日本がもっとクリエイティビティになるために クリエイティビティ育成の専門家2名によるセミナーが開催

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「自分はクリエイティビティじゃない」――そんなふうに思っている日本人は多いかもしれない。では、どうすれば一人ひとりのクリエイティビティを高め、日本の国際競争力を高められるだろうか。そんな課題にヒントを与えるセミナーが、去る5月15日都内某所で開かれた。日本とデンマークでそれぞれクリエイティビティ育成に関わる専門家2名が各自の視点から日本人のクリエイティビティを掘り下げる。本稿ではその概要をレポートする。

セミナー情報

題目:『日本の未来を拓くクリエイティビティ――世界から見た日本の価値と機会』
日時:5月15日(木)18:00~20:00
場所:先端教育機構2号館セミナールーム(港区南青山3-13-18 地下1階)

1部18:00~19:30:パネルディスカッション
2部19:30~20:00:質疑応答
3部20:00~:ネットワーキング

パネラーprofile

クリスター・ヴィンダルリッツシリウス氏

デンマークのビジネスデザインスクールKAOSPILOTの元校長。KAOSPILOTは、クリエイティビティやリーダーシップを軸にした教育で若き起業家を世界に輩出。「世界で最も刺激的なビジネスデザインスクール」とも評される。

田中里沙氏

事業構想大学院大学学長。広報・広告・マーケティングの専門誌「宣伝会議」の編集長、取締役副社長・編集室長を経て、2016年現職に就任。事業構想大学院大学は、先端教育機構※が運営する教育機関の1つで、新事業の創出研究に取り組む社会人大学院。

※先端教育機構:リカレント教育(社会人の学び直し)を軸に構想を考える人材を育成する文部科学大臣認可の教育機関。事業構想大学院大学と社会構想大学院大学の2つを運営。

テーマ1:「クリエイティビティとは何か」の定義

この日、会場に集まったのは56名。起業家や経営者、組織のリーダー層など日頃からクリエイティビティへの関心が高い人たちだ。

パネルディスカッションは、まずクリエイティビティの定義からスタートした。クリエイティビティは日本語では創造性や独創性、発想力などと訳されるが、パネラーの2人はどのように定義するか。

田中氏の定義は「限られた条件や制約の中で、最良のパフォーマンスを出すために工夫してアイデアを形にまとめていくこと」。

田中氏は前職でクリエイターやアーティストを数多く取材する中で、クリエイティブの世界で活躍する人たちは、様々な制約の中でどうしたら相手や社会がもっと楽しくもっと良くなるかを常に考え、情熱をもって追求していることに気づいたという。その気づきを出発点として、クリエイティビティの定義づけが自分の中でできたと話す。

クリスター氏は、「クリエイティビティは頭で考えるだけでなく行動することが大事。行動することによって、まだ存在しない価値を形にすることができるからです。つまり、クリエイティビティとは、現実の中にある可能性を引き出す行為だと言えます」と定義した。

では、そもそもクリエイティビティとは先天的な才能なのか、それとも後天的に獲得していけるものなのか。

この問いに対して、田中氏は「クリエイティビティは後天的に引き出していける」との考えを示す一方で、「日本人は大人へと成長するにつれてクリエイティビティが失われ、周囲や社会が求める正解を当てに行くようになっていく」と問題提起する。そして、「これからは正解は1つではなく、たくさんある答えの中から最適解を出していく時代です。その人や社会にとっての最適解を考える姿勢そのものがクリエイティビティなのではないでしょうか」と、会場に向けて問いかけた。

一方、クリスター氏は「私たちは誰しもが生まれながらにクリエイティビティです」と言葉に力を込める。「人はそれぞれ異なるクリエイティビティをもって生まれており、画一的な基準で評価されるべきではありません。ミケランジェロのような絵画だけがクリエイティビティなのではなく、どんな絵でもその人のクリエイティビティなのです。」

テーマ2:クリエイティビティを引き出して伸ばす方法論

すべての人に生来のクリエイティビティがあるのだとしたら、それを引き出して伸ばすには、どういう方法論があるだろうか。

田中氏はこう話す。「人それぞれに素晴らしい資源があるのに、自分では気付けないものです。そんなとき、周りの人に自分の考えや経験を話すと、自分では当たり前だと思っていたことが、人から凄いねと驚かれたり褒められたりして、その価値に気付かされることがあります。対話を通して他者からクリエイティブ資源を見つけてもらい、自分の強みに変えていくのも1つの方法論です。」

クリスター氏はKAOSPILOTで実践されている方法論を紹介する。「KAOSPILOTでは、どの生徒にも何らかのクリエイティビティがあると信じるところから始めます。そして、クリエイティビティを探して引き出すことよりも、クリエイティビティを阻害するものを取り除くことに力を注ぎます。」

クリエイティビティを阻害するものを取り除く鍵は、心理的安全性だ。予測困難な状況や将来の結果が不確かな状態でこそ、新しいアイデアを生み出す力や課題を解決する力が発揮される。しかし、「こんなことを言うと笑われるかも」「否定されるのが怖い」などの心理があると、せっかくのクリエイティビティにブレーキがかかってしまう。自由に物を言い合い、認め合える心理的安全性がクリエイティビティを育くむには不可欠なのだとクリスター氏は解説する。

