90周年を迎えたニッカウヰスキーのこれからの挑戦と課題、そしてパイオニア精神とは【爲定一智×佐藤尊徳】

2024.8.21

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「ウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝氏が興し、今年2024年に創業90周年を迎えたニッカウヰスキー。長い歴史の中でニッカは何を守り育み、そして開拓してきたのか。2023年3月にニッカウヰスキー株式会社の社長へ就任したばかりの爲定一智氏に政経電論編集長・佐藤尊徳がニッカの過去と現在、そして未来について聞いた。

ウイスキーの裾野を広げた「マッサン」

尊徳 爲定さんとは、本体のアサヒグループホールディングスの広報部長をされていた時からのお付き合いで。そういう意味では関係が長いですよね。ビールを中心に扱っていた爲定さんが、ウイスキーの方に行って、しかも社長業。非常にざっくりとした質問で申し訳ないですけど、就任してどうでしたか。

爲定 私は10年前の2014年、ニッカが創業80周年の時に実は広報部長やっていまして。当時はNHK連続テレビ小説「マッサン」が放送された年だったので、それに関連してむしろ取材が急激に増えたんですよね。そういう対応をしていた記憶はあるんですけども、まさか10年後、90周年の時に私がニッカウヰスキーの社長として迎えられるとは、その当時は全く思っていませんでしたね。今、本当にウイスキー業界自体は好調で、追い風が吹いているっていう状況です。 少しウイスキーの日本の国内市場というのを遡ってみますと、ピークだったのは1983年ぐらい。その後、約四半世紀、市場が縮小し続けて、一番底を打ったのは2007年。ピークと比べたら大体6分の1でした。ずっと落ちてきたんですね。そこに、2008年からハイボールの浸透があって、徐々に市場が伸び始めて。2014年、「マッサン」の放映でかなり裾野が広がりました。

尊徳 やっぱり「マッサン」は大きかった。

爲定 大きかったですね。

尊徳 今の状況はブームなのか、それとももう定着しているのか。どういった手応えがありますか。

爲定 定着していると思います。特に世界的にもウイスキーの流れが来ていますね。単年度で凸凹は当然あるんでしょうけど、メガトレンドとしては伸びていく傾向にあります。特にプレミアム帯、そこは順調な伸びを示していると思います。

ニッカウヰスキー代表取締役 爲定一智氏

製造会社から事業会社へ

尊徳 業界全体が伸びている中で、ニッカさんは今どのような状況ですか。

爲定 我々は2001年にアサヒグループに統合して以降、実は製造のみを担う“製造子会社”として 業務をやってきていたんですね。 しかし去年、海外の販売だけはニッカ独自で始めましょうという形で体制を変化させて、今年からはブランディングもやっていきます。ですので、ニッカウヰスキー自体、製造会社からバリューチェーン意識を担う事業会社へ脱皮の途中と考えていただけたら。

尊徳 ウイスキー作りの中で培われたニッカの文化や精神というのは、事業会社となってもそのまま継承していくんですか。

爲定 そうですね。我々にずっと言われ続けている“創業の精神”って2つあるんです。1つが品質第一主義、 もう1つはパイオニア精神です。この2つはずっと今でも根付いていると思います。ただ、先ほど申し上げたように、製造に特化した会社で約四半世紀やってきておりますので、パイオニア精神という点でいうと、製造面でのチャレンジはいっぱいしてきているのですが、販売面は機能がありませんでしたから、お客様から遠くなってしまっているのではないだろうかと、ちょっと感じています。ですので、私の役割の1つは、お客様に当社の社員をもっと近づける。これをやっていかないといけないなと。

世界進出のための戦略

尊徳 世界に出ていくための戦略っていうのはどういう風に考えてらっしゃるのですか。

爲定 今、世界の5大ウイスキーという大きなカテゴリーの1つに、ジャパニーズウイスキーが入っています。これは強みだと思いますし、可能性っていうのはまだまだあると考えています。ただ、実際時間かかるんです。考え方としては3つぐらいのペースに分けてやらないといけないなと思っています。

1つは原酒の増産です。次に、原酒を国内、海外のバランスにきちんと調整していく段階。最期にバランスが整ったあかつきには、きっちりと販売面でもプレステージ、プレミアム、スタンダードときちんと供給できるようになって、販売にアクセルを踏める状態になる段階。3つ目の段階は、できたら100周年の時には到達したいなと思っています。そういう時間感覚です。

尊徳 販売網はアサヒさんのバックアップがあるのですか。

爲定 最初は原酒の量も限られているので、基本的には別に考えています。販売網は、最初は高級なバー業態やお酒の専門店といった、きちんとニッカというブランドを理解していただけるところから始めようと考えています。だんだんと増やすことができてきたら、販売チャネルも広げていくことになるでしょう。それまでにしっかりとニッカブランドの定義から始まって、ブランドやポートフォリオも整理しなければいけないかもしれません。

