6月3日、韓国の大統領選挙において、最大野党「共に民主党」の李在明候補が勝利し、第21代大統領に就任した。この選挙は、尹錫悦前大統領の非常戒厳令宣言とその後の弾劾・罷免という異例の政治的混乱を背景に行われた。李氏は選挙戦を通じて、尹前政権の失政を批判しつつ、中道層や若年層の支持を獲得するため、従来の強硬な反日姿勢を抑え、実用外交を掲げた。
李在明氏の政治的背景と対日姿勢の変遷
李在明氏は、貧困な家庭に生まれ、工場労働を経て人権派弁護士となり、京畿道知事や城南市長として実績を積んできた政治家である。李在明氏は従来、進歩系の政治家として、保守政権の対日融和政策を批判し、強硬な反日発言を繰り返してきた。過去には、東京電力福島第一原発の処理水海洋放出に反対し、断食パフォーマンスで注目を集めた。また、歴史問題に関して強硬な発言や、徴用工問題での日本企業への厳しい姿勢が知られている。
しかし、今回の選挙戦では、こうした反日姿勢を封印し、日本との関係を重視する実用外交を強調した。この変化は、選挙戦略として中道層や若年層の支持を確保する必要性に起因する。韓国では、特に若者や無党派層の間で、過激な反日政策への拒否感が強まっており、経済や雇用の安定を求める声が高まっている。2024年12月の非常戒厳令以降、李氏は日本との協力の重要性を訴え、海外メディアとの会合で対日関係の改善をアピールした。この変遷は、李氏の政治的柔軟性と現実主義を反映しているが、彼の過去の発言や政策ブレーンに反日傾向を持つ人物が含まれる点には一定の配慮が必要だろう。
韓国を取り巻く安全保障環境の厳しさ
韓国の安全保障環境は、北朝鮮、中国、ロシアの動向により一層厳しさを増している。北朝鮮は核兵器と弾道ミサイルの開発を加速させ、2024年には新型ICBMの試射や戦術核の配備を進め、韓国への直接的脅威が高まっている。中国は南シナ海や東シナ海での海洋進出を強化し、軍事演習の頻度と規模を拡大している。2023年の国防費は約2,960億ドルに達し、地域の軍事バランスを揺さぶっており、日本と同じように、台湾有事は韓国