IT人材が活路に プログラミング教育で地方が抱える課題に挑む
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IT人材が活路に プログラミング教育で地方が抱える課題に挑む

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株式会社ディー・エヌ・エー(以下DeNA)では2014年よりCSRの一環としてプログラミング教育を推進。タブレット用の教材アプリ「プログラミングゼミ」の開発をはじめ、佐賀県武雄市、東京都渋谷区、神奈川県横浜市等でプログラミングの授業やワークショップを行ってきた。その知見をもとに、2021年には熊本県多良木町でプログラミングワークショップを実施。多良木町にとってこの取り組みは、人口減少や産業縮小といった地方特有の課題を、IT人材育成によって解決していこうという地方創生計画の起点に位置づけられる。そのなかで見えてきたIT人材育成の重要性とは。

株式会社ディー・エヌ・エー 法務・コーポレート統括部コーポレート企画部CSR推進グループ

末廣章介 すえひろ のりゆき

2012年、DeNAに中途入社。2014年秋よりプログラミング教育を担当。小学校低学年向けプログラミング教育のアプリ、サーバ、教材コンテンツの開発を行うと同時に、講師として教壇に立つ。

株式会社ディー・エヌ・エー 法務・コーポレート統括部コーポレート企画部CSR推進グループ

樋口裕子 ひぐち ゆうこ

前職ではインテリア関連会社にて個人顧客を相手にしたコンサルティング営業を経験。2003年にDeNAに入社。ショッピングサイトやMobageのカスタマーサポートを担当。顧客対応や審査業務、サポートセンターの立ち上げに携わり、2015年より現職。

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一般財団法人たらぎまちづくり推進機構 業務執行理事COO

栃原 誠 とちはら まこと

1995年、熊本県多良木町役場入庁。下水道、健康保険、総務、税務と多岐にわたる業務を経験。2018年より企画観光課に地方創生推進係が新設され、同時に同係長として配属。地方創生推進交付金事業を中心に活動しながら、積極的に都市部の企業へアプローチを行い、多数の企業連携を実現してきた。また、多良木町ファンを創出するために定額で全国住み放題の多拠点移住サービスと事業連携し、自ら家守となり多良木町とさまざまな人材をつなげ、交流・関係人口の最大化を推進している。多良木町出身、多良木町在住。

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人口1万人に満たない町の課題とIT人材育成の重要性

2021年2月、熊本県の南部にある小さな町、多良木町(たらぎまち)で小学5年生~中学2年生の希望者を対象に「プログラミングワークショップ」が開かれた。DeNAの協力を得て実施されたワークショップは、多良木町の子どもたちにプログラミングやAIなどのITに関する技術を実際に動かして体験する機会として企画されたもので、DeNAがたらぎまちづくり推進機構からの依頼を受けて実現。

一般財団法人たらぎまちづくり推進機構

持続可能な地域の実現を目的に、熊本県球磨郡多良木町役場が設立した地域商社。産学連携や高級料理店との連携による「商品高度化事業」、IT系の企業誘致に必要なIT人材や次世代に向けた人材の育成を都市部の企業や大学等と連携して行う「人材育成事業」、多良木町を好きになり、応援してくれる人を創出する「ふるさと納税事業」を軸とする。

このワークショップが実現した背景には、多良木町が抱える地方特有の課題がある。

多良木町は熊本の南部に位置する人口約1万人の自然豊かな町だ。特別、観光に有利な資源があるわけではなく、主要都市からの交通アクセスも便利なわけではない。全国に散在する小さな自治体と同じく人口減少や産業の縮小などの課題を抱えており、町おこしは急務だ。

多良木町ではこれまで、人口減少を抑制していくために移住定住を促進し、企業誘致に力を入れてきたが、地理的な特徴から都市部の企業を誘致するハードルは高かった。また、仮に大企業を誘致できても、地域内で企業が求める雇用を生み出すことが難しいという事情もあった。

その点、IT企業はサテライトオフィスを本社から離れた地方に設けたり、リモートワークが浸透しているため、多良木町との相性も良いのではないか――。たらぎまちづくり推進機構の業務執行理事で、今回のワークショップの仕掛け人である栃原誠さんが言う。

「IT人材を育成していくことは多良木町の未来を担う重要な戦略だと考えています。この町から一人でも多くのIT人材を輩出するため、DeNAと連携して人材育成を推進することを目指しました」

急速にデジタル化が進むなか、地域や業種を問わずプログラミングを学ぶ重要性について、DeNA CSR推進グループの樋口裕子さんも次のように語る。

「DeNA創業者の南場智子は『これからの子どもたちには、決められた機能のアプリケーションをただ使うだけではなく、“情報技術を思考の道具として活用する能力”が重要になってくる』と言っています。しかし、そういった能力を育成できる環境があらゆる地域に整えられているかというとそうではありません。多良木町と同じ課題を抱える自治体は全国にあります。そのロールモデルとして今回の取り組みには大きな意味があると考えます」