尊徳 海外でニッカはどのようなイメージですか。

爲定 特に海外のお客様って、ニッカウイスキー自体にイノベーティブだとかユニークっていう評価をしてくれているんですね。 やっぱり竹鶴政孝の創業ストーリーというのが、かなり響いているようです。北の大地でウイスキー作りを始めた、あるいはスコットランドでリタさんと出会って、恋愛して、結婚してっていう、そういうラブストーリーは、ニッカにとって大きな財産になっています。欧米文化であるウイスキーを竹鶴が造って、それが素晴らしい品質であることに対して、イノベーティブという評価が出ているのではと推測しています。一方、国内ではちょっとお客様からのイメージが違っておりまして、ありがたいことに、「信頼できる」「本格的」「伝統がある」というものなんです。良い表現なのですが「センスがいい」「かっこいい」という評価は非常に低いんです。国内でも、もう少し本当に新しさ、 かっこよさ、センスの良さっていうのを発揮していかないといけないなと思っています。

原酒不足問題の解決は樽から

尊徳 ウイスキーって、特にプレミアム帯は品薄で手が入らないとかいろんな声を聞くし、価格も高騰しています。でも、ビールと違ってどんなに製造工場作ったとしても、長い年月がかかったりしますよね。そこのところの課題ってどういうふうに捉えてらっしゃるんでしょうか。

爲定 お客様が求めている商品をご提供できないっていうのは、早急に解消していかないといけないなと考えています。これまでも 北海道の余市蒸溜所と、仙台の宮城峡蒸溜所に樽の貯蔵庫を新設する投資をやってきたのですが、今年は9月に栃木工場でも樽の貯蔵庫を新設して稼働を開始します。こういう形で製造能力は上げてきています。

なぜ樽の貯蔵庫なのか、まずウイスキーの蒸溜をいっぱいすりゃいいじゃないかと思われるかもしれませんが、蒸溜してもそれを詰める樽がないといけない。その樽を置く場所がないといけません。増産しようと思ったら、まず貯蔵庫を建てて、樽を購入して、やっと蒸溜をいかに増やすかというサイクルになるんです。

尊徳 これは突拍子もない話ですが、今の技術で何年も熟成させるというのを技術革新で凝縮できないんですか。

爲定 暑いところだったら、熟成は早く進むって言われていますね。ただ、それが我々が求める品質かどうかっていうのはまた別問題なんです。我々は北の冷涼な土地でやってきたっていうのがありますし、それがニッカのアイデンティティでもありますので挑戦は今のところでしています。ベースとなる余市モルト、宮城峡モルトは冷涼な土地で育まれたものなので、やっぱり時間はかかります。一番問題なのは、原酒が絶対的に不足していると同時にバランスが悪くなっていることですね。例えば、スタンダードやエコノミーに使っている原酒というのは、比較的若い年次のものが多いので、増産すると数年先で出てきます。ただ、それをお客様に提供し続けていくと長期熟成がたまらないという。

尊徳 そういうことか。元は一緒だから。

爲定 そうですね、ちょっと作り込みが違う部分もあるんですけれども、若年次用の商品に使う原酒をきちんと確保しながら、長期熟成の10年もの、17年ものっていうのを貯めていくには、増産と同時に原酒のバランスを整えないといけない。これで結構時間かかります。

尊徳 エコノミーものも数年ぐらいかかるんですか?

爲定 そうですね。ちょっと気の長い商売なんです。今後、増産のアクセルを一気に踏みますが、それがまたものになって、じゃあ10年ものを出そう。その次はさらに10年以上を考えるというようなスパンで考えないといけません。

ウイスキー造りの難しさ

尊徳 ウイスキー作りの難しさについては、技術的にはどういうところに重きを置いてらっしゃるんですか。

爲定 どれか1つというのはなかなか難しいですね。大きく分けて、仕込み、発酵、蒸溜、樽に貯蔵、ブレンドという工程があって、最終的にボトリングするのですが、これ自体ひとつひとつ、やはり大切です。昔のOBが言っていたことなのですが、「蒸溜はケミストリー、貯蔵はミステリー、そしてブレンドはアート」なんです。化学的な原理原則みたいのを踏まえた上で仕込んで、どういう風にもろみを作って蒸溜していくかって大切ですし、貯蔵は樽の種類によって出来上がるウイスキーが違います。北海道余市で熟成したウイスキーは海風に潮の香りがするって言われますし、山の中の宮城峡で熟成したウイスキーは優しい味わいに育つといわれています。ブレンドも本当にアートなんですよ。多い時で150種類以上の樽から採取したものをブレンドします。職人技というほかないです。工程それぞれが重要なのかもしれませんが、もしかしたら自然環境というのが、ウイスキー作りには1番重要なんじゃないかなと思いますね。

