木造建築の地位向上に寄与 日本最大級の木造マンション「MOCXION INAGI(モクシオン稲城)」
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木造建築の地位向上に寄与 日本最大級の木造マンション「MOCXION INAGI(モクシオン稲城)」

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三井ホームの地上5階建て木造賃貸マンション「MOCXION INAGI(モクシオン 稲城)」は、“木造建築”のこれまでのイメージを刷新する建築だ。これまで課題とされてきた中層集合住宅の木造化への課題を独自技術の開発でクリアしたほか、木造建築の地位向上に資するさまざまな仕組みづくりにも挑み、脱炭素やSDGs、ESG経営が求められる時代にあってメリットも大きい。昨今注目を集める木造大規模中層マンションについて、三井ホームの担当者にうかがった。

快適さと脱炭素のコンセプトが人気

脱炭素社会の実現に向けて、各国では木造建築への期待が高まっている。北米西海岸においては集合住宅の7~8割が木造で、森林資源が豊富なカナダのブリティッシュコロンビア州の木造集合住宅では5階建て、6階建てが85%を占めるなど、木造建築の高層化が進んでいる。

一方、日本は4、5階建ての集合住宅の木造化率はわずか1%にも満たない。文化的な背景や法的規制もあるが、耐火性、耐久性、遮音性が低いといった木造に対するイメージがあることも否めない。

そんななか、木造の戸建住宅や医院・高齢者施設、文教施設、商業施設などで豊富な建築実績を持ち、北米西海岸・カナダにおいて中層の木造集合住宅の建築にも携わってきた三井ホームが、培った技術を結集・転用し、日本における「木造マンション」という新カテゴリーに取り組んでいる。再生可能な循環型資材である「木」で、鉄筋コンクリート級の堅固で長寿命な建物をつくることで、「脱炭素社会」「持続可能社会」へ、道筋の一つを示す挑戦だ。

これまで木造の集合住宅は、住宅ポータルサイトで「アパート」に分類されていたが、一定の条件を満たす物件※は、鉄筋コンクリート造(以下「RC造」)と同等の性能が認められ、2021年12月から「木造マンション」と称されるように。木造ならではの快適性やサステナブルなコンセプトが支持されている。三井ホームの地上5階建て賃貸マンション「モクシオン稲城」はその先駆けとなる。

※不動産業界ではこれまで、RC造等の堅牢な建物を「マンション」、木造や軽量鉄骨造等の建物を「アパート」と呼称してきたが、住宅性能表示制度の劣化対策等級3を取得したうえで、耐震等級3、耐火等級4、耐火構造のいずれかを満たすことで木造や軽量鉄骨造等でも3階建て以上の共同住宅を「マンション」として登録できるようになった。

地上5階建 木造賃貸マンション。延床面積3738.30m²は国内木造住宅最大級(2021年8月現在)

賃料が周辺相場より高くても住みたい理由

三井ホームは2021年7月、木造マンションの新ブランド「MOCXION(モクシオン)」を立ち上げ、その第1号物件として同年11月、京王相模原線「稲城駅」から徒歩3分の場所に「モクシオン稲城」を竣工させた。

同マンションは1階がRC造、2~5階が木造。木は構造材のほか、エントランスホールの内壁を飾るルーバー、意匠をこらした柱の被覆、天井などや、バルコニーの軒裏にも採用し、内観・外観でさりげなく木造を印象づけている。

エントランスホール。「モクシオン稲城」で最も“木”を感じられる場所だ
バルコニーの軒裏にも木材。北海道の三井不動産グループ保有林で収穫したトドマツを塗装して使っている

総戸数は51戸。周辺地域の家賃相場よりも高額な設定ながら、内見者の約7割が入居を申し込みたいと回答し、募集開始後約1カ月でモデルルームを除く全47戸で借り手がついた。

内見者が「モクシオン稲城」を選んだ理由には、やはり賃貸住宅の常で「立地(利便性)」が最上位に来るものの、「木造マンションへの興味」が2位に。「脱炭素への貢献」についても1割の人が関心を示した。木造マンションは建設時のCO2排出量をRC造の約1/2に抑えられる。

また、“木”には成長過程においてCO2を吸収し、伐採後も炭素を固定・貯蔵し続ける特性があることから、木造マンションを長く使用することは、木材に含まれる炭素を大気に戻さず、脱炭素に貢献することになる。ちなみに「モクシオン稲城」の炭素貯蔵量はCO2換算で約736トン-CO2、これはスギの木(35年生)に換算すると約3000本に相当する。

三井ホーム施設事業本部 事業推進室 営業推進グループ長(事業推進グループ長)の依田明史さんは、「特に若い世代の方々にとってはSDGsや脱炭素はまさに“自分ごと”なのではないでしょうか。仕事でも関連事業に取り組まれている方も多いので、地球環境を意識する考え方が浸透しているようです。賃貸マンションであっても利便性以外の理由も加味される時代になったのだと感じました」と話す。

