葬儀業界で一流を目指すティアにとって、最も大事な経営資源は「人」だと冨安徳久代表は断言する。そのため、同社では特に採用に力を入れ、充実した教育制度を敷く。1997年の創業から25年、一貫して感動葬儀をプロデュースし、遺族からの「ありがとう」を積み重ねてきたティアにとって、セレモニーディレクターは“核”ともいうべき存在。彼らはいかに見いだされ、成長するのか。冨安代表にティアが求める人物像と育成の仕組み、そして“人財”とともに目指すビジョンについてうかがった。
創業25年、ティアを目指してくれる学生が増えた
今でこそ600名近い社員を有し、葬儀業界で独自のブランドを確立しているティアだが、創業後しばらくは新卒採用難を経験したと、冨安代表は語る。
「葬儀業界に共通の悩みとして、そもそも就職したい学生の母数が少ないというのがあります。葬儀の仕事は普段の生活ではほとんど接する機会がないため、どんな仕事なのかをイメージしにくく、職業選択の一つに挙がりにくいのです。ティアが2006年に上場したのも、『優秀な学生に来てほしい』との思いが大きな理由の一つでした。それでも上場してやっと会社説明会に数名が来てくれるという状況でした」(株式会社ティア 冨安徳久代表、以下同)
ティアでは学生を確保するための取り組みの一つとして、新卒向けインターンシップを2017年から導入している。本格的な就職活動が始まる前の大学3年生を対象にしたプログラムで、葬儀業界の基礎知識や社会人になってから活用できるスキルなどを学ぶ。インターンシップを経て葬儀の仕事への関心を深め、やりがいのある職業であることを知る学生も多い。
また、ここ数年は新卒採用の状況が変わってきたと冨安代表は言う。例えば、ティアで行われた親族の葬儀に遺族として参列、リアルに感動葬儀を体験した学生が、「自分もセレモニーディレクターになりたい」と応募してくるケースが増えてきたのだ。
「最初から葬儀社が就職選択の一つとしてあり、セレモニーディレクターが憧れの職業としてあるというのは、非常にありがたいことです。上場から15年でティアの就活市場での価値が変わってきた手応えを感じます」
葬儀の仕事の魅力は、人間として成長できること
この2年は新型コロナウイルス感染症の影響で就職活動も“リモートありき”となり、ティアの採用シーンも試行錯誤を余儀なくされた。
「緊急事態宣言中は、オンラインでの会社説明会や面接を取り入れました。しかし、できるだけ対面式の採用を大事にしたいという基本姿勢は変わりません。感染拡大が抑えられている時期はソーシャルディスタンスなど感染対策を万全にし、小集団での対面式の採用を行いました」
「他社はどこもリモートなのに、なぜティアは対面式なのか」と疑問に感じる就活生もいるだろうが、冨安代表にとって対面の場は、学生たちに直接想いを届けることのできる貴重な機会だ。東証一部上場企業の会社説明会で、いきなり社長が出てきて1時間も話す会社は珍しいが、そこには冨安代表の会社説明を超えたメッセージがある。
「ティアに応募して来てくれるかどうかという前に、社会人になるにあたって大事なことを若者たちに伝えたいという想いがあります。
会社説明会で私は『働くことは与えることだ』という話をします。単に待遇やブランドだけで会社を選ぶのではなく、『誰にどんな喜びを伝えたい会社なのかをよく見なさい』とアドバイスするのです。そして、『理念の無い会社は選ばないほうがいいよ』『自分が一番共感・賛同できる理念の会社を選びなさい』と伝えます。そのせいか、よく就活講座みたいだと言われます(笑)」
働くことの意味や生き方の話を通して、就活生たちの“心”に訴えかけるのが冨安流だ。
「『この社長は暑苦しいな』と感じる人は、仮に当社に入社しても感動葬儀を届けることは難しいです。私の信念や企業理念に共感・共鳴し、“与えること”に心が動く人にこそ、ティアに来てほしい」
冨安代表がそこまで熱く就活生に語るのは、葬儀の仕事の素晴らしさに自負と確信があるからだ。
「葬儀の仕事は人の死と向き合う仕事です。学校教育や家庭教育では教わらないことを、仕事を通じて学ぶことができます。例えば公徳心(※)、倫理観、死生観等。
私も18歳で、それまで縁もゆかりもなかった葬儀業界にアルバイトがきっかけで飛び込みましたが、本当にこの仕事とめぐり合って良かったと思っています。この仕事ほど人間形成に役立つ仕事はありません。これからさまざまな経験を通して豊かな人間になっていく若者にとって理想的な仕事です」
※公徳心:社会生活をする上で公共のマナーや利益を守ろうとする精神
「一緒に働きたい」と思えるか
ティアの採用選考は4段階ある。役員面談のあとに待つ最終段階が、冨安代表による社長面接だ。
「私が採用で最も重視する決め手は、『この人と働きたいと思えるか』です。愛がある人、心のある人、明るい人、素直な人がいいです。明るい人が良い理由は、ネガティブな人をポジティブにするには時間がかかるからです。もし相手の心の中が見えるなら、素直かどうかを見るだけでもいい。素直な人は他者のアドバイスを受け入れて向上していけますから」
社長面接では堅苦しい質問は一切しない。就活生はみんな面接馴れしているため、定型の質問をしても参考にならないことが多いからだ。むしろ、何気ない問いかけに対してとっさに答える様子に、その人の人間性が見えると冨安代表は言う。
