コロナ禍による社会変化の影響はメガベンチャーにとっても大きい。DeNAは2021年8月に本社をWeWork 渋谷スクランブルスクエアに移転し、リモートワークと出社を織り交ぜた働き方に振り切った。新型コロナウイルスの感染拡大早期から対策を実施してきたDeNAの取り組みは、本社移転をはじめ、ワクチン職域接種やステイホームを楽しくするエンタメの提供、ベンチャー支援など多岐にわたる。背景にあるのは世の中に「Delight」を届けるというミッションの存在だ。この2年間のコロナ対策を通して得た手応えと新たに見えてきた課題について取材した。
株式会社ディー・エヌ・エー Chief Medical Officer(CMO)/Chief Health Officer(CHO)/新型コロナウイルス対策本部長/DeSCヘルスケア株式会社 代表取締役医師
三宅邦明 みやけ くにあき
続きを見る超速リモートワーク移行、出社率は3~5%に
2020年4月に発出された、日本にとって初となる緊急事態宣言。このとき政府は感染拡大抑止策として、全国の企業に向けて従業員の出社を極力控え、リモートワークを導入する等して出社率を最低7割は減らすよう協力を呼び掛けた。
要請を受けてのDeNAの動きは早かった。即座に全社一斉の在宅勤務を宣言し、出社が不可欠な部署を除いては原則リモートワークを徹底。9割の社員が出社を控えるに至った。
多くの企業が混乱するなかで、DeNAはなぜこんなにも早くスムーズに移行できたのか。同社のChief Medical Officer(CMO)/Chief Health Officer(CHO)で、新型コロナウイルス対策本部長の三宅邦明さんは次のように話す。
「当社は『健康経営銘柄』や『健康優良法人』に複数回認定されるなど、日頃から社員のヘルスケアに力を入れています。社員が心身ともに最高のパフォーマンスを発揮できる組織を目指すなかで、働き方改革の一つとしてコロナ禍以前からリモートワークの可能性を検討していました。一部で試験的に導入し、課題をクリアしていたところにコロナ禍が来て、緊急事態宣言に背中を押される形で全社一斉の在宅勤務に踏み切ったのです。リモートワーク実現のためのインフラ整備やルール作りなどがある程度進んでいたおかげで、早期対応ができました」
ただし、リモートワーク導入に対しては社内で議論もあった。「一部で試行しただけで全体に拡大するのはリスクが高いのではないか」「生産性やクリエイティブの質が落ちるのではないか」といった議論だ。
「実際に在宅勤務が始まると、自宅のWi-Fiがつながらなくて仕事ができない、会社にあるハイスペックなPCでないと作業効率が悪い、自宅の椅子で仕事をして腰を痛めた、といった小さなトラブル報告はありました。しかし、システムが機能しないなどの大きなトラブルはなく、生産性やクリエイティブの質も評価しましたが落ちていません」(三宅さん、以下同)
リモートワークが進む一方で、どうしても出社しなければならない残り1割の社員がいた。彼らの業務をどうするかが次の課題だった。
「公的機関から会社宛てに届く郵便物の確認や、紙とハンコで行う決裁などは出社しないと対応ができません。コールセンター対応や一部のデータ処理もセキュリティの問題から出社が必要です。電子決済に切り替えられるものは切り替え、当番制にして出社人数を減らすなどして少しずつ改善を行いました。その結果、出社率は3~5%まで減らすことができました」
座席数は3割程度に削減、新オフィスでの働き方
リモートワークが定着した2021年8月、DeNAは渋谷本社を2012年から入居していた渋谷ヒカリエからWeWork渋谷スクランブルスクエアへ移転。従来のオフィスでは2,500席以上あったデスク数を約3割程度に削減した。
三宅さんは「現在約2,200人の社員がいますが、座席は3割分しかありません。全員が出社するとオフィスに入りきりません」と笑うが、これも戦略あってのこと。
「今回の移転にあたり、われわれはオフィスの再定義をしました。リモートワークを今後も永続的に行っていく一方で、やはり社員同士が集ってクリエイティブな創発を生む場も重要です。そこで、一部の社員を除いて社内に固定席は設けず、目的に合わせて集まれる大小のブースを設置しました。また、複数のベンチャー企業が入居するWeWorkのフロアやお酒が飲める共有スペースなどを活用して、交流の促進を図っています」
リモートと出社の良い部分をフル活用できる“柔軟性”のある新オフィスが実現したことで、社員の働き方の幅はさらに広がった。では、コロナ対策の観点からは“リモートと出社の比重”をどのようにしていくのか。
「第5波が収まった今秋以降、都内でも感染者数の少ない状態が続いていることから、この2カ月(2021年11月~12月)は出社を緩和しています。それでも出社率は13~15%程度。12月からは忘年会もOKとしました。20人以下でというルールはありますが、職場のコミュニケーションを促進し、一年に区切りをつける意味で忘年会は重要と考えます」
三宅さんは「ガードを固めるときと緩めるときのメリハリが大事だ」と言う。人間は一旦守りに入ると“守っておけば安心”という心理が働き、ガードを緩めることをためらいがちだ。しかし、それではいつか爆発してリバウンドしてしまう。締めつけばかりではなく上手にガス抜きすることが、コロナ禍のような長期戦では不可欠なのだ。
DeNAの人事グループマネージャーである宮本行久さんも「週1回出社のようなルール化ではなく、各部署の判断で動くのが当社には合っているように思います。当社は事業の幅が広く部署ごとに個性が違うため、それぞれに裁量を与えたほうがうまくいくことが多いのです。今後もリモートと出社のどちらがいいというのではなく、柔軟に運用していきたいですね」と語る。
社員の運動不足はエンタメで解決!