三井ホーム 施設事業本部 事業推進室 営業推進グループ長(事業推進グループ長) 依田明史さん

入居者の満足度も高い。2021年12月下旬から入居が始まり、2022年4~5月に実施したアンケートによれば、断熱性や遮音性を含めた総合的な“住みごこち”に「満足」と答えた人は98%に上り、外観デザインに至っては100%となった。

「モクシオン稲城」は土地・建物を三井ホームが所有する自社物件だが、今後は土地オーナーに加え、ディベロッパー、不動産投資市場プレーヤー、土地活用法人等にもMOCXIONブランドのマンション建設を勧めるビジネスモデルを推進する。すでに着工している物件や商談中の物件もあり、引き合いは強いという。

木の暖かみや柔らかさ、快適な生活空間に

MOCXIONの特徴は、“木”ならではの良さを生かしつつ、木の課題を克服したことだ。木を住宅建材に使った場合の利点は、快適、断熱、軽量の3つが大きい。

快適さは主に、木の持つ暖かみや(コンクリートなど他の素材と比べた)柔らかさ、調湿機能がもたらしていると考えられる。

森林浴や森林セラピーの人気ぶりからも、人が木に安らぎを感じる傾向は明らかだ。最近では、樹木が虫や微生物から身を守るために発散する物質「フィトンチッド」の消臭・除菌効果にも関心が集まっている。エビデンスはまだ十分といえないが、免疫力を高めるとの説もある。

柔らかさは、木造施設で立ち仕事をする人々が実感している。「介護施設の職員の方々によれば、RC造の施設から木造の施設に職場が変わると、疲れがかなり軽減されるそうです。床に微妙なクッション性があるようで、膝や腰への負担が違うのだとか。施設を利用するご高齢の方が転倒した際のケガの具合なども変わってくるのだと聞いています」(依田さん、以下同)

また、木材の調湿性はよく知られている。木材には、周囲の湿度が高いときは湿気を吸収し、逆に周囲が乾燥してくると湿気を放出することで、湿度を一定に保とうとする性質がある。これが結露やカビの発生を防ぐことになり、暮らしやすさにつながっている。

木造には、快適な生活空間を保つ目には見えない機能がある

高断熱で省エネ、ZEH-M Oriented認証も

断熱性も木が他の建材に比べて優位だ。木材は熱伝導率が鉄筋コンクリートの1/10程度、鉄骨に比べると1/350程度と小さい。このため、室内が外気温の影響を受けにくく、冬は暖かく夏は涼しく過ごせる。

「公園で夏の強い日差しが照りつける昼間、木のベンチと金属製のベンチ、どちらに座りたいか想像してみると、私たちは数字で確認するまでもなく、材料の性質を感覚的に理解しているのでしょうね」

実際に、「モクシオン稲城」の断熱性を高めるに当たって腐心したのは1階のRC造の部分だったという。

「1階のRC造部分の自転車置き場や住戸のサッシ回りには断熱材の発泡ウレタンを吹き付けたり、二重サッシにしたりしています。建物を高断熱のZEH-M Oriented(ゼッチ・マンション・オリエンテッド)にした場合のコスト増は、木造で1.4%、RC造で3.4%との試算もあります」

さらに「モクシオン稲城」には、マンションでは珍しい屋根断熱を取り入れた。一般的な、フラット屋根と天井断熱の組み合わせに比べて断熱性が高く、日差しが強い季節も室内に暑さが響きにくく、冬場は室内の暖気を逃がしづらい。

木材の特性やそれを生かした工夫により、「モクシオン稲城」はZEH-M Orientedの認証を取得した。一次エネルギー消費量を、一般的なマンション(建築物省エネ法により国が定める基準)に比べて20%削減することがZEH-M Orientedの基準だが、同マンションでは36%削減したという。入居者にとっては快適であると同時に光熱費が少なくて済むという経済的なメリットもうれしい。

モデルルームは天井を板張りで仕上げた部屋も

軽くて強い木材、工期は短く耐震性はRCと同等

木材は、単位面積当たりの重さがコンクリートや鉄に比べて軽い。地震の際に建物が受ける地震エネルギーは建物の重さに比例するため、木造建築では地震エネルギーも小さくなる。高強度な耐力壁を効果的に配置することで、RC造と同等の耐震性を確保できる。

また、「モクシオン稲城」では枠組壁工法を採用し、重量を線(梁や柱)ではなく面(壁)で支えている。RC造の一般的なマンションでは梁や柱型が室内に張り出すのに対して、枠組壁工法のマンションではそうした張り出しが少ない。

