社会

中国軍機による領空侵犯

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米中対立が続く中、長崎県・五島列島にある男女群島沖の上空で8月26日、中国人民解放軍のY9情報収集機1機が日本の領空内を2分あまりにわたって飛行し、中国軍機による領空侵犯が初めて確認された。この情報収集機は中国から九州の方に向かって飛行し、男女群島沖上空で複数回にわたって旋回し、その間に領空侵犯があった。航空自衛隊は無線で領空に侵入しないよう繰り返し警告を発したが、その後も情報収集機は1時間半にわたって周辺の上空を旋回し続けた。この件で日本は中国側に強く抗議して再発防止を要求したが、中国側は如何なる国家の領空を侵犯する意図はないとのコメントに留まった。今回の領空侵犯について、中国の具体的な狙いははっきりしない。しかし、昨今の国際情勢を考慮すれば、中国には日本を牽制するいくつかの理由が考えられる。

例えば、台湾情勢だ。台湾では5月に頼清徳氏が新たな総統に就任したが、頼総統は就任演説で台湾と中国は隷属しないと主張し、中国軍はその直後から台湾本島周辺や離島などで大規模な海上軍事演習を実施し、早速頼総統を牽制した。中国は頼総統の民進党を独立勢力と敵対視し、今後頼総統が4年にわたって政権を運営していく中で、幾度となく軍事的、経済的な威嚇を続けていくだろう。

そして、中国は日本が頼政権、台湾との関係を緊密化させようとする動きに不満を強めている。頼総統の就任式には日本の国会議員30人あまりが出席し、台湾有事は日本有事との懸念が広がる中、海上保安庁と台湾の海保にあたる台湾海巡署は7月、千葉県・房総半島沖で互いの巡視船を出動させて合同訓練を実施したが、両機関が合同訓練を行うのは1972年に日本と台湾が外交関係を断絶して初めてとなった。

一方、経済的な観点からも中国側の不満は強まっており、特に先端半導体分野はその中核にある。バイデン政権は2022年10月、中国による先端半導体の軍事転用を防止する観点から、先端半導体分野で中国への大幅に制限する輸出規制を導入した。しかし、米国単独による輸出規制のみでは中国による先端半導体の獲得を防止できないと判断したバイデン政権は昨年1月、先端半導体の製造装置で高い技術力を誇る日本とオランダに対して足並みを揃えるよう要請し、日本は7月下旬から14ナノメートル幅以下の先端半導体に必要な製造装置、繊細な回路パターンを基板に記録する露光装置、洗浄・検査に用いる装備など23品目を新たに輸出管理の規制対象に加え、中国への輸出規制を事実上始めた。

しかし、中国側はこれに強く反発し、その直後から半導体など電子部品の製造に欠かせない希少金属ガリウム、ゲルマニウム関連製品の輸出規制を強化した。日本はガリウムやゲルマニウムの多くを中国からの輸入に依存してきたが、これについて中国共産党系の機関紙「環球時報」が昨年7月、米国とその同盟国は中国による輸出制限に込められた警告を十分に理解せよとする社説を掲載するなど、中国側の不満は強まっている。その後、日本国内でも大きな問題になった中国による日本産水産物の全面輸入停止が生じたわけだが、それはこの延長線上で考えられよう。中国が全面輸入停止に踏み切った背景には、米中間で半導体覇権競争が激しくなる中、日本が米国と同調する姿勢を中国側に示したことがある。9月に入っても、日本が中国企業への半導体製造装置の販売や提供するサービスで今後さらに規制を強化すれば、中国は経済的な報復を日本に仕掛けると警告しており、経済や貿易面での対日不満が強まっている。

今回の領空侵犯の意図について、軍事的側面から検証することが必要である一方、日中関係というもっと広い視野で考えれば、外交や安全保障、経済など様々な面で中国側の対日不満は強まっていると考えられ、それが中国軍機による領空侵犯という1つの出来事を引き起こしたと考えるべきだろう。