スイスの金融大手クレディ・スイスがUBSに救済買収されたことで辛うじて金融システムは守られた。一方、アメリカのシリコンバレー銀行、シグネチャー銀行の連鎖破綻はネット時代の新たな金融不安を煽る。日本も金融緩和を見直すなかで同じ金融システム不安を抱えることになる。
あと数日遅ければ破綻していた
破綻の危機に瀕していたクレディ・スイスがスイス政府の要請により同国金融最大手UBSに救済買収された。クレディ・スイスは「G-SIBs」と呼ばれる「グローバルなシステム上重要な金融機関」に位置付けられており、破綻すれば影響はリーマン級となりかねないと懸念されていた。それだけにスイス国立銀行(中央銀行)は預金流出による資金ショートを防ぐため潤沢な流動性資金を供給するなど、国を挙げての救済に乗り出していた。UBSによる買収は金融システムを維持する最終手段であったと言っていい。
事実、UBSによる買収が発表された直後、スイスのケラーズッター財務相はノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング紙とのインタビューで、「クレディ・スイスは月曜を生き延びられなかっただろう」「解決策がなければ、スイス国内でのクレディ・スイスとの決済トランザクションに大きな混乱が生じ、崩壊していたかもしれない」と語った。あと数日遅ければクレディ・スイスは破綻していた可能性が高かった。
金融立国スイスの決断
スイス政府がクレディ・スイスを破綻前に救済買収に乗り出した背景には、スイス市場の世界的な地位を守る意図もあった。仮にクレディ・スイスが破綻すれば、クレディ・スイスが発行する株式や債券はほぼ無価値化しかねなかった。そうなればクレディ・スイスのみならず、スイスそのものへの投資は激減することは避けられない。なぜならスイスは金融立国であり、金融がリーディング産業にほかならないためだ。スイスが管理している海外資産は2兆6000億ドル(約340兆円)と、イギリスやアメリカをしのいで世界最大規模を誇る。
しかし、2002年に356行だったスイスの銀行数は2021年には239行まで減少しており、クレディ・スイスが破綻すれば、スイスの競争力の源泉であるプライベートバンカーとしての地位は失われかねなかった。破綻させるよりも国として救済したほうが得策ということであったと推察される。
その意味でクレディ・スイスを破綻前にUBSが救済買収したことで、損失を負担するはずであったクレディ・スイスの株主は32億3000万ドル相当のUBS株を受け取ることになる。
首の皮一枚で守られた金融システムだが、クレディ・スイスショックの後遺症は尾を引きそうだ。クレディ・スイスが発行する株式、一般債券は保全されたが、「AT1債」と呼ばれる特殊な永久劣後債が無価値化したためだ。その額160億スイスフラン(約2.3兆円)。莫大な損失を被った「AT1債」を保有していた投資家たちは訴訟に動こうとしている。そして、クレディ・スイスの危機は欧州最大の銀行であるドイツ銀行にも飛び火しかねないと危惧されている。欧州の金融危機は依然として燻り続けている。
シリコンバレー銀行破綻にみるアメリカの金融不安
一方、アメリカも金融システム不安が表面化している。危機の発火点となったカリフォルニア州のシリコンバレー銀行は3月10日に業務停止に追い込まれた。前日の9日に経営危機がTwitterで拡散され、預金全体の4分の1にあたる420億ドルが一気に引き出された。ネット時代を象徴するような取り付け破綻で、金融当局の対応が追い付かなかった感が強い。
シリコンバレー銀行は資産規模で全米16位、ITやヘルスケア(医療)関連のベンチャー企業が銀行口座を開く銀行として、新興企業の間ではよく知られる銀行だった。ハイテクブームに乗って預金残高は異常とも思えるスピードで急増していた。
「シリコンバレー銀行は21年、1年間で預金残高が1,020億ドルから1,890億ドルへと2倍近くまで増加した」(市場関係者)とされる。だが増え続ける預金に貸出の伸びは追いつかず、余った資金の運用はもっぱら金利の高い有価証券投資に振り向けられた。有価証券投資の規模は2022年のピーク時には政府保証債が1,200億ドル、モーゲッジ固定債が910億ドルに達した。