概ね順調に進んできたリモートワークだが、1年8カ月続けるなかで新たな問題も見つかった。社員の健康面のケアを三宅さんは指摘する。
「社員一人ひとりについて継続的に健康調査をしていますが、在宅勤務を始めた直後、一時的に仕事のやりがいが低下したことがありました。9割の社員は数カ月内に回復し、むしろ以前よりパフォーマンスが上がった社員も少なくありません。しかし、残りの1割が人とのコミュニケーション機会が減った孤独感などから、ストレスを感じています。また、通勤しなくなったことによる運動不足から健康診断で体重が増えた社員 が全体の6割います。うち4割は3キロ以上の増加です」
健康経営を目指してきたDeNAにとって、社員の運動不足やストレス傾向は早急に改善したい最重要課題だ。これについては、DeNAの本領であるゲームなどのエンターテインメントを活用し、楽しみながら運動する機会を提供している。
「11月には、eスポーツの部署やスポーツ事業本部が連携して仮想運動会を開きました。DeNAグループのDeSCヘルスケアが提供する『kencom(ケンコム)』というヘルスケアアプリが開催するイベント「みんなで歩活」を活用し、チームごとに1カ月間の歩数合計を競ったり、全員の歩数を合わせて世界一周分の距離が歩けるかを目指 したり。結果的に本当に世界一周分の歩数を重ねることができました」
職域接種で発揮されたDeNA Quality
コロナ対策の中でも特に大きかった取り組みは、2021年6月~9月に実施した新型コロナウイルスワクチンの職域接種だ。ノウハウが無いなか負担が大きいことは目に見えていたが、「やらない選択肢は無かった」と三宅さんは当時を振り返る。
「少しでもワクチン接種に協力して感染者を減らし、医療崩壊を防ぎたい、医療や自治体の負担を軽減したいという思いでした」
ワクチン接種は自社の社員や家族・大切な人をはじめ、取引先や関連会社、自治体の職員・教育保育関係者、交通インフラを担う企業などを対象に、地域や社会を巻き込んで実施された。また、ベンチャー支援として、当時本社移転予定だったWeWork 渋谷スクランブルスクエアで働くベンチャー企業の社員や家族も接種対象に。
「職域接種は従業員1000人未満の企業では独自に行うことができません。同じ渋谷で働く仲間であるベンチャーの皆さんにも希望を募り、DeNAの会場で接種できるようにしました」と宮本さん。
実際のオペレーションは想像以上に大変だった。ワクチン接種の運営を中心的に担った宮本さんがその苦労の一端を打ち明ける。
「何もわからないので厚労省からの資料を読み込んで理解することからのスタートでした。どうすれば効率的かつ安全に接種を行えるのかを考え、予約システムを自社で整え、接種会場を運営するスタッフを揃えて説明をし……とやらねばならないことが山積みで、ノンストップで動いた数カ月でした。初回こそ慣れないことが多くてバタつきましたが、2回目以降からはアップデートしてどんどん効率化していけたのはDeNAらしさが出たと思います」
最終的に渋谷、横浜、新潟の会場で約1万2000人、約2万4000回の接種を成し遂げた。三宅さんは、「トライ&エラーを生かしてより洗練されたものを作るというのは、DeNAが創業以来やってきたことで、最大の強みです。外部の人からは『さすがDeNA Qualityだね』と何度も賞賛をいただきました。社員の努力の賜物です」と社員たちの労をねぎらう。
DeNA Quality
DeNAで働くすべての人の日々の行動や判断の拠り所とする、共有の価値観。[「こと」に向かう]「全力コミット」「発言責任、傾聴責任」「多様性を尊重し、活かし合う」「みちのりを楽しもう」の5つの項目からなる。
ここにDeNA Qualityを表すエピソードがある。職域接種に使用されたモデルナワクチンは冷凍状態で保管されており、接種前にその日の分を解凍する。解凍した注射液は24時間以内に使い切る決まりで、使い切れなかったものは廃棄処分となる。
