違和感が魅力? 大手も参入する「ネオ大衆酒場」の人気の理由

2023.10.12

社会

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写真:トーキョーギョーザクラブ

日本の高度経済成長期を支えた「大衆酒場」は、歴史に埋もれた存在と思われてきた。だが近年、「ネオ大衆酒場」なるものが現れ、TikTokやInstagramで一定の注目を浴びているようだ。見かけは古びた外観が特徴の大衆酒場なのだが、ネオンライトが看板代わりになっているほか色鮮やかなカクテルが提供されるなど、その様子は“大衆酒場”と言われると違和感がある。だがmこの違和感が人気の秘訣のようで……。ネオ大衆酒場の魅力について調べてみた。

大衆酒場の歴史

まずは大衆酒場の歴史を振り返ってみよう。大衆酒場は、いわゆるチェーン店が普及する前の安い酒場のことであり、肉体労働者やサラリーマンが帰宅前に飲みに行く場として定着した。東京では、団塊の世代が上京したのを機に、高度経済成長期の真っ只中である1965年頃から増え始めたと言われている。

しかし、1970年代から居酒屋御三家といわれる「養老乃瀧」「村さ来」「つぼ八」などのチェーン店が台頭するようになり、大衆酒場は徐々に衰退していく。店主や他の客との会話を楽しめるのが大衆酒場の魅力でもあるのだが、初見で敷居を跨ぐのは心理的なハードルがあったのに対して、チェーン店はいつでも定価で、人に気を遣う必要が無いのが魅力だった。

その後、バブル崩壊とともに御三家も衰退していくのだが、大衆酒場の地位は回復することなく、和民や魚民、金の蔵や鳥貴族などさまざまなチェーン店による盛衰が繰り返されることになる。

だが、2010年代後半からSNSやメディアで大衆酒場が取り上げられるようになり、ある種のブームとなる。かつては肉体労働者やサラリーマンなど男性の一人客が大衆酒場の主な客層だったが、女性客やカップル客が訪れるようになったのである。

“架空の昭和”を感じさせるネオ大衆酒場

2021年ごろからSNSを通じて大衆酒場ならぬ、新たに「ネオ大衆酒場」「ネオ酒場」というジャンルが人気となっている。特徴としては、カウンター席や簡素な椅子・机が置いてある点は従来の大衆酒場と同じなのだが、ネオンが店の内外に置かれていることも多く、レトロ感を演出した形となっている。一言でいうと“架空の昭和”を感じさせる酒場である。

確かに、1970年代にはネオンライトが日本の繁華街を照らしていたが、酒場の中にあったわけではない。良い意味で作り物の昭和を演出しているのである。その上で明るく、清潔感があるのもネオ大衆酒場の特徴である。レトロ感がありつつも机や飾り物はいずれも真新しく見え、従来の大衆酒場のように汚く古びた印象はない。清潔感は女性客や若者を惹きつける理由の一つとなっている。

こうした雰囲気がウケているようで、最近では東京だけでなく大阪や名古屋にも現れているようだ。ネットで「ネオ酒場」と検索すると「東京のネオ酒場15選」、「大阪のネオ居酒屋10選」のような記事がヒットする。

東京・北区にある「トーキョーギョーザクラブ」。コンセプトは海外のチャイナタウンにありそうな、あやしげな中華料理店だという。 写真:トーキョーギョーザクラブ

“映え”を意識したメニュー

お品書きについてはどうか。ドリンクについては、従来の大衆酒場といえば瓶ビール・日本酒など、男性客が好みそうな酒類がメインだった。一方、ネオ酒場のメニューは大きく異なる。ドリンク類を見ていくと、従来と同じ簡素なメニューを提供する店舗もあるのだが、「フローズンレモンサワー」や「大人のメロンクリームソーダ」といった珍しいドリンクを見かけることが多い。ほかにも、今の大衆酒場では見かけなくなった、赤色の割もの「バイスサワー」を敢えて提供する店舗もある。青・黄・緑などの色鮮やかなドリンクが多く、“SNS映え”を意識しているものとみられる。

