金の価格が高騰している。8月29日には店頭販売価格がついに1万円の大台乗せ。以降も高値圏で推移している。日米の金融政策の違いにより、過度な円安が進行し、円建てでみた金価格が上昇していることが相場を押し上げている格好だ。だが、価格高騰の要因はそればかりではない。「ここ10年間で金の価格は2.2倍に跳ね上がっている」(市場関係者)とされる。「本来、金利のつかない金は投資商品としての妙味は限られる」(同)というのが通り相場だが、なぜ、ここまで高騰を続けるのか……。
金価格高騰の背景は“有事”にあり
金の価格が高騰し始めたのは2019年からだ。特に新型コロナウイルスの感染拡大が本格化した2020年春以降、上昇スピードが加速した。金価格は、ロンドン市場での取引が世界基準となっているが、ロンドンでの現物価格は1トロイオンス(=31.1034768グラム)=1800ドルを超える高値となっている。
金は「有事の金」と言われるように、戦争や政変、感染症の拡大など、社会情勢が不安な“有事”に、大きく買われる傾向がある。人々の不安心理が、究極の資産である「金」に惹きつけられるからであろう。ピラミッドや古墳など権力者の墓には必ずといっていいほど、金の埋葬品が入れられるように、人類は有史以来、金が放つ力に魅了されてきたようなものだ。
今回の金価格の高騰の背景には、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大と、ロシアによるウクライナ侵攻、それに伴う世界的なインフレ(物価上昇)にあるとみていい。
金の短期的な価格変動要因は複雑だが、中長期的視野に立てば、その主因は、インフレで説明できるとされる。つまり、インフレにより物に対する通貨の価値が下落したとき、金の価値は相対的に浮上するという構図だ。逆に物に対する通貨の価値が上昇するデフレ下では金の価値は下落する。つまり金は通貨と反比例する形で価格が上下するというわけだ。金と通貨はコインの裏表のような関係といえる。
そして、その通貨を代表するのが、現在で言えば、世界の基軸通貨である米ドルということになる。金価格の高騰は、米ドルの揺らぎを象徴する事象とも受け止められる。
金と通貨の密接な関係
かつて金と通貨は一体のものであった。「金本位制」と呼ばれるものだ。通貨の価値は金の裏付けがあって発行され、価値が維持されてきた。第二次世界大戦後、基軸通貨としての地位を確立した米ドルと金の価値はリンケージ(連携)し、米ドルは一定の価格で金に交換できる「兌換紙幣(だかんしへい)」であった。俗に「ブレトン・ウッズ体制」と呼ばれるものだ。
同体制は、第二次世界大戦末期の1944年7月1日から22日までニューハンプシャー州ブレトン・ウッズのマウントワシントンホテルで開催された連合国通貨金融会議(45カ国参加[1])で締結され枠組みだ。これは、米ドルを基軸とした「固定為替相場制」であり、「1トロイオンス=35米ドル」と「金兌換」によってアメリカのドルと各国の通貨の交換比率(為替レート)を一定に保つことによって自由貿易を発展させ、世界経済を安定させることが目指された。
同時に、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)が設立され、この2つの組織を中心とする世界の金融体制が構築された。IMF、IBRDとも国際機関としての建付けとなっているが、実質的にはアメリカが主導権を握り、基軸通貨米ドルを担保する機関としての機能が担わされた。
もともと、ブレトン・ウッズ体制は1929年の世界恐慌を契機に、各国がブロック経済圏をつくり、保護主義的な経済政策と他国の排除を進めた結果、世界大戦へと突入したこと、第二次世界大戦で世界経済が壊滅的な被害を受けことの反省にたって構築されたものだ。生産財が破壊され、世界的なインフレで混乱した世界経済を安定化させるためには、まずもって通貨の安定が求められたわけだ。
さらに、国際的協力による通貨価値の安定、貿易振興、開発途上国の開発などを行い、自由で多角的な世界貿易体制をつくるために為替レートの安定が図られた。要となるIMFについては、イギリスのケインズ案とアメリカのハリー・ホワイト案が提案されたが、最終的にホワイト案に近いものとなった。このことは、「パクス・ブリタニカ(イギリスによる平和・秩序)」から「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和・秩序)」への移行を決定付けたものといえる。世界の基軸通貨は明確に「ポンド」から「米ドル」にとって代わられた瞬間だった。
高度成長を支えたブレトン・ウッズ体制
このブレトン・ウッズ体制という、固定為替相場制のもとで西側諸国は、史上類を見ない高度成長を実現。特に、日本は1950年代から1970年代初めにかけて、高度経済成長を実現し「東洋の奇跡」と呼ばれた。
しかし、世界経済の規模が増大し、貿易や財政の規模が著しく膨れ上がるなか、兌換される金の産出・保有量が追い付かず、経済成長を抑える弊害が生じ始めた。そして、その弊害が限界に達した1971年8月15日、アメリカは突然、米ドルと金の交換を停止する。いわゆる、ニクソン・ショックだ。
これにより、ブレトン・ウッズ体制は終了し、世界は変動相場制へと移行する。金とのリンケージを失った米ドルはペーパーマネーとなり、財政は野放図に膨張していく。インフレ、デフレという通貨・経済の山谷は深くなり、バブルも生まれていく。そして、通貨から切り離された金は、皮肉にも、通貨が堕落するときに光を放つ――。
まさに今がその時ということであろう。
金価格高騰の背景に見えるロシアと中国の影
戦後、金価格が異常に高騰したのは1980年と2011年、そして今回の3回のみである。最初の金価格高騰は、1970年代後半からアメリカは深刻なスタグフレーション(不景気であるにもかかわらず物価が上昇すること)に陥り、それに伴って金価格は上昇した。2回目の2011年の高騰は、リーマン・ショックが発生し、その対策として世界の中央銀行がこぞって大量にマネーを供給したことが要因だった。いずれもインフレ懸念が金価格の高騰を呼び込んだ格好だ。そして、今回もコロナ対策による国債の大量発行、マネー供給によるインフレ懸念が背景にある。
さらに、3回の金価格高騰の流れを後押したのが、世界の中央銀行による金の購入だ。国際調査機関、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、世界の中央銀行による金の純購入量(購入から売却を差し引いた値)は、2022年に1135トンと、統計を遡ることができる1950年以降で最高だった。さらに2023年1~3月の純購入量も1~3月として2010年以降で最高に達している。
中でも金保有量を増やしているのはロシア連邦中央銀行で、2022年までの過去10年間で2.4倍の2333トンに達している。次いで、中国人民銀行(中国の中央銀行)の金保有量も2023年8月末時点で約2165トンに達しており、10カ月連続で前月末を上回る。こうした共産圏の中央銀行の金買い増しをどう見るのかは意見の分かれるところだろうが、「有事の金」という観点でみれば、少なくともロシアは戦争を想定して金購入を進めていた可能性が高い。同様に中国も「台湾有事」を視野に入れているのであろうか。
いずれにしてもロシア、中国とも対アメリカを意識した中銀による金購入であることは確かだ。とりわけ中国は、軍事のみならず経済面でもアメリカと覇権をめぐり、対立色を鮮明にしている。金の大量購入は、そうした近い将来の経済覇権への布石ともみられる。「中国の一帯一路や仮想通貨戦略を踏まえれば、中国は明確に基軸通貨米ドルへの挑戦を意識している」(市場関係者)とされる。今回の金価格の高騰は、単なるインフレへの備えという領域を超えて、基軸通貨米ドルの揺らぎを反映しているようにみえる。