「医師の働き方改革」にも寄与 医療現場を革新する医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」

写真:芹澤裕介

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「医師の働き方改革」にも寄与 医療現場を革新する医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」

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病院は今、2024年4月から始まる医師の時間外労働規制の導入、いわゆる「医師の働き方改革」に向けた対応に迫られている。加えて地方は慢性的な医師不足にあり、医療現場の業務効率化や医療の質向上は喫緊の課題となっている。DX(デジタル・トランスフォーメーション)の面から課題解決に寄与すると期待されているのが、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)の子会社・株式会社アルムによる医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join(ジョイン)」だ。DeNAの最高医療責任者(CMO)である三宅邦明さんと、Joinを開発・提供しているアルムの代表取締役社長である坂野哲平さんに話を聞いた。

株式会社ディー・エヌ・エー Chief Medical Officer(CMO)/Chief Health Officer(CHO)

三宅邦明 みやけ くにあき

慶應大学医学部を卒業後、厚生省(現 厚生労働省)に入省。医師免許をもつ医系技官として20年以上にわたり勤務。メタボリックシンドロームなどの生活習慣病、新型インフルエンザなどの感染症の個別疾患の対策立案に従事。また、医療情報の適切な提供から医薬品・医療機器の開発支援に至るまで各種施策に携わる。消防庁、在比日本大使館、石川県健康福祉部にも出向。2019年4月、DeNA入社、CMOに就任。2020年8月には厚生労働省 新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する厚生労働省対策推進本部事務局参与に就任。2021年4月、DeNAのCHOに就任。

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株式会社アルム 代表取締役社長/株式会社ディー・エヌ・エー メディカル事業本部 本部長

坂野哲平 さかの てっぺい

2001年、早稲田大学理工学部卒、動画配信プラットフォーム事業を展開する有限会社スキルアップジャパンを設立。2013年、動画配信事業の売却を機に医療 ICT 事業へ本格参入、2015年に同社を株式会社アルムへ商号変更。医療ソフトウェアの開発・販売を手がけ、世界累計32カ国で事業を展開。2022年、DeNAグループへ仲間入りを果たす。

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常態化する医師の超過勤務の実態と地域間格差

医師の勤務時間は一般的な職業とは大きく異なる。厚生労働省の「令和元年 医師の勤務実態調査」よると、病院勤務医の約4割が、労働基準法で定められる時間外労働の上限のひとつとされる年960時間(特別条項つきの36協定を締結した場合)を超えているという。特に外科、脳神経外科、救急科、産婦人科など緊急性の高い診療科で勤務時間が長くなる傾向があり、年2000時間を超える医師も少なくないのが現状だ。

医師の超過勤務が起きる要因としては、

  1. 医師という業務の特殊性から労働時間の上限が設けられてこなかったこと
  2. 医師には応召義務があること(医師法第19条で「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定められている)
  3. 研修医や若手の医師は、寝食忘れて働いて経験値を積むべきという風潮があること
  4. 医師不足の地域や診療科では、少ない人員で多くの業務を負担しなくてはならないこと

などがある。

特に深刻なのは、④の問題だ。日本ではかねてより医師の地域偏在による“医療の地域間格差”が指摘されてきた。都市部周辺に医師が集中する一方、地方では慢性的に医師が不足しており、その格差は最大で50倍以上にもなる。

【「医師需給問題を考えるうえでの地域偏在・診療科偏在の現状について」青森県健康福祉部長 一戸 和成】より

また、診療科によっても医師の偏在がある。○○内科、○○外科など専門分化が進んだことで、逆に内科・外科といった包括的な診療科の医師数が減少しているほか、訴訟リスクの高い科や長時間労働が多い科などは敬遠されやすいという。

なぜ医師の偏在や不足が起きてくるのか。厚生労働省出身でもある三宅邦明さんはこう説明する。

「もともと日本は先進国の中でも入院病床が多く、ベッド当たりの医師数が少ないのです。また、他国では専門性や地域で偏りが出ないように、国が介入して医師の適正な配置をするのですが、日本では医師本人の自由裁量で決めることができるため、人気のある診療科や都市部に医師が集中してしまう傾向があります」

医師不足が深刻な地域や診療科では、必要な医師数を確保できず、やむなく患者の受け入れを断ったり、病院や診療科そのものを閉鎖したりするため、地域住民が医療難民化する例も出始めている。

