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「BOOK MARKET 2024」で見た、出版不況の中でも奮闘する出版社たちの“火花”

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出版レーベルのアノニマ・スタジオ主催で2009年から始まった「BOOK MARKET」が今年も浅草・台東館で開催。独立系の出版社を中心に毎回、ユニークな本が出そろう、“紙の本”の祭典だ。毎回、多くの本好きが訪れ、大盛況を迎えているが、今回はどのような本が並んだのか。初出展の出版社を中心に、各担当者の方々から話を聞いた。

今年はイベントスペースをなくし、ブースを増加

2009年に7社の出展で始まった「BOOK MARKET」。2020年はコロナ禍で中止を余儀なくされる事態もあったが、回を重ねる事に出展社を増やしてきた。主催のアノニマ・スタジオの安西純さんによると、昨年は55ブースに計73社が参加したが、第14回目となる今年は61ブースに計74社が参加したという。

「昨年まで設けていたイベントスペースをなくして、今年はブースをできるだけ増やすことに注力しました。その結果、新規の参加は計12社となりました」

出展社は暮しの手帖社や本の雑誌社、早川書房など名前の知られた会社のほかに、ミシマ社など取次を介さず直接書店とやり取りするインディペンデント系の出版社、さらには夏葉社、キルティブックスといった“ひとり出版社”なども見られた。さらには印刷会社や古書店などもブースを構え、例年同様に多彩な様相。来場者も途絶える様子は全くなかった。

会場は本が好きな人で大賑わい。

教育者のための本作りを/仮説社

とはいえ、z出版業界を取り巻く現状は厳しい。1996年をピークとして、国内の出版販売額は下降の一途を辿っている。特に雑誌市場は少子高齢化、インターネットやスマートフォンの普及によって需要が激減。加速度的に数を減らし、ついに2016年には書籍と雑誌の売り上げが逆転している。

コロナ禍の2020年から2022年は“巣ごもり需要”によって、やや盛り返しを見せたものの、2023年は紙の出版は6.0%減。電子出版が6.7%増と健闘は見せているものの、紙と電子の合算だと前年比2.1%減の1兆5963億円となっている。

そういった業界の現状を実際に感じているのが、今年初出展となった仮説社だ。仮説社は1973年に水道橋で創業した老舗。社長の荒木三奈さん曰く「学校の先生がお客さん」だといい、扱う本も学校の授業の手助けになりそうな教育系書籍が多いという。

仮説社の代表取締役社長・荒木三奈さん。バイトから始まり、入社13年目で今年社長に就任した

「弊社では学校の先生に向けた雑誌『たのしい授業』も発刊しています。創刊から40年続く雑誌なのですが、実は年々部数が減少しつづけ、廃刊の危機なんです」

雑誌「たのしい授業」。教育現場のリアルに迫った特集や子供が興味を引く授業の提案など、毎回多彩な企画と視点で編さんされている

荒木さんによると、現状の発行部数は2500部。実際に廃刊も検討されたが、内容のリニューアルを行い、実験的にあと1年間の存続を決めたという。

「先人たちから受け継いで長く続けてきた雑誌ですし、類書もあまりないので、もっと広く知らせて、なんとか存続できるように頑張りたいですね。書籍の方もずっと読まれるような本作りを目指していきます」

一方で、同社で人気を博しているのが教育的な視点で、大人も楽しめる科学絵本シリーズだ。特に、わかめの生態を分かりやすく解説した「わかめ: およいで そだって どんどんふえる うみのしょくぶつ」や、生き物が苦手な子どもでも楽しめる「煮干しの解剖教室」などは教育系出版社ならではの強みを生かした内容と言えるだろう。

科学絵本シリーズのほかには、小学校の先生の子どもたちへの想いを描いた絵本シリーズ「先生からきみへ」も部数を重ねている

 

アクチュアルな現場を感じていたい/ビー・エヌ・エヌ

出版業界の変化に柔軟に対応していこうとしているのが、同じく初出展の株式会社ビー・エヌ・エヌだ。同社で編集長を務める村田純一さんによると、主にデザイン書とコンピュータ書を作っているという。

「コンピュータを搭載した機器には画面があって、操作をしますよね。そこには必ずデザインが介在し、それを使いやすく設計をするのはデザイナーです。テクノロジーが進むことによって、生活を豊かにするためのデザインも増えていきます。だから、その両方を扱うことは必然的になりました」

