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地球温暖化で収穫できる魚が変化。北海道白糠町が官民一体となったブリのブランド化への取り組み

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地球温暖化の影響はさまざまな産業に影響を与えているが、それが顕著に出ている産業の1つが漁業だ。北海道東部に位置する白糠町はサケの収穫量が減り、それまで水揚げのなかったブリが獲れるようになった。このブリを新しい収益の柱にしようと、白糠町、漁業関係者、ふるさと納税のデータ分析などさまざまな支援事業をしているイミュー(東京都品川区)の3者が一体となり、ブリに付加価値をつけた形で販売網を広げようとしている。その取り組みとは?

ふるさと納税で全国4位

 釧路から車で西に約30分のところにある白糠町は人口7000人の漁業、林業、農業が中心の街だ。同町の規模感や経済規模を知ってもらうために2024年の一般会計予算を例にあげると、歳入は245億8500万円で、うち補助金などが組み込まれる「依存財源」は78億9344万円。一般会計全体の32.1%を占めている。一方、税収や(ふるさと納税からの)寄附金などの「自主財源」は166億9156万円で、67.9%を占める。

同町は、サケ・タラ・たこ・ししゃも・つぶ貝など多彩な海産物が水揚げされるが、これらの豊富な水産資源を活用して2015年からふるさと納税の返礼品事業として始める。返礼品のたゆまぬ改善とECサイトを巧みに活用した結果、令和5年度(2023年4月~2024年3月)の実績をみると、寄附件数は107万4349件、寄付金額は167億7842万円で全国4位なのだ。つまり寄附額を自主財源とほぼ同じ規模にまで成長させている。

サケの漁獲量が減り、代わりにブリが獲れるように

豊富な水産資源も地球温暖化の影響を受け、変化が出始めた。特に近年、漁獲量が増えているのが「ブリ」だ。地球温暖化による海水温の上昇で北海道にまでブリが泳いでくるようになったのだ。

白糠漁協協同組合の資料によると、10年前、2014年の秋サケの漁獲量は1710トンだったが、2023年は861トンと半分以下に落ち込んだ。一方、ブリは2019年に1トン(前年は0トン)を記録したのを皮切りに2023年には107トンにまで急増している。

白糠で水揚げされたブリ

ただ、漁業関係者には悩みがあった。本州はブリを高級魚として食しているが、暖流の魚だったことから北海道の人間にはあまりなじみがなかった点だ。つまり、単価が1キロあたり172円とサケより大幅に低く、サケの漁獲量減少を補う収入源になり得なかったのだ。
しかし、地球温暖化の波が確実に忍びよってきており、何もしなければ漁業関係者の収入は減る一方であり、ふるさと納税の税収にも響きかねない。

ブリをブランド化

では、ブリをどう活用していくのか? ふるさと納税支援事業において地域と寄附者をつなぐ活動を行っているイミューと提携し、2022年よりブリを街の名産品としてブランディングをする活動を開始したのだ。イミューによると、白糠で水揚げされるブリはうま味が強く、脂のりが良いことから、商品としてのポテンシャルが高いという。そこで、

1=北海道白糠漁協で水揚げされる
2=船上活〆(放血)で1匹ずつ処理される
3=魚体が7キロをこえること

というルールを設け、この規定を満たしたブリを「極寒ぶり」と命名した。

単なる命名と侮ってはいけない。「シャンパン」はフランスのシャンパーニュ地方で作られたものしか名乗ることができず、それ以外はスパークリングワインと呼ぶ。極寒ぶりのブランドが成功した後、他の自治体やブランドが極寒ぶりを名乗ろうとしても名乗れないのだ。

まず、イミューは、ブリの切り身に甘辛いしょうゆダレを漬け込んだ「りゅうきゅう」と白糠で取れる赤しそをつかった「たんたか」という2つの水産加工品を開発した。これをふるさと納税返礼品として出品したところ予定していた200セットが6日で完売するという人気ぶりだった。