「われわれは“貴重なワクチンを1回分も廃棄しないで使い切る”という決意で臨みました。しかし、予約通りに来ない人がいたりして、どうしても余ってしまいます。そんなときは(当時の本社があった)渋谷ヒカリエのお店にいる店員さんたちに声を掛けて、『ワクチンが余っているのですが、よければ接種しませんか』と声かけもしました。そういうアナログなこともずいぶんやりましたね(笑)」と宮本さんは笑う。
さらに宮本さんは、「みんなで協力して任務完遂できたことで自信になりましたし、チームワークも良くなったと感じます。何といっても、接種をした人たちから『ありがとう』と直接感謝されたことが大きな力になりました。多くの人にDelightを届けられたことがうれしく、苦労が報われた思いです」と、社員たちの想いを代弁する。
ステイホームを快適にするコンテンツの提供やeスポーツ支援
DeNAはリモートワークや職域接種以外にも、人々の「ステイホーム」を快適にするための取り組みも実施。
ゲーム・エンターテインメント領域では、バラエティ豊かなコンテンツを提供。eスポーツにおいては、神奈川県のコロナ関連の医療従事者支援のための寄付金を募る目的で開催されたチャリティイベント『One KANAGAWA Sports All-Star Cup 2020』の運営に参画し、大会の企画や設備・機器の提供などを無償協力。
スポーツ領域では、ファンが選手やチームを身近に感じられるよう、SNSを駆使したコンテンツを日々に発信。また、ヘルスケア領域では、「楽しみながら、健康に。」をコンセプトに、withコロナの日常でもできる健康増進の情報を発信するなど、さまざまな役立つ取り組みを推進している。
いまこそ必要な雑談 DeNA Qualityは先輩の背中を見て培われる
リモートワークは継続するとのことだが、長期的な観点から見たときに、社員の健康面以外にも“出社しないことの弊害”はありそうだ。例えば新人教育はオンラインでは限界があるだろう。三宅さんはCHOとして、それをどのようにクリアしていこうと考えてるか。
「コロナ禍の余波は数年単位で続くと思われるため、日常は少しずつ取り戻していくことになるでしょう。しかし、まだまだ課題は多い。
2020年度と2021年度の入社式はオンラインで行い、新人研修も原則としてオンラインで行いましたが、やはり限界を感じます。画面越しのミーティングでは本題以外のことは話しづらく雑談というものがありませんが、この雑談にこそお互いを理解し合うための大事なものが詰まっています。
今後は会社として、意図的に“集まる場の提供”をしていかねばならないと考えます。みんなが集まるべき特別な機会とそうでない機会を区別して、効果的にコミュニケーションの促進を図っていきます」
宮本さんも“集まる場の提供”について同意見。
「『DeNA Quality』に代表されるDeNAらしさというものは、先輩社員と一緒に働くことで、肌で感じ、染まっていくものです。私も尊敬できる先輩がたくさんいて、その仕事ぶりをじかに見て『こういう人になりたい』と思い、背中を追いかけてきました。今後はリモートと出社を上手に使い分け、当社にとってベストな形を探っていきたいと思います」
リモートワークでコミュニケーションが減ったことによるストレスは、雑談によって解消されるという面もある。そこでDeNAでは、臨床心理士の協力を得て雑談の場「ホッとカフェ」をオンラインで定期開催、メンタルヘルスへの取り組みも行っている。WeWorkの共有スペースの活用を促すのも、多様な人が行き交う場で生み出される気軽なコミュニケーション(=雑談)が、社員の安心感を生み、ひいてはエンゲージメント向上につながるという考えからだ。
IT企業だからといって解決策は必ずしもデジタルなわけではなさそう。三宅さんいわく「withコロナの取り組みはまだ途中」。そのなかで発揮されるDeNA Qualityは今後どんな答えを導くだろうか。