子どもたちの「つくる自信」「意欲」が育つ

ワークショップでは、子どもたちは現代社会でプログラミングやIT技術がどのように活用されているかを学び、それをもとに、10年後の近未来ではそれらの技術がどう使われていくかを想像。実際にアプリを使って簡単なゲームやバーチャルペットを制作することで、想像したことに自分たちがどのようにかかわれるかを体験した。

DeNAの講師陣はオンラインで参加。対面式とは勝手が違ったが、子どもたちは活発に発言。朝から夕方まで長時間にわたるワークショップでも子どもたちの集中力が途切れることはなかった。

今回のワークショップを経て、多良木町の子どもたちにはどんな変化や成長が喚起されたのだろうか。

子どもたちの心を動かしたもののひとつに、自分の手でゲームやバーチャルペットがつくれる体験をした、ということがある。例えば「たまごキャッチゲーム」の制作では、自分で描いたキャラクターをデータに取り込み、プログラミングによって任意の動作を与える。

現代の子どもたちはゲーム等の玩具から日用品まで完成品を利用することが、当たり前になっている。あらゆるモノや情報、サービスが充足した社会では“自分で生み出す”ことに想像が及びにくく受け身的になりがちだ。樋口さんは「そういう子どもたちだからこそ、『自分でもゲームがつくれる』という体験は驚きがあり、新しい気づきをもたらす」と言う。

「未来は自分たちの手の中にある」という実感も重要だ。誰かがつくった未来を甘受するのではなく、主体的にかかわっていくことで「今よりちょっと良い未来をつくれる」ことを子どもたちは知ることになる。

ワークショップ後の子どもたちの感想の一部を紹介しよう。

  • 特別むずかしいことは必要なく大切なのは創造力だということが分かりもっと自分の力を信じて大切にしようと思いました
  • 思っていたより、プログラミングが簡単でとても楽しかったのでプログラミングの興味が深まりました
  • 今日つくる自信という言葉を聞いて、つくる自信はたくさん挑戦してのばしていくのがよいと分かりました
  • 私はこれから、自分でたくさんの想像をして、それをつくっていきたいです

IT人材が活路に プログラミング教育で地方が抱える課題に挑む

樋口さんと栃原さんは今回のワークショップを次のように総括する。

「プログラミングでゲームなどをつくる活動は学校の授業でも取り入れられつつありますが、『ゲームをつくる』ことが目的なのではなく、プログラミングなどを活用して『自分なりに何かをやってみよう』という前向きな意欲を育てることが最も大事だと思っています」(樋口さん)

「単に『ワークショップが楽しかった』で終わらずに、この先の意欲につながった点が、最大の収穫だったと評価しています」(栃原さん)

プログラミングはあらゆる学びにつながる

ゲスト講師として学校教師とともに数多くのプログラミング授業をしてきたDeNAの末廣章介さんは、「つくる自信や意欲はすべての学び・教科につながる土台」だと力説する。

「例えばプログラミングを使ってアニメ動画をつくろうとすると、物語の構造を知る必要が出てきて国語領域への関心につながります。プログラミングを、何かを創造するための一つのツールととらえると、さまざまな教科・単元に活用できる可能性が見えてきます」(末廣さん)

先生の中には「何を教えていいかわからない」という苦手意識をもつ人もいるという。しかし、実際にプログラミングを体験すると、その意識がガラリと変わる。

「ある学校の授業で、360度カメラを使って動画をつくったときなど、先生方も含めて、大盛り上がりでした。私たちのプログラミング授業を見た先生方からは『このくらいの授業なら自分たちにもできる』『もっとこんな使い方もできるのでは』といった声をよくもらいます。また、プログラミングの授業は子どもたちが自主的に学習していくことが多く、実は先生の負担は重くありません」(末廣さん)

今はまだ自治体や学校によってプログラミング教育の取り組みには差があるが、今後はプログラミングを使った授業のコンテンツが増えていくだろうと末廣さんは見立てる。

「ただし、コンテンツを増やすことが目的ではありません。次のフェーズとして、『社会課題や自身の課題を解決していくために、プログラミングが役立つ学び方とは何か』といったプロジェクト型の授業への要望が高まると考えています。DeNAとしてもまさに今、その点を議論しているところです」(末廣さん)