編集長の村田純一さん。「お客さんが目の前で本を手に取って買ってくれるというのはめちゃくちゃ嬉しいです。こんな喜びはないですね」

村田さんによると、デザインの扱う対象はどんどん広がっているという。実際に出展した本は、文字やタイトルロゴにまつわるものやゲームデザイン、さらには同人誌作成ガイド、有名アニメーションスタジオの撮影術をまとめたものなど、専門性もありながら興味深いテーマのものが多彩にそろう。

並ぶ本のタイトルをざっと眺めるだけで、デザインは身近なところに数多く存在することに気付かされる

変化するデザインという概念に柔軟に対応するかのごとく、出版に対しても村田さんは前向きだ。

「出版のアクチュアル(現実的)な現場はどこかと考えた時に、既存の流通である出版社、取り次ぎ、本屋っていう流れの外の方が今は面白いと感じていますし、それが出版の新たな形なんじゃないかなと思います。業界自体は縮小しているのかもしれないけれど、楽しみながらそこに留まり続けたいです。十数人規模の小さい会社ですが、出したいモノが出せる会社でありたいですね」

最新刊は、官民連携に向けた協働のデザイン入門書「行政×デザイン実践ガイド」

村田さんは「もはや画面の中だけでなく、人の体験や社会の制度をどう望ましく設計できるかというのもデザインとして考えなければなりません」と語る

異業種から出版業界へ参入/ケンエレブックス

出版業界に新たな風を感じさせる存在がケンエレブックスだ。同社の母体はケンエレファントという会社で、ここはカプセルトイなどを展開するフィギュアメーカーだが、2021年に出版レーベル・ケンエレブックスを立ち上げたという。基本は各書店からの直接注文で配本している、いわゆるインディペンデント系で、こちらも今回が初出展。

アート事業部出版課の水口麗さんは「弊社の社長が、興味のあることはなんでもやりたいという方針で出版部門が立ち上がりました。本業を通じてアート系の作家さんとも繋がりがあるため、現在はアート、カルチャー系の書籍を中心に本を作っています」と語る。

アート事業部出版課の水口麗さん(左)。「ケンエレブックスは“ヒトがやらないことをやる”がモットーです」

ブースにはカルチャー系の書籍のほかに、絵本とそのキャラクターをソフビ人形などにしたグッズ各種も展示されていた。

“くりさぶろう”は絵本から人気が出てグッズ展開された

「強みとしては本業を通じて知り合った作家さんと一緒にモノを作ったり、活動したりと複合的な展開ができることですね。実際にギャラリーでの作品展示から始まって、グッズ作成、絵本、カプセルトイと繋がっていくケースもありました」

本の魅力とグッズを掛け合わせる展開は異業種による出版レーベルならではのアプローチと言えるだろう。

一部の絵本は、カバーを外すとタイトルの記載がなく、イラストだけのものもある。イラストボードのように飾ってもらうことを想定しているのだとか

“ちいさな総合出版社”によるさまざまな取り組み/ミシマ社

近年は廃棄されるはず資源をSDGsの観点から無駄にしないという意識が高まっているが、紙の本にもそれが浸透しつつあるようだ。会場内でもいくつかのブースで、表紙などが傷んではいるものの読む分には全く支障がないような本が説明を添えて販売されていた。

そのような中で、BOOK MARKETに何度か出展しているミシマ社も本を無駄にしたくないという意識で、傷んだ本の販売に取り組んでいると出版チームの山田真生さんは語る。

「これまで、流通の過程で傷ができてしまった書籍は、読むことに支障はないものの、断裁処分するしかありませんでした。しかし、一冊入魂でつくった書籍を断裁するというのは、まるで自分たち自身の体を傷つけているような、強い痛みを感じる工程でした。そこで『捨てないミシマ社』と称して、読者のみなさんにもこの企画の意図を説明しつつ、実験的に販売を試みています。まだまだ試行錯誤の段階ですが、最終的には書店にもコーナーなどを作って、扱ってもらうことを目指しています」