「たんたか」(左)と「りゅうきゅう」

この結果を受けてイミューは、翌2023年に白糠漁港から車で約10分、釧路空港にも約10分のところに水産加工施設の工場を建設した。大きさは、木造1階建て、延べ床面積は約132平方メートルだ。ここには商品開発用のキッチンを備えた研究室や最新の冷凍設備を導入した工場で地元民の雇用にもつながっている。

これを受けて、ブリのしゃぶしゃぶやカマを開発し、返礼品として活用した。その結果、工場で「極寒ぶり」として用意した1500セットは2カ月半で消化され、白糠産ブリのブランディングが順調に育っていることが明らかになった。取引価格も1キロあたり1200円にまであがった。

地元の雇用にも貢献

プロ向けに販売する

これまでは返礼品向けの商品を開発してきたが、今度は直接販売により収益を得られ易いモデルを構築した。それを実現させる第1歩が、2024年9月に完成した日本初の天然ブリの「鮮度保持水槽施設」で、1次加工用のブリを中心と魚の鮮度を保持するための水槽だ。

この施設は、白糠漁港の目の前にあり、木造1階建て、161平方メートルで鮮度保持畜養1つ、調整水槽2つ、放血水槽1つからなる。

鮮度保持水槽

具体的には、白糠沖の定置網漁で水揚げされるブリを塩分濃度が低い水槽で数日間安静に飼育するなど「低活性活かし込み技術」(釧路市のリバーサー社より技術提供)を応用することで、魚体にかかるストレスの軽減を図った。また、餌を数日間与えないため、胃を空にしてから締めることになり、胃の内容物の腐敗による酸化を防ぐことが可能となる。そして、活〆、血抜き、神経締めを行うことで鮮度の長期保持が可能となり、生のままでも冷蔵しても1週間ほど鮮度が保たれる。
これだけ手の込んだことをすることで「極寒ぶり選熟」というブランドとして、レストランなどへの販売を行う。初年度(2024年9月~11月)の取扱量は約2トンの予定で、2年目は2~4トン、3年目は4トンを目標する。

イミューの黒田康平社長によると、福井県美浜町に『ひるが響』というブリのブランドがあり、そこは活け越し、血抜き、神経締めをしているという。「1キロあたり2500円で取引されています」と話していた。また、富山県の氷見産のブリは最高級のブリとして知られているが、1キロ当たりの単価が1200円どころか、3000円、5000円、1万円をこえる時もある。イミューとしては水槽施設の操業開始ということで1キロ当たりの単価を1200円から3000円になることを目指す。
白糠町の棚野孝夫町長は30人が集まった水槽の説明会で「日本初の取り組みということで町として応援をし、期待をしています。高齢化、後継者不足問題などの課題も抱えているが、この取り組みが漁業において持続可能な形で発展し、また、所得向上や担い手の確保という意味でも期待をしています」とあいさつした。

黒田社長は「冷蔵保存でも長期に鮮度が維持できるので長距離輸送が可能になり、販路の拡大が可能になります。また、魚体を締めるタイミングも料理人が欲しがる形で魚を出していけるので、この工場をいかして良い顧客を探していくことができればと考えている」

約30人の関係者を前に説明をする黒田社長

料理人が欲しがる形というのはいろいろで、黒田社長によると「ラウンド」(未加工の丸一匹の魚のこと)や「ドレス」(エラ、内臓、頭部を除去したもの)の2パターンでの販売ができそうだと話す。その上で、例えば、ドレスに加工したブリを冷蔵庫で最大12日まで料理人のリクエストに応じて熟成させることができる。

棚野町長は筆者に「以前は魚を獲って出荷するだけで、所得はほとんど上がりませんでした。それを変えるには、白糠で加工して直接販売する必要がありました。ただ、わたしたちはマーケットを知らなかった。イミューの地域を活性化させたい思いと白糠のニーズが一致しました」

白糠は、ふるさと納税をうまく活用したことで、新たな財源を確保し、それを正しく使うことで街の活性化につなげてきた。黒田社長は「ほかの魚にも応用できる」と語っており、白糠の豊富な水産資源を活用すればビジネスチャンスがより拡大する。白糠の事例は、他の地方の自治体にも参考になる良い事例と言えそうだ。

棚野町長