「同じ面積表記であっても木造のほうが、有効面積が広いといえます。室内に入ったときの広さの体感が違ってきますし、家具のレイアウトもしやすいですね」

木造建築では躯体が軽いため、基礎の補強工事もRC造の場合ほど大がかりにならないことが多い。全体の工期も短くなる。

「工場で壁、床、天井になるパネルを製造し、現場にトラックで運び入れ、ブロックを組むような要領で、クレーンでパネルを施工していきます。ワンフロアにつき2週間ほどで組み上がります。RCの場合は型枠を組んでコンクリートを流し込んで養生し、強度が出るまで待ってから養生を外すので、当然、工期は長くなる。この規模の中層マンションで工期に1カ月ほど差が出ます」(依田さん)

工期が1カ月短ければ、建築費もその分削減できるという。竣工が早い分、入居時期を前倒しでき、オーナーにとっては早くから家賃収入が得られることになる。

耐震に耐火、遮音性、木の課題を技術で解決

ここまで、木の強みや特性を紹介した。一方で、木には建材としての課題もある。

第一に、国内において中層の建築物を木造化する場合、規定の構造性能と耐火基準を満たすためには、構造壁が厚くなることなどが設計上の課題とされてきた。三井ホームでは、高強度の耐力壁「MOCXwall(モクスウォール)」を開発して、この問題を解消した。

【三井ホーム】木造マンション「稲城プロジェクト」構造現場見学会 09MOCXwall

MOCXwallの壁倍率(耐力壁の強さ)は30超。通常の戸建住宅では壁倍率5程度であるのに対し、その6倍の耐力壁を新開発・採用。高強度な構造用面材を、独自に開発したクギで留め付けているのが特徴だ。このクギは頭径が大きく、先端がスクリュー形という特徴があるが、一般的なクギ打ち機で扱うことができ、施工の手間暇は従来のクギと同等だ。

各階の耐力壁を緊結する金物も新開発した。「ロッドマン」という特許技術で、ジョイント部分がバネ状になっており、地震や台風などの際に耐力壁に生じる引き抜き力に抵抗する。木が経年変化で縮んでも自動的に締めて、ゆるみを防ぐ。

木の課題、二つめは耐火性である。木といえば燃えやすい印象だが、1階をRC造として2時間耐火を実現。2階以上の木造部分も構造材を不燃材の石膏ボードで覆うことで、1時間耐火を実現した。

木の課題、三つめが遮音性だ。騒音トラブルの有無は生活の質に直結するので、上下階の音の伝わりは気になるところだ。この点も三井ホームは特許技術でクリアしている。

すでに低層賃貸住宅などでも実績のある遮音床技術「Mute(ミュート)」は、制振パッドを設けるとともに、天井根太を吊り式にして下の階の天井(石膏ボード)と密着させないことで、上階からの衝撃音が物理的に下の階に伝わっていかないようにするもの。RC造のマンションで求められる遮音性(重量床衝撃音LH-55、軽量床衝撃音LL-45)を実現する。モデルルームでの実験では、足を踏み鳴らすような音の階下への伝わり方は、一般的なRC造のマンションと同程度に抑えられていた。

隣戸間の壁(界壁)にもMuteと同様に振動が途切れる工夫があり、テレビの音量を「100」(最大)まで上げても隣戸には全くと言っていいほど聞こえない。

界壁の厚さは290mm。床や壁に、振動を直接伝えない遮音技術が採用されている

木造マンションは投資の魅力的な候補に

住む人にとって魅力ある木造マンションでの暮らし。土地オーナーにとっても、SDGsに適合するコンセプトや、「モクシオン稲城」にみる選ばれやすさ・人気、工期の短さなど、メリットは多い。

「モクシオン稲城」は住宅性能表示制度の劣化対策等級3(最高等級)を取得。これは適切な維持管理をすることで75年~90年の使用に耐える建物であると定義されている。また、第三者調査によるエンジニアリングレポート(不動産の物理的な調査)で、耐用年数が79年との評価。これにより、法定耐用年数(減価償却期間)は、従来の木造アパートが22年とされているのに対し、「モクシオン稲城」は監査法人の承認も経て、RC造マンションと同じ47年も選択できるようになった。

短期のキャッシュフローや節税を考えるなら短期での償却を選択、逆に、法人やプロの投資家などにとっては、償却期間が長いと年間の償却費は小さくなり、経費として計上できる金額が減るが、償却後も利益が残り、利回りが高くなるメリットがある。

脱炭素に貢献する木造は時代の潮流に合った構造だ。また、木造比率を高めるために有効なソリューションとなる中・大規模の木造マンションは今後のESG投資の対象としても益々注目を集めるのではないか。「モクシオン稲城」はその門戸を開いた。

耐久・耐震・耐火の課題を技術でクリア 三井ホームの木造大規模集草マンション「MOCXION(モクシオン)」

「一点物の特別な建物というわけではなく、既存技術の改良や流用により、汎用性ある材料で、十分な性能を確保した木造マンションができたことは、意義ある一歩だったと考えます。この先、木造マンションの良さが認められ、都心部のビルもマンションも木造で建てるのが当たり前の世の中になればと期待しています」