テーマ3:クリエイティビティを社会や組織の中で活かすには

個々のクリエイティビティが引き出せたなら、それを組織や社会に還元することでみんなでより良くなっていけるはずだ。クリエイティビティを個人のレベルで終わらせないで、社会や組織に活かしていくためには、今の日本に何が必要か。

田中氏は、ある世界的広告コミュニケーション会社のトップを取材したとき、「制作部門だけでなく、営業も財務も総務もみんなクリエイティビティでなければ会社は成長しないし、企業価値が上らない」と言われて、納得し共感した経験を話す。そして、「何かを成し遂げようとしている人を応援したり協力できる企業文化や社会風土が大事だ」との考えを述べた。

クリスター氏も田中氏の考えに同意したうえで、「個人のクリエイティビティを組織のクリエイティビティにしていくためには、“仕組み”を作ることが重要だ」と指摘する。アイデアは形にしなければただの思いつきで終わってしまう。アイデアを育ててインパクト(影響や効果)に変えていく仕組みづくりが大切なのだ。

テーマ4:日本の未来を拓くクリエイティビティのヒント

パネルディスカッションの最後のテーマは、セミナーのタイトルにもなっている「日本の未来を拓くクリエイティビティ」について。わが国は今、少子高齢化や人口減少など多くの課題を抱えている。一人ひとりがクリエイティビティを活かして何ができるのか。どんなアクションを起こしていけば、日本の国際競争力を高めていけるだろうか。

田中氏は、日本が有する資源に気づき、それを活かしながら新たなものを創る活動に力をいれるべきだと強調する。例えば、日本には茶道や華道など○○道と言われる伝統文化がある。いずれの道にも“型”があり、型は持続可能かつ成長していくためにブラッシュアップされ、洗練されていく。時代に合わせて磨き上げていく姿勢そのものがクリエイティビティであると田中氏は言う。そして、「0から1を生み出すことも大事ですが、日本人は“今あるものを磨き上げる”ことが得意ですから、それを究めていくことが国際競争力を高める1つの策になるのではないでしょうか」と提案した。

また、仲間の力も重要だと田中氏は説く。「ぜひ理想に向けて進むラーニングコニュニティー、共に学び、伸ばし合う仲間を作り、その環境を構築してください。」

クリスター氏は「日本に詳しいわけではないが」と言いつつも、次のようなヒントをくれた。「日本人は自分たちがクリエイティビティでないと言いますが、私のような外国人から見るととてもクリエイティビティです。田中氏が言ったように、日本人が大切に守ってきた文化や伝統芸能などを強みにして活かしてほしいですね。そして、それを教育に取り入れてほしい。教育は未来の人材のクリエイティビティを育成する重要なものです。日本はもっと教育に国家予算を使うべきだと思います。」

参加者の感度の高さが分かった質疑応答

パネルディスカッションの後は、質疑応答の時間が設けられた。参加者からは「技術者や研究者にクリエイティブ教育を受けさせるのと、クリエイティブな人が技術者や研究者をマネジメントするのでは、どちらがイノベーションが生まれやすいか」や「日本でクリエイティビティが発揮されにくいのはなぜか」などの質問が上がり、クリエイティビティの課題について普段から深く考えていることが伺えた。

その中で1つ、「クリエイティビティを高めるためのトレーニング法はあるか」との質問に対するクリスター氏の答えが興味深かったので紹介する。クリスター氏によれば「外を見ること」と「机に植物を置くこと」の2つが有効であることが、実験から分かっているそうだ。また、何らかの制約があるほうがクリエイティビティは発揮されやすいのだという。期限を設けたり目標を設定したりするといいかもしれない。

セミナーを終えて 参加者にインタビュー

セミナー終了後は、参加者たちが思い思いに名刺交換や情報交換をするネットワーキングへと移行した。田中氏とクリスター氏も降壇して参加者たちの輪に入り、個別の質問に答える姿が見られた。

セミナーの感想を参加者に聞いた。

修了生から誘われて参加したというAさん

「クリスター氏が話すKAOSPILOTの教育方針やカリキュラムが、私が卒業したMBAとは一線を画す内容で、そういうアプローチもあるのかと勉強になりました。私はクライアントがクリエイティビティを高めるのを支援する仕事をしています。明日から仕事で活かせそうなヒントがもらえたので、今日は参加して良かったです。」

事業構想大学院大学1期生のCさん

「大学院で10数年前に学んだことを今日改めて思い出しました。院を離れると、どうしても課題感や危機感が薄れてきてしまうので、時折、先端教育機構のイベントに参加して感覚を磨くようにしています。他の修了生たちと近況報告をして、みんな頑張っているのが分かったことも良い刺激になりました。」

まとめ

予定時間の2時間を超えてのセミナーだったが、誰も集中力を切らすことなく最後まで真剣に話を聞いていたのが印象的だった。

日本が抱える課題は多いが、私たち一人ひとりの中に未来を変える可能性が秘められている。そんなメッセージを強く受け取ったセミナーだった。