超高齢化社会、地方の過疎化で変わる“クルマ社会” 日産自動車の次世代モビリティへの取り組み

2024.6.19

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少子高齢化の加速によって、国内では労働力不足や医療・介護制度の課題などが浮き彫りになっているが、ほかにも“移動”に関する問題も顕在化している。それを受けて、自動車業界各社が課題解決のための動きを見せている。これからの“クルマ社会”はどのようなものになるのか。日産自動車で、自動運転についての研究を行っているモビリティ&AI研究所のエキスパートリーダー・木村 健さんに話を聞いた。

日産自動車 総合研究所 モビリティ&AI研究所 エキスパートリーダー

木村健 きむらたけし

少子高齢化が招く、“移動”の問題

2007年、日本は65歳以上の人口が総人口の21%超を占める“超高齢化社会”に突入。2011年以降は13年連続で総人口も減少している。その結果、高齢化による“交通弱者”が増加。バスやタクシーなどの交通インフラは全国的に維持・運営が困難な地域が現れている。公共交通事業者の利用者が減っていることや、ドライバーが不足していることなどを理由に不採算路線から撤退する動きも少なくない。公共交通のサービスレベルの低下に歯止めがかからない状況だが、地域によっては車やバスがないと生活が成り立たないところもあるため、交通インフラの再構築は喫緊の課題と言える。

そのような社会情勢を背景に、日産では2017年から自動運転によるモビリティサービスの研究開発を本格的に取り組んでいるという。

「これからの自動車業界は移動手段がない、あるいは自家用車はあるけれど、高齢で運転が難しい方のために、自由な移動ができるサポートをしていかなければいけないと考えています。そのために必要となるのが、人件費を削減でき、ドライバー不足も補える自動運転の技術です。現状は有人で実証実験などを進めているところですが、将来的には無人のモビリティサービスを実現したいと考えています」(木村さん、以下同)

すでに日産では、2021年から福島県浪江町で、新しい“地域の足”として、スマートフォンや施設端末から、乗る停留所、降りる停留所を選んで、乗合ミニバスを手配できるオンデマンド配車サービス「なみえスマートモビリティ(スマモビ)」を提供中だ。さらに現在、横浜では自動運転の実証実験を進めているという。

今回の実証実験で使用された実験車両

自動運転に欠かせないセンサーの変化

自動運転に欠かせないのが、人間の目や耳の代わりに交通状況を把握するセンサーだ。現在、実験車両には、14個のカメラに10個のミリ波レーダー、そして6個のLiDARが搭載されている。これらが全方位をリアルタイムで計測し、AIが交通状況を事前に予測。赤信号や歩行者の横断、対向車両や後ろから近づいてくる車両、交差する車両などにも適切に対応した動きができるのだとか。しかし、ここに到るまでの開発段階では、当初の計画から何度も変更を余儀なくされたという。

「弊社の場合、まず2018年に大きな変化がありました。当初、自動運転の実験はアメリカのカリフォルニアで取り組んでおり、GPSを使って車の位置を補正する仕組みを導入していたのですが、日本の公道ではその技術はそのまま使えなかったのです。というのも、GPSは上空の複数の人工衛星から電波を受信して車の位置を割り出すため、電波を遮り可視衛星数が減る要因となる高層建築物が多い環境には向いていなかったからです。そのため、GPSからの位置情報に加え、カメラやミリ波レーダー、LiDARなどの各種センサーからの情報を組み合わせることで、横浜など高層ビルが立ち並ぶ都市部の環境にも適用できるようになりました。また、2021年にはセンサーが周囲の環境や天気などをリアルタイムで計測しながら、そのデータを基にAIでさまざまなシーンに対応できるようになりました」

14個のカメラに10個のミリ波レーダー、そして6個のLiDARが搭載

さらに、自動運転に必須なのが、高精度3次元地図データだ。これはモビリティを走らせるエリアの建物、道路の車幅、車線、信号の位置、標識などのデータが集積されたもので、センサーが捉えた対象と比較することで自動運転の精度が向上する。無人の自動運転を目指すのであれば、欠かせない技術だという。

