である。TPP加盟承認は既存加盟国の全会一致が前提である。そのためまず中国と貿易面で関係の深い国から懐柔していこうということであろう。その矛先はまず中国が核となる“メガFTA”と言っていい「地域的な包括的経済連携(RCEP)」の国々に向けられている。

RCEPは、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国を中心に日本、中国、韓国、オーストラリアの15カ国が参加する広域の自由貿易圏で、中国が参加する唯一の大型の自由貿易協定である。RCEPは世界の人口の約3割、22.6億人をカバーし、世界のGDPや貿易額の約3割(約26兆ドル)を占める巨大な経済圏であり、全体として工業製品を中心に91%の品目で関税を段階的に撤廃する。2022年1月までの発効を目指している。

中国は自国が事実上主導するRCEPに加え、TPPへの加盟申請することで、東南アジアおよび環太平洋地域で、いわゆるチャイナスタンダードのプラットフォームを構築する狙いがあると見られている。「中国にとって、今回の加入申請は絶妙。加盟できればよいし、できなくてもTPPの結束を乱せる」(チャイナウォッチャー)との指摘も聞かれる。「一つの中国」を唱える中国と台湾の政治対立に、加盟国が分断される恐れもある。

一つの中国原則(One China principle)

中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府であり、中国は分断されず、台湾は中国の不可分の一部であるとする、中国政府の見解。日本とアメリカは表向き中国の主張を“尊重”している。

中国と台湾、どちらが有利か

そもそもTPPはアメリカが主導して二段階方式で進められていたと指摘される。まず日米など12カ国が結束して協定を発行させ、それから中国の加盟をさせる、アメリカの中国封じ込め作戦だった。チャイナスタンダードの排除が狙いだ。そのアメリカが離脱後、もっとも加盟に熱心だったのが台湾である。だが、第一号にはしづらかった。そこにイギリスが2月に正式に加入申請し、二番手の有力候補として加盟環境は整っていた。そこにまさかの中国の割り込みで目算が狂ったというのが今回の構図だ。

では、どちらが有利か。TPPの加盟条件である「透明で公正なルール」でいえば台湾が有利であろうが、ポイントとなる経済効果でみれば中国が勝る。TPP11のうち9カ国は中国と自由貿易協定(FTA)を持ち、一方、台湾は2カ国にとどまる。

中国の武器は圧倒的な経済規模にある。新型コロナ前の2019年、TPP11と中国との貿易総額は1兆684億ドル(約120兆円)と台湾の7倍に達する。しかも台湾は中国との貿易に依存する割合は高い。

中国は加盟基準を満たせないとの見方もあるが、加盟国には例外扱いはある。

難しい日本の立場

TPPとRCEPの両方に加盟する日本の立場は重要かつ難しい。中国と台湾のいずれを支持するのか、旗色を鮮明にすることは容易ではない。

このことはかつての「角福戦争」と呼ばれた田中角栄氏と福田赳夫氏の自民党総裁選挙を想起させる。台湾重視の福田氏に対して、日中国交正常化を掲げた田中氏の戦いは、田中氏が勝利し、日中国交正常化へと突き進んだ。しかし、その後、田中氏はロッキード事件で失脚する。背後にはアメリカの思惑があったともいわれる。

歴史は繰り返し、中国、台湾問題は、尖閣問題や有事対応をめぐり現在も変わらない。

経済原則でいえば「中台同時」しかないが…

では、中国と台湾がTPPで共存することは可能だろうか。この点、下敷きになると思われるのがアジア開発銀行(ADB)のケースだ。ADBは1986年に中国の加盟を認め、すでに加盟していた台湾も残留させた。ADBは1966年創設で、台湾が中国代表の席を譲る必要がなかったためだ。一方、1971年の国連、80年の国際通貨基金(IMF)と世界銀行では中国政府が台湾にとって代わっている。

また、今回の中国、台湾の加盟の処方箋として浮上しているのが「2台目のバス論」だ。中国、台湾だけでなく、かねてTPPに関心を寄せる韓国、タイなどをまとめて交渉するパッケージ論だ。FTAは仲間が多い方がいい。経済原則でいえば「中台同時」しかない。

ただ、TPP11加盟国でカナダとメキシコは中国とのFTAを結んでいない。特に2020年7月に発足したアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)では、アメリカが「非市場経済国」とみなす相手とFTAを結べば協定を解消できる「毒素条項」がある。両国はアメリカとの協定を犠牲にしてまで中国の加入を歓迎しないだろう。

米中の接近

TPP11加盟国の2019年の貿易額は対米が1兆7215億ドルと対中より6割多い。しかし、10年前と比べた伸び率では対米が66%なのに対し対中は120%と2倍近く高い。TPP加盟国にとって中国の加盟は魅力的だ。

米中の通商協議の再開、年内の首脳会談開催など、米中は緊張緩和へ向かっている。この機をとらまえてアメリカを巻き込む形で日本はTPPの舞台回しを担える余地がある。アメリカ、中国、台湾の結節点に日本が位置する。いずれにしても中国、台湾のTPP加盟問題は、皮肉にも離脱したアメリカが鍵を握っており、米中対立の行方に左右される。長期戦は避けられないだろう。