本の中には2023年に直木賞を受賞した作家・万城目学のエッセイも

また、ミシマ社は「ちいさいミシマ社」レーベルや「コーヒーと一冊」シリーズも展開し、本の多様性の魅力を発信している。

「1冊あたりのコストは部数が多いほど低くなるため、出版社は多く部数が刷れる、つまり大多数に受けるような本をつくりことを目指しがちです。しかしちいさいミシマ社レーベルで目指すのはその逆で、少数の人であっても、「これは自分のために書かれた本だ」と感じてもらえるような本づくりです。書店には通常の本と異なり基本的に返品できない条件で卸しているため、思いを持って届けてくださるお店も多く、著者と繋がりのある地方の書店でたくさん売れるといった面白い現象が起きることもあります。

『コーヒーと一冊』は、コーヒー1杯を飲む間に読み切れる100P前後で、1冊を読み切る達成感が気軽に味わえるのが特徴のシリーズです。既に11冊刊行しており、実験的な企画やまだ書籍を出したことがなかった著者の作品などをそろえています」

「コーヒーと一冊」シリーズの表紙は、コーヒーをイメージして茶色に統一されている

紙として出さなければいけない本にこだわる/G.B.

紙の本としての価値を追及し続けているのが、ガイドブックや趣味・生活実用、歴史・文化など多岐にわたったジャンルの実用書を作っているG.B.だ。出版部営業課の峯尾良久さんによると「弊社は情報としてネットで探しにくいとか、紙としてなぜ出さねばいけないのかというのを突き詰めた本を出したいと考えています」

出版部営業課の峯尾良久さん(左)「何年経っても色あせない長く使える本を目指しています」

現在、同社のメインとなっているのが「めぐりシリーズ」だ。いわゆる旅行のガイドブックだが、多くの本がその土地の観光スポットやグルメなどを紹介する構成であるのに対して、「めぐりシリーズ」は美術館や寺社仏閣、動物園など“趣味・嗜好”でまとめているのが特徴だ。

「我々の考え方として、旅行は趣味や嗜好に沿って楽しんでいる人が多いと感じて、このシリーズを始めました。例えば、京都に行きたいから旅行するのではなくて、行ってみたい動物園がたまたま京都にあったという感じですね。すでに9年、約20タイトルを刊行しています」

「めぐりシリーズ」には「絵本めぐり」「本屋めぐり」など、ニッチな視点で生まれたものもそろう

「めぐりシリーズ」ではネットでは探しにくい、情報が少ないものなども載せるようにしているという。

「情報が少ないから本として出す価値があると考えています。逆に言うと、『別にこれはネットにもあるよね』という情報は売れにくいんです。紙の本であることにこだわるのは、読者が物理的に扱いやすいというのがあります。実は電子書籍として展開している本もありますが、正直、紙の本よりも売れません。(笑)ガイドブックなどはそうですが、やはり、紙でペラペラとめくった方が読みやすいですからね」

G.B.にはもうひとつの柱として、ドラマや時代劇で描かれるような“嘘”とその時代や職業のリアルを解説した「作法シリーズ」もある。こちらも真贋入り交じるネットでは得られにくい知識と情報を集約したものと言えそうだ。

さまざまな切り口で時代を切り取った「作法シリーズ」。最近は大河ドラマの影響か、「平安貴族 嫉妬と寵愛の作法」が人気だとか

文化の発信地

改めて「BOOK MARKET 2024」では、縮小傾向にある出版業界においてもなお、さまざまな方法でこだわり、奮闘する出展社を垣間見ることができた。取り組みのひとつひとつは小さな火花かもしれないが、それがやがて大きな火となり、未来の出版業界を明るく照らす明かりとなることを願ってやまない。

主催のアノニマ・スタジオの安西さんも「出展社さんはこだわりのあるところが多いのがウチのイベントの特長です。書店ではなかなか置いていない本と出合う機会を提供できるのがこのイベントを続ける意義だと考えていますので、来年以降もできるだけ増やしていければと思います」と意気込みを語る。

アノニマ・スタジオの安西純さん。

紙の本を愛する人、届けたい本を作り続ける出版社がある限り、「BOOK MARKET」は今後も有意義な文化の発信地となっていくだろう。

「BOOK MARKET」は来年の2025年は7月19日(土)・20日(日)に例年同様、浅草・台東館(東京都台東区花川戸2-6-5)で開催予定。