長期金利の上昇が及ぼす個人と中小企業への影響

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長期金利の上昇が及ぼす個人と中小企業への影響

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市場では日銀の政策転換時期をめぐる議論が騒がしい。日銀は、7月に長短金利を低く抑え込む政策「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)」の上限を事実上1%に引き上げた。市場では次の展開として、「マイナス金利」解除の時期を探る動きが活発化している。マイナス金利が解除されれば、「金利がある世界へ、金融正常化への大きな一歩になる」(メガバンク幹部)。だが、長くほぼ金利のない世界に慣れ切った日本経済にとって、金利上昇に伴う影響は債務者を直撃する。個人では住宅ローン、企業ではコロナ禍で過剰な債務を抱えた中小企業の先行きに懸念が生じかねない。

長期金利9年8カ月ぶりの高水準が示す次の展開

日銀の植田和男総裁の読売新聞インタビュー記事(9月9日付)に、市場関係者は度肝を抜かれた。植田氏は同インタビューで、短期金利をマイナス0.1%とするマイナス金利政策の解除のタイミングについて、「経済・物価情勢が上振れした場合、いろいろな手段について選択肢がある」と回答。さらに、「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可能と判断すれば、(解除を)やる」と述べたのだ。

学者出身で、4月の総裁着任以降、金融緩和の政策転換について市場に言質を取られないよう、慎重な発言を繰り返していた植田氏だけに、「ここまで踏み込むのか」(メガバンク幹部)と驚きを持って迎えられた。さすがにマイナス金利政策の解除時期については、現状では「到底決め打ちできる段階ではない」としたものの、来春の賃上げ動向を含め、「年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」と明言した。

この植田氏の発言をきっかけに、同月11日の長期金利が9年8カ月ぶりの水準に上昇。指標となる新発10年物国債の利回りは0.750%を付けた。金利市場では、年末から年明けにかけてのマイナス金利政策解除を織り込む動きも出始めている。

年内にマイナス金利解除はあるか

日銀は7月にYCCの上限を事実上1%に引き上げた。市場では次の展開としてYCC解除が先行し、マイナス金利解除はまだ先との見方が多かった。実際、日銀の内田眞一副総裁は8月2日の会見でマイナス金利解除について、引き締めが遅れて物価上昇率が2%を超える状況が続くことが心配という状況になって初めて議論になり得ると指摘。現在の状況から見ると「まだ大きな距離がある」と述べていた。そこに飛び出した植田総裁発言はまさにサプライズだった。

最も敏感に反応したのは為替相場だ。9月11日の円・ドルレートは、1ドル=145円台後半まで円高に振れた。政府が懸念していた円安急進は植田発言に救われた格好となった。このため、市場の一部では、「植田総裁の読売新聞インタビューは円安進行に歯止めを掛けたい政府との連携プレー」との見方も浮上している。この見方の背景には、8月22日の岸田文雄首相と植田総裁の会談がある。会談後、植田氏は記者団に「一般的な経済・金融情勢について意見交換した」と語り、為替市場の変動について議論はなかったとした。

しかし、この植田氏の発言を額面通りに受け止めた市場関係者は少なかった。なぜなら、足元の円安急進の根底にあるのは、日米の金融政策の違いに起因する内外金利差であるためだ。日銀が金融緩和の修正にさらに踏み込めば、円安にブレーキがかかるのは明白だった。

では、植田氏が指摘するように年末までにマイナス金利が解除される可能性はどうなのか。市場では、「植田総裁が年末と具体的な時期に言及したのは、市場にそれを織り込んでくださいと言っているようなもので、アメリカ経済の急減速など不測の事態とならない限り、年内にマイナス金利を解除するのではないか」という見方があるものの、時宜尚早との見方が支配的だ。

マイナス金利解除は個人の住宅ローンに影響

植田総裁は、6月28日に欧州中央銀行がポルトガルで開催した国際金融会議で、「25年前に日銀の審議委員だった時の政策金利は0.2~0.3%だった。それが今やマイナス0.1%に下がっている。金融政策が効果を発揮するまで、少なくとも25年の時を要するようだ」とジョークを飛ばし、満場の笑いを誘った。しかし、黒田東彦前総裁が敷いた異次元の金融緩和の修正は着実に進む。その布石も打たれつつある。