ITの仕事やシステムエンジニアという職業を知るきっかけに

子どもたちの意欲を目覚めさせることのほかにもうひとつ、DeNAとしては今回のワークショップにかける期待があった。それは、多良木町の子どもたちに自分たちの仕事を知ってもらうことだ。

「今まではITを仕事にするには地元を離れて都市部に移り住むケースが一般的でしたが、今後はサテライトオフィスやリモートワークが加速し、地方でも地域差なくITの仕事がしやすくなっていきます。子どもたちが早い段階でプログラミングに触れることは、IT業界全体にとっても大きな力になっていくはずです」(樋口さん)

多良木町にはIT企業がなく、子どもたちにとってITやシステムエンジニアという職業は遠い存在だった。しかし、今回のワークショップでは目をキラキラさせてDeNAスタッフの話を聞く子どもたちがいた。

「職業観の醸成という意味では、実際にITに従事する方に接することができたことには大変価値がありました。彼らが将来的に『多良木町で、ITで起業しよう』というふうになってくれたらうれしいですね」(栃原さん)

「たらぎまちづくり推進機構のホームページに『多良木町は“志を果たして帰る場所”ではなく“志を果たしに帰る場所”』という言葉があります。その言葉に私は強く感動したのですが、栃原さんはそれをITでやろうとしてらっしゃるのだと感じます」(樋口さん)

多良木町×DeNAのプログラミング教育の今後

IT人材育成に取り組む多良木町およびDeNAは、「IT人材育成事業に関する協定」を2021年8月に締結。今後も、協力しながら多良木町の学校で継続的にプログラミング授業を行い、IT人材育成を推進していく。

すでに2021年10月から町内の小学校1校をモデル校として授業が始まっており、2022年度はその他の学校にも対象を広げる予定だ。

具体的なカリキュラムについては、先行している渋谷区など他の自治体のカリキュラムをベースに、多良木町の実情に応じて最適化していく。

「都市部と地方で子どもたちのITに対する関心やスキルに地域差はないため、ほとんどの教科は応用できます。ただ、社会の単元で町内地図をつくる場合など、少しカスタマイズが必要なものも一部あると思います」(末廣さん)

樋口さんも「都市部と地方で環境に違いはあっても子どもたちの意欲に差はない」という。

子どもたちの学びの意欲は栃原さんも感じている。

「今回のワークショップに参加してくれた子どもたちの中には、その後もプログラミングゼミのアプリを使って遊んでいる子がいます。そうやって自然にプログラミングが子どもたちの間に根づいていくのでしょう」(栃原さん)

ただし、子どもたちがプログラミングに親しむ一方で、保護者の中には子どもたちに自由に使えるタブレット端末やインターネット環境を与えることを危惧する声も少なからずある。この点について、樋口さんは「失敗の中から学ぶことの大切さ」を訴える。

「子どもの好き勝手に使わせるというのではなく、保護者の見守りの下で自由に使う環境を整えてあげてほしいですね。『包丁は危ないから使わせない』というのでは、おいしい料理はつくれません。端末やネット環境も同じ。いずれプログラミングは当たり前の素養になりますから、そのとき正しく使いこなせないと子どもが困ってしまうという可能性もあります。多少の失敗も経験しながら子どもたちには正しいITリテラシーを身につけていってほしいですね」(樋口さん)

IT人材育成を地方創生の力に変える

多良木町が抱える課題は一朝一夕に解決するものではないが、「今は種まきのとき」だと栃原さんはとらえている。

「ITをうまく活用できている自治体が企業の連携自治体として選ばれるのだとすれば、多良木町は、町ぐるみでIT教育を推進し、学校の授業だけでなく地域の中でIT教育を促進する雰囲気をつくって差別化すべきだと考えます。今回はその第一歩。『DeNAと組んで新しいことをやっている多良木町っていう自治体がある』と存在を知ってもらえば、『多良木町に行ってみよう』という人や『うちの会社とも何か一緒にできるかも』と思ってくれる企業が増えるかもしれません。そうやって関係人口を増やしていきたい」(栃原さん)

資源の少ない地方にとって活路となるのは“人”だ。面白いことをしている人の周りには、人や企業が集まってくる。栃原さんが描いているのは、まず多良木町に興味を持つ人(興味人口)を増やし、そこから交流する人(交流人口)を増やして、町と縁を結ぶ人(関係人口)をつくるという構図だ。

「“自ら未来を切り開く力”をもった人材育成に力を入れることが、関係人口や多良木町での起業を促進すると信じています。IT人材育成は、まさに地域の未来も切り開いていく可能性があると信じています」(栃原さん)

プログラミング教育を受けている今の子どもたちが、やがてIT人材として地域を盛り上げる日が来る。そのとき初めてDeNAのプログラミング教育は結実するのかもしれない。