「例えば、『身近な人を亡くした経験はある?』『お父さんとお母さんとどっちが好き?』といったフランクな質問を投げかけてみて、その人の素の部分を見ます。時間があれば、『自分がお店に入ろうとしてドアを開けようとしている。どんなふうにして入る?』などの質問をします。ドアを開けて後ろに人がいないかを確認し、人がいれば先に通してあげて自分が後から入ってドアを閉める、という答えが理想です。今まで何十人にも同じ質問をしましたが、そんな回答をしたのは2人だけ。いずれもホテルのアルバイト経験のある学生でした」
冨安代表はなぜそんな質問を学生にするのだろうか? それは、ちょっとした思いやりだが、他者を大切にする気持ちやホスピタリティの積み重ねが、遺族から「ありがとう」を引き出す感動葬儀の基本だからだ。
「葬儀は究極のサービス業です。大切な人を亡くして悲嘆するご遺族がどうすれば安心できるか、喜んでくれるかをイメージする想像力が不可欠なのです」
人財教育にはお金・時間・労力を惜しまず注ぐ
創業当初から冨安代表は、ティアの強みは“人財”であることを強く意識していた。他社にできないサービスを提供し差別化するには、セレモニーディレクターの質で勝負することになると考えていたためだ。
ティアではほとんどの新卒社員が葬儀業界の知識も経験もゼロからのスタートになる。そのため新人教育には十分な時間をかけている。まず採用後6カ月は葬儀の基礎を学ぶ導入研修。その後、配属先の葬祭会館に分かれて、指導係とマンツーマンでのOJT研修が6カ月。トータル1年をかけてじっくり新人を育てる会社は決して多くないだろう。
「現場研修では、まず模擬葬儀で実務経験を積みます。本物の葬儀と同じ祭壇をセッティングして、宗派ごとの決まり事やお寺さんとの阿吽の呼吸、ご遺族とのかかわり方などを一つひとつシミュレーションします。葬儀は『儀式』なので、たくさん覚えなければいけないことがあります。何度もシミュレーションを繰り返しながら、動線や手順やタイミングを頭と身体の両方で覚えていきます」
これまでさまざまな人財育成の方法に取り組み、その中で最適なノウハウを蓄積してきたティアだが、その探究が止まることは無い。
「毎年同じやり方をするのは怠慢です。常に新しいものを取り入れ、バージョンアップすることが欠かせません。特に私が大事にしているのは『楽しい教育』。一例では、大手芸能事務所が提供するお笑いを活用した教育プログラムを導入するなどしてきました」
葬儀の仕事は覚える知識量が多く、それが習得できないと一人前の仕事をすることができない。しかし、知識を詰め込むことに面倒さや退屈さを感じる者もいる。そこで冨安代表は、「なぜ覚えなければならないのか」というネガティブなマインドを前向きなマインドに変えるために、こんな対策をしている。
「単に『上司に覚えろと言われたから』という動機ではなく、『ご遺族に安心してもらうために覚えるのだよ』と本来の目的を社員には伝えています。すると、宗派ごとの祭壇の組み方など細々とした知識も、『これを知っておくことでご遺族に正しい説明ができて安心してもらえる』ととらえられるようになり、前向きに覚えようというモチベーションに変わります」
教育カリキュラムを組む立場の管理職にも常々「どうしたら楽しく学べるか、教えられるかを追求しなさい」と伝えているという。
「『やらねばならない』を『やりたい』に変えることがマネジメントの本質だと私は考えます。やりたいと思うことは継続できるし、もっと上を目指して工夫や改良をしていくことができるからです。社員が自発的に『ご遺族にこれをして差し上げたい』という想いを持てること、それが質の高い感動葬儀のサービスを生む源泉となるのです」
葬儀業界のリッツ・カールトンを目指して
創業から25年、ティアは豊かな人財によって唯一無二の「感動葬儀」を届けてきた。今では感動葬儀はティアの代名詞ともいえるまでになった。一方、知名度が上がり、葬儀の占有率が上がれば必然的に遺族のティアに対する期待値は上がっていく。高まる期待にティアはどのように応えていこうと考えているのか。
「社員には『絶対に業界で一番、一流でなくてはならない』と言っています。『二流でいい』と思っているようなセレモニーディレクターに、葬儀をしてほしいご遺族などいません。
当社がお手本にしているのは、世界最高峰のホスピタリティを誇るザ・リッツ・カールトンホテルです。リッツ・カールトンのホテルマンは、ホテルの外に出てもホテルマンとしての心を持ち、行動をします。ティアの社員もそれに倣って、一流のセレモニーディレクターを目指してほしい」
葬儀サービスにおける一流とは、どういうものだろうか。
「リッツ・カールトンの理念には『すべてはお客様のために』という考えが一貫しています。ティアの場合は『すべてはご遺族のために』。ご遺族に心から『ありがとう』と言ってもらえたとき、一流のサービスが提供できたと考えます。
例えば、葬儀の参列者にトイレの場所を聞かれて『あちらです』と指をさして教えるのは二流。トイレの前までお連れして『こちらでございます』と言えるのが一流です。そういう心遣いがあらゆる場面で自然にできる人財が一流と言えます」
冨安社長の想いは結実し、大きくなる期待にも確実に応えられる人財が育っている。実際、ティアでは葬儀を終えた遺族から「あなたが担当者でよかった。ありがとう」と言われることは珍しくない。
「社員が一流の仕事をするために、私も経営者として一流の教育を追求していかねばならないと思っています」
“葬儀業界のリッツ・カールトン”を目指して、ティアの自己研鑽は続く。