そこにFRB(米連邦準備理事会)による相次ぐ利上げが襲い掛かった。FRBは2022年3月からインフレ抑制のために急速かつ大幅な利上げを続けている。1回あたり0.75%もの利上げも辞さないFRBの強硬姿勢に投資家の対応は追い付かず、保有する債券価格が大幅に下落。シリコンバレーも2022年末の債券評価損が資本勘定とほぼ同規模にまで拡大し、事実上、債務超過に陥っていた。破綻は目前に迫っていた。
ネットを介した連鎖破綻を危惧
シリコンバレー銀行の破綻は、さらにネットを通じて新たな預金取り付けへと連鎖していった。同行が業務停止に追い込まれた2日後には暗号資産(仮想通貨)企業を主取引層にするシグネチャー銀行が経営破綻した。資産規模で全米29位の中堅銀行だ。相次ぐ銀行の破綻、それもネットを通じた金融不安の伝搬に米金融当局は身構えた。そして異例の特例措置に打って出た。
本来、経営破綻した銀行の預金は、預金保険の限度額である25万ドル(約3,400万円)までしか保護されない。しかし、米金融当局は特例として破綻2行の預金を全額保護した。2行がIT、ヘルスケア、仮想通貨業者の決済性資金を担っており、多数のベンチャー企業が資金繰り倒産する懸念があったためだ。
米国民の税金によるルールを曲げた預金保護に批判の声も聞かれるが、「銀行の連鎖倒産、しかも、ネットを介したこれまで経験したことのないスピードでの不安連鎖を防ぐためには特例措置が不可欠だった。金融不安が広がることで金融システムが被るコストと預金を全額保護するコストを天秤にかければ、後者の方が安くつくことは確かだ」(市場関係者)とされる。
2行の破綻を受けFRBは「最後の貸し手」として金融機関に潤沢な流動性資金の供給を行っている。米金融当局が3月23日発表したデータによると、FRBの緊急融資制度を通じた借入残高は22日までの1週間で計1639億ドル(約21兆4500億円)に達した。預金を全額保護するともに、金融機関に潤沢な流動性資金を供給する二面作戦で取り付け騒ぎを沈静化させ、金融機関の資金ショートによる突然死を防ぐことに狙いがある。
日本も直面するインフレ抑制と金融システム不安のジレンマ
この2行の銀行破綻に起因する金融不安を受け、FRBは利上げを停止するのではないか、との見方も浮上したが、FRBは3月21、22日に開催したFOMC(連邦公開市場委員会)で0.25%の利上げを決めた。足元のインフレ率が6%と依然として高水準にあるためだ。2行の経営破綻はあったものの、金融システムは総体としては健全であり、利上げによるインフレ抑制を優先すべきという判断であろう。
しかし、アメリカの金融システムは本当に安心できるほど堅牢だろうか。そもそも今回の2行の破綻は、FRBによる急激かつ大幅な利上げが引き金であり、FRBの利上げが続く限り、第2、第3のシリコンバレー銀行が出ないとの保証はない。いずれにしてもFRBは利上げによるインフレ抑制と、金融システム不安の封じ込めという二律背反なジレンマを抱えている。
注目されるのは、同様のジレンマを日本銀行も抱えかねないことだ。日本の緩和バブルの影響は大きく、解消はまさにこれから。アメリカと同じように日銀が利上げに転じた瞬間に銀行や運用会社等が抱える国債をはじめとする有価証券に含み損が生じるジレンマを抱える、植田和男日銀総裁の緩和からの出口戦略は難題であり、一層遠のく可能性もある。実際、すでに欧米の金利上昇に伴い外債投資に多額の評価損が生じている地銀も少なくない。
鈴木俊一財務相は3月22日の衆議院財務金融委員会で、欧米金融機関に広がる信用不安の日本市場への影響について、「さまざまなリスクがあり得ることを念頭に置き、各国当局と連携しつつ、内外経済・金融市場の動向、それが金融システムの安定性や経済に与える影響などについて、決して楽観することなく、強い警戒心を持って注視したい」と強調した。さらに今回は信用不安が「非常に早いスピードでグローバルに広がったことには、注意する必要がある」と指摘した。欧米の金融不安は日本にとって“他山の石”と高を括ることはできない。