尊徳 何年後かに出来上がったものが万が一失敗していたって考えたら、改めていろんなリスクの高い事業ですね。失敗したらちょっとやり直しってできない。

爲定 できないですよね。うまくいって増産できてもBS(貸借対照表)の資産がどんどん大きくなっていくんですよ。だから、PL(損益計算書)だけを見てもダメなんです。要は、持っている資産をいかに最大化するかっていうのを考えていくのが、この商売なんだろうなと。あと、アサヒグループのコミットメントは本当にありがたいですね。いろんな事業、ポートフォリオを持っているアサヒグループの一員であるってことは、我々にとっては大きな安心材料だと思っています。甘えることなく、ちゃんとやっていきますけどね。

創業の精神を込めた新商品「フロンティア」

創業の精神を込めた新商品「フロンティア」

尊徳 製造会社から事業会社へ組織改変が行われて、最初に出る新製品が10月発売の「フロンティア」ですよね。このウイスキーに対するこだわりや意気込みってどうでしょうか。

爲定 この「フロンティア」という商品は、プレミアムの価格帯できっちり、核となる商品を作りたいというのがありました。「フロンティア」という名前にしたのは、我が社の“創業の精神”のひとつであるパイオニア精神を全面的に出したのと同時に、国内外でイメージがギャップを埋めたいという思いがあります。そのため、デザイン自体もこれまでのニッカのウイスキーにはないデザインにして、新しさなどを出していきたいなと思っています。さらに、先ほど申し上げましたが、ニッカの社員とお客様が少し遠いかもというのをこの商品を通じて、もっと近くにしていきたい。いろんな思いや期待が詰まった商品になります。

尊徳 プレミアム帯に力を入れるという意味では、先日行われた、ニッカの創業90周年方針説明会では「プレミアムカテゴリーでグローバル トップ10を目指す」と発表されました。実現に向けての課題と今のギャップはどのように捉えていますか。

爲定 今だと40位台ですからね。ギャップは果てしなくあります。ですので、具体的に期限を決めず、あくまで“志”ということで、「ここへ向かっていきましょう」という風になっています。社外の皆さんからも「大きく出たね」「かなり野心的すぎるんじゃないの」と言われましたが、創業者の竹鶴政孝は日本でまだウイスキー市場がない時、 1人でも多くの日本人に本物のウイスキーを飲んでもらいたいっていう志を立てたわけなんですよね。 それと比べて、この「グローバルトップ10」という志は大きすぎるのだろうかと考えると、私は創業者のパイオニア精神、志の方が大きいように思いますね。ウイスキー自体がない時代に、そういう思いを抱いていたのですから。ですので、これからも「大きすぎる」って言われても、志は高く持っていきたいです。

 

イノベーティブの発信地「THE NIKKA WHISKY TOKYO」

ニッカウヰスキーは8月7日から12月25日までの期間限定でフラグシップバー「THE NIKKA WHISKY TOKYO」を表参道にオープン。このバーはニッカのウイスキーをただ味わえるだけでなく、ニッカが掲げる新たなコミュニケーション・コンセプト“生きるを愉しむウイスキー”を体感できる場だ。

フロアは大きく3つのエリアに分かれている。まず、入口を入ると広がる物販エリア「The Shop -ENRICH-(エンリッチ)」。ニッカウヰスキーのエンブレムやロゴの入った雑貨を販売している。

雑貨はTシャツやトートバッグ、キャップ、スキットルなど、計16種そろう

さらに奥へ進むとバーエリアへ。バーエリアは「The Lounge -MEET-(ミート)」「The Bar -EXPLORE-(エクスプロアー)」に分かれている。「MEET」は“ネオ・クラシック”をコンセプトにウイスキーやカクテルなどに馴染みが薄い人や若者に向けたエリア。ニッカのウイスキーやジン、ウォッカなどで作った海外では定番のクラシック・カクテルを楽しめるのが特徴だ。

カクテルは全11種。余市シングルモルトを使った「オールド ファッションド」やフロム・ザ・バレルを使った「ウイスキーサワー」など、ウイスキーの新たな魅力を再発見できる。価格帯は1200~1600円(税込)

ウイスキーやカクテルに慣れ親しんだ人向けの「EXPLORE」は“革新・イノベーション”がコンセプト。ここでは日本国内のトップバー13店とコラボレーションし、「MEET」で提供されているクラシック・カクテルをよりこだわったレシピでユニークにアレンジ。独創的なオリジナルカクテルが楽しめる。

ニッカとトップバーテンダー達によってクラシック・カクテルを再構築。その味わいはまさに革新的で至高の一杯だ。価格帯は1杯1800~3000円(税込)
「EXPLORE」のメニューにはカクテルごとに各トップバーによる詳細な紹介文も。読み物のようで一読の価値あり

洗練された極上の一杯からは、ウイスキーの新たな可能性と共にニッカが創業時から培ってきたパイオニア精神、そして世界から評価を受けてきたイノベーティブを実感できるだろう。来店するには、公式サイトから要予約。

THE NIKKA WHISKY TOKYO