市場では早くも、マイナス金利の解除を見越した動きも顕在化している。銀行株の上昇もその一つだ。「マイナス金利が解除された場合、銀行の収益に大きな押し上げ要因になる。運用資産の多くが変動金利型であり、短期金利が上がった際の利息収入は大きく上振れする」(銀行アナリスト)とされる。

しかし、マイナス金利の解除を伴う急激な金利上昇は、実体経済への副作用も懸念される。低金利環境下で伸長した住宅ローンや不動産投資への影響は無視できない。「東京23区の新築マンションの2022年度の平均価格は1億円弱まで高騰しています。その大半は超低金利をいかした変動金利住宅ローンで、もし金利が急騰すれば、返済に窮する債務者が多発しかねない」(メガバンク幹部)とされる。大量に物件を買い込んだ不動産事業者もまたしかりだ。

全銀協の加藤勝彦会長(みずほ銀行頭取)は、9月14日の記者会見で、「日本銀行の政策修正によって長期金利が上昇して、固定型の住宅ローン金利が上昇している。日本銀行がマイナス金利政策を修正すると変動型も影響を受けることになるが」と聞かれ、次のように答えた。

「金融政策転換による住宅ローン等への影響である。個人的見解だが、後になって振り返れば、2022年末の長期金利の変動幅の拡大や、2023年7月のイールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化が転換点だった、ということになるのかもしれない。しかしながら、日本銀行の情報発信やコミュニケーションを踏まえると、当面の間は金融緩和が継続されるのではないかと理解している。

住宅ローン金利は、市場金利動向や競争環境などを総合的に勘案して各行がそれぞれ決めているため、一概には申し上げられないが、市場金利の上昇に伴って住宅ローン金利が上昇する可能性はある」。

その上で、「実際、住宅ローン利用者の影響に関しては、7月のイールドカーブ・コントロールの柔軟化を受け、長期金利が上昇したことで、新規借入の固定型の住宅ローン金利は上昇した。一方、現在、住宅ローンの約4分の3は変動金利だが、短期金利は低位で推移していることから、今のところ家計への直接的な影響は限定的であるが、引き続き、借入から完済までの金利が変わらないという安心感をメリットと感じていただける、全期間固定金利などのご提案を含め、お客さまのライフステージやニーズに寄り添った丁寧な対応を行うことが重要と考えている」。

ゼロゼロ融資にあえぐ中小企業にも直撃

さらに、金利上昇の影響は個人の住宅ローンへの影響のみならず、企業経営も直撃する。コロナ禍に伴いゼロゼロ融資(実質無利子・無担保融資)に代表される過剰な債務を抱えた中小企業への影響は甚大だ。すでにゼロゼロ融資の返済は本格化しており、倒産件数を急増しつつある。そこに日銀の政策転換による金利上昇が重なればどうなるか。阿鼻叫喚の世界だ。異次元緩和を政治から支えた安倍派の面々が、日銀の出口戦略を強く牽制する意図もここにある。

大手信用情報機関の東京商工リサーチが9月8日に発表した8月のゼロゼロ融資を利用した後の倒産は、 2023年8月は57件(前年同月比39.0%増)だった。5月から4カ月連続で50件超が続き、初めて倒産が確認された2020年7月からの累計は1025件と1000件を超えた。

「ゼロゼロ融資は、コロナ禍で急減な業績悪化に見舞われた中小・零細企業の資金繰り支援策として実施され、倒産抑制に劇的な効果を見せた。しかし、その副作用として過剰債務に陥った企業は多い。ゼロゼロ融資の民間金融機関の返済がピークを迎え、業績回復の目途が立たず息切れする企業が増えている」(東京商工リサーチ幹部)という。

長期金利の動向を占う上で次の焦点となるのは10月の会合時に公表される「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」だ。どうレポートで物価見通しの変更があるかどうかにかかる。