「医師の働き方改革」で労働環境改善を狙うも残る課題

三宅さんは「医師が置かれている現状を変えなければ、地域医療に未来はない」と警鐘を鳴らす。

「医師も生身の人間である以上、疲労が蓄積すればパフォーマンス低下は避けられません。結果として、判断力・集中力の低下から医療事故が起きたり、医師がうつ病や過労死、過労自殺に至ったりするケースもあります。このまま何も改善されなければ、医師たちは疲弊し、辞めていく人が増えて、日本の医療は成り立たなくなるでしょう。貴重な社会資源である医師に健康で長く活躍してもらうためにも、医師の働き方の見直しが必要です」(三宅さん)

国は「医師の働き方改革」に乗り出し、2024年4月からは年960時間(特定の条件下では年1860時間)を上限として、それを超過する労働については規制がかけられる。

制度ができたことは一歩前進だが、依然として課題は残ったままだ。「今いる医師を有効活用し、充分な医療水準を維持しながら、医師の業務負担を減らす」という難度の高い課題を、それぞれの医療機関が背負っていかねばならない。しかも、制度施行日は目前に迫っており、時間的な猶予はない。

「多くの医療機関が“何か手を打たねば”と思いつつ、実効性のあるソリューションを見つけられずにいる……というのが、今の状況です。このまま有効な手を打てなければ、時限爆弾がいつ爆発してもおかしくありません」(三宅さん)

株式会社ディー・エヌ・エー チーフ・メディカル・オフィサー兼チーフ・ヘルス・オフィサー 三宅邦明

医師間・病院間のコミュニケーションを円滑化させるアプリ「Join」

そんななか、医療現場を支えるICTの開発で注目を集めているのが、日本発の医療ICTベンチャーのアルム社が開発した医療者間コミュニケーションアプリ「Join」だ。同社の代表の坂野哲平さんはJoinを、「医療者同士や地域の病院同士をつなぎ、コミュニケーションを促進するアプリ」という。

「Joinは医療現場で使えるコミュニケーションアプリです。皆さんが日常的に使用しているようなチャットアプリでは複数の相手とリアルタイムで文字や画像を送り合うことができると思いますが、それと同じようにJoinも医療者・病院同士で情報を送り合います。患者のバイタルや医用画像、病棟や手術室で撮影された映像などをスマホで確認できるので、たとえ医師が病院から離れた場所にいても正確な診断ができるのが最大の強みです」(坂野さん)

診断には多くの情報が必要だと思われるが、Joinは基本的に文字と医用画像データのやりとりに特化し、それ以外の機能は極力排除している。その狙いについて坂野さんは次のように語る。

「電子カルテやマイナンバーカードと紐づけることも技術的には可能です。しかし、扱う情報が増えればその分、管理が複雑になり、目的の情報に辿り着くまでのステップが増えて、使いにくくなることが避けられません。Joinは必要最小限の機能に絞ったおかげで、誰でも直観的に使いこなせる快適なユーザビリティーを実現できました」(坂野さん)

株式会社アルム 代表取締役社長 坂野哲平

Join導入で医師の緊急出動85%減の事例も

Joinの画面イメージ

Joinには医療データ通信の国際標準規格であるDICOM(ダイコム)に対応したビューワーが標準搭載されており、これを用いることでクラウドサーバー上にある医用画像をいつでも、どこでも確認できる。院内システムで見るのと遜色ない精密さである上、画像への書き込み編集も可能だ。このDICOMビューワーが、医療現場では特に大きな意味をもつ。その一つが、非番の医師への緊急呼び出しの削減だ。

救急外来や入院患者を受入れている病院では、夜間は当直医が急患に対応することになるが、当然、専門外の急患も多く運ばれてくる。そうしたときに備えて、院外で専門医が待機しており、勤務時間外であっても呼び出されたらいつでも対応する。これがオンコールと呼ばれる勤務形態だ。

待機している医師は、電話等で緊急連絡を受け、現場の医師からの口頭説明を頼りに患者の容態を把握し、自分が駆けつけるべきか否かを判断しなければならない。口頭説明だけでは判断がつかないことも多いため、おのずと病院に駆けつけるケースが多くなる。しかし、出動したものの、実際に診察してみると専門医による処置は不要だったというケースも少なくないという。いわゆる“空振り出動”だ。