カラフルなドリンクがそろう。 画像提供:トーキョーギョーザクラブ

次に料理について見ていこう。いわゆる、もつ煮込みなどの定番料理のほかに、揚げ物や焼鳥といった和風のおつまみを提供する従来型大衆酒場に対し、ネオ酒場では店舗のコンセプトによってフードの内容は大きく左右されるようだ。

例えば、牛肉のトマト煮やボロネーゼなどの洋風料理もあれば、店舗オリジナルのソースで味付けした串揚げなど、やや凝った料理もある。台湾やタイをコンセプトにしたネオ酒場では、現地を模したエスニックフードが提供されている。“映え”もさることながら従来型大衆酒場より料理の質は高く、単純に客単価を比較すると、従来型が2,000円前後に対し、ネオ酒場は3,000~4,000円が相場である。1人で軽くふらっと立ち寄る場ではなく、友人と楽しむ場のような位置づけである。

人気は意外にも長続き、大手も参入

ネオ酒場を見かけた当初、タピオカブームのように一過性のものであると筆者は感じていたのだが、意外にも長く続いているようだ。2019年前後に起こったタピオカブームは1年ほどで収束したが、ネオ酒場の人気は2021年から2年程度続いている。大手の参入も人気を促しているのだろう。

昼間はカフェタイム、夜はバータイムとして展開していた飲食チェーンの「PRONTO(プロント)」は、2021年から夜の営業形態をネオ酒場風の「キッサカバ」に切り替えている。キッサカバは「喫茶」と「酒場」を組み合わせたもので、「ザ・ニューサワー スッキリ紅茶&クリア珈琲」や「キッサカバの赤ナポリタン」など、喫茶酒場らしいオリジナルメニューが提供されている。酒場でありながら、喫茶店のような懐かしさやワクワク感のある空間・料理がコンセプトだという。店内にネオンライトを設置した店舗もあり、ネオ酒場らしい雰囲気を醸し出している。

「キッサカバの赤ナポリタン」 写真:PRONTO
「ザ・ニューサワー スッキリ紅茶&クリア珈琲」 写真:PRONTO

ほかにも、磯丸水産の運営企業であるSFPホールディングスもネオ大衆酒場として「五の五」をオープンさせており、新たな成長軸として模索している。店舗やメニュー構成を見る限り五の五はネオ酒場よりも従来型の大衆酒場といった印象だが、同社がそう位置付けることからもネオ大衆酒場の人気にあやかりたい意図が垣間見える。

人気の理由は“映え”ד脱チェーン志向”が要因か

ネオ大衆酒場の人気が続いている理由は何だろうか。一つには“映え”と消費者の“脱チェーン志向”が考えられるのではないだろうか。“映え”に関しては前記の通り、ネオンライトなどが醸し出す昭和の雰囲気や色鮮やかなドリンクを撮りたいという心理を意識しているものとみられる。一方、居酒屋業界における“脱チェーン志向”はコロナ禍の以前から見られた潮流である。

和民や魚民などの総合的なジャンルの料理・お酒を提供するチェーン店が規模を縮小し、後に現れる焼鳥や海鮮物に特化したチェーン店(鳥貴族・磯丸水産など)も縮小していった。現在は、お酒を飲むのであれば、画一的なお店ではなく個性的な場所で飲みたいという欲求が高まっているのだろう。2010年代後半から起こっている従来型大衆酒場に対するブームも、気軽に飲める魅力が消費者の間で再認識されただけでなく、“脱チェーン志向”が働いたものと見られる。

とはいえ、タピオカブームが一過性で終息したように、店の雰囲気や色鮮やかさに惹かれた“映え”に起因する部分はやがて終息するのではないだろうか。一方で脱チェーン志向や気軽に飲める大衆酒場へのニーズはしばらく続きそうである。そう考えると現在普及している「ネオ酒場」の形態は無くなっていくが、従来型大衆酒場と並行しつつ次なるネオ酒場が現れるかもしれない。「ニュー酒場」か「シン・居酒屋」か、名称は不明だが次なるネオ酒場の形態に期待したいところである。