センサーが常に、周囲の状況を捉えてモニターに映し出す

※センサーについての記事「自動運転に欠かせない技術と企業 メーカー単独では困難」

実証実験で見えてきた課題

現在では、横浜の主要道路を中心に、人間が運転していると思えるほど自然な運転が実現できているが、無人の自動運転にはまだまだ課題が残されているという。

「現在の自動運転は、あくまで地図に記録している道を走るということが前提になります。横浜以外の地域を走らせるには、その場所の地図データを改めて整備しなければなりません。ほかにも、センサーは夜間や天候の悪化など、あらゆる事態を想定して、特性の異なる複数のセンサーを搭載することが必要です。現在は3種のセンサーを搭載していますが、当然、数を増やせばコストも上がります。モビリティサービスとして実用化するにあたって、信頼性を損なわずにコストを下げなければなりません」

ほかにも、交通に対する予測能力の精度をさらに高めていくことも重要だと語る。

例えば、センサーが捉えた物体がクルマなのか、それとも大きな箱なのかでその後の行動は大きく変わります。ほかにも、クルマと認識してもその陰から人が出てきて道路を横断するかもしれない。センサーが捉えないからといって、人がいなくなるわけではないですし、かといって常に『隠れているものがあるかもしれない』と予測すると、今度は動けなくなるわけです。そこのバランスを取りながら、いかに賢くしていくかが必要です」

実用化に到るまでのロードマップ

日産は今後、無人の自動運転の実用化に向けて、まずは有人の自動運転サービスを展開していくという。

「まずは、自動運転の基盤を作ることを目的に、最初のフェーズとして2025年度から日常的な自動運転サービス事業の実証実験を横浜で開始する予定です。横浜エリアに乗降地を設けて、その間を自由に移動できるというようなサービスを提供しようと考えています。狙いとしては、将来的にこのようなモビリティサービスが日常の風景になっていくために、まずは、自動運転で走るということはどういうことなのか、どのような感じで走るのかということを、色々な人に体験していただき、慣れていただくことを想定しています。その後、第2のフェーズとして2027年度以降から自動運転サービスを各地の複数の自治体に広げ、社会への重要性を高めつつ、安全性を確立させていきたいと考えています。そして、2029年度までに全国的に自動運転サービスの定着を目指していこうと考えています」

ちなみに、日産のように自動運転サービスを進める動きはすでに他社でも起きている。トヨタ自動車は今夏にも東京・お台場で特定の2地点間を行き来する自動運転サービスを開始予定。さらに、ホンダも2026年初頭からお台場エリアで無人タクシーサービスを開始すると発表している。

「無人のモビリティというのは、いずれ社会に交通手段として実装されていくものだと思いますので、各社から同様のサービスが出てくるということは当然のことです。むしろ我々だけでなく、他社もやっているということは、そのような世の中に向けた考え方や技術水準が満たされつつあると考えています。競争があることも当然ですので、むしろ良いことだと思います」

クルマ開発を通じた街づくり

日産が自動運転を通じて目指すものは何だろうか。

ただ単に自動で走れるということだけではなく、安心して気持ち良く移動していただきたいと思っています。というのも、自動運転を最初に体験された方は、皆さん驚かれます。自動なのに、運転が上手な人が運転しているかのようにスムーズに走って止まれるわけですから。ですが、その驚きは長くは続きません。30分も経てば自動運転車に乗っていることを忘れてしまいます。我々が目指すのは、その先の『このクルマに乗っているから楽しい』というような体験を作り出していくことです。移動の間に、いかに楽しい時間を過ごしていただけるかということも考えて、サービス化していきたいと考えています」

実際に横浜の街を走る自動運転車両

ほかにも、自動運転サービスを通じて地方の活性化にも繋げていきたいという。

「福島県浪江町で提供している『スマモビ』もそうですが、モビリティを運用しても、乗る人が少ないとビジネスとしては成り立ちません。そのため、浪江町ではどんどん利用していただけるように、いかに街を賑やかにするか、外出していただく機会を作れるかというところから自治体と一緒に開発を進めました。言わば、モビリティシステムの開発を通して、街づくりに参画するようなものでした。自動運転サービスも将来的に各地方にモビリティを提供できるようになることで、その街をただ移動しやすくなるだけでなく、移動ができるからこそ街の価値が高まる、といったところに繋げていきたいと考えています。」

数年後には本格的に実装されるであろう自動運転サービス。未来の技術が交通弱者や運転手不足を補い、やがて地方の活性化にも繋がることを期待したい。