だが、Joinを活用すれば、この“空振り出動”を減らすことができる。Joinに送られてきた医用画像を確認することで、院外でも患者の病状を正確に把握することができるためだ。画像診断で自分が駆けつけるほどの緊急性はないと判断すれば、現場の医師に処置を伝えて(コンサルテーション)対応してもらえばよい。緊急性が高い場合は、自分が駆け付けるまでの間に応急処置や治療開始の準備を整えてもらうことができる。

坂野さんによると、「Joinを活用して情報連携体制を構築した病院では、脳卒中診療における空振り出動が85%削減された(※1)」という。つまり、医師は出動のための移動時間を含めて、労働時間を大きく削減することができる可能性が示されたのだ。

Joinの導入が結果的に「医師の働き方改革」に寄与することに。

また、アプリによる早期の情報連携は救急にも貢献。Joinを導入した病院では、病院に到着してから治療開始までの時間が40分短縮されたというデータが発表されている(※2)。特に脳卒中では、1分1秒のタイムロスが命取りになることもあるため、時間の短縮は救命率の上昇や後遺症のリスク低減にもつながっている。

※1 公立那賀病院 藤田浩二医師の第61回全国自治体病院学会ランチョンセミナーにおける報告
※2 東京慈恵会医科大学 高尾洋之医師の報告

多様な疾患で活用が期待される、Joinの可能性

Joinはその有効性が国に認められ、2016年4月に医療用アプリとしては日本で初めて保険適用になった。現時点では脳卒中に対してのみだが、今後は他の疾患にも適用を広げていきたいと坂野さんは語る。

「心筋梗塞や大動脈解離といった心臓血管系の病気は死に直結するものが多く、発症から治療までの時間短縮が肝ですので、この領域でもJoinを活用できるはずです。すでにJoinの有効性を示すデータを確認していますので、血圧などの測定センサーとJoinを媒介するIoTが開発できれば、対応できる疾患の範囲はもっと広がると考えています」(坂野さん)

ほかにも、間もなく実現しそうな計画としては、がんのセカンドオピニオンでの活用があるという。

「がんの治療は専門性が高く、患者それぞれで最適な治療法が違うことも多い。それで、地域の医師が治療法をめぐって専門性の高い施設へコンサルティングを求める例が多くあります。アルムでは国立がん研究センター中央病院と臨床研究を開始しました。今後、地方の病院のがん診療医師をJoinで連携させることができれば、患者がより質の高いがん治療を選択できるはずです」(坂野さん)

Joinの導入施設が増えれば、地域格差が減らせるポテンシャルも

Joinは現在、脳卒中などの急性期疾患を扱う診療科を中心に、国内360施設以上に導入されている。坂野さんは今後、全国約18万の医療機関での導入を目指しているが、ネックになるのは、医療業界に根深くある“セキュリティーへの懸念”だという。

「日本の医療界は保守的な考え方が強く、良いサービスだと思っても、万に一つでも患者情報の漏洩があると、病院が非難されるという考えが強く働いて、二の足を踏んでしまうようです。Joinはまず、世界水準のセキュリティーシステムの上に成り立っている、安全性の高いサービスであることを、もっと周知していかなければならないと思っています」(坂野さん)

また、Joinの今後について、三宅さんはこんなビジョンを描いている。

「Joinが多くの医療機関に導入されれば、専門医のいない地域でも遠隔で初期治療が行えます。例えば、経験の浅い医師がベテラン医師に、遠隔から意見を求めることもできます。ほかにも、働きたくても子育てや介護のため外で働けない女性の医師などが、在宅で活躍できる可能性も出てくるかもしれません。そういった医師が増えれば、地方の医師不足解消にも一役買えるのではないでしょうか」

三宅さんの言うように、Joinが全国に拡がれば、地方に暮らしていても医療難民にならずに済み、質の高い医療を受けられる。そして、医師は効率的に働ける。みんながハッピーになる未来が見えてきそうだ。ただし、医療を受ける側の私たちにもすべきことがある。それは節度ある医療の活用だ。なんでもかんでも医者にかかる、平日に受診できるのに夜間や休日診療を利用するなどすれば、医療現場がどれだけ頑張っても医師の負担は減っていかない。私たちが正しい医療リテラシーをもつことも、日本の地域医療を救う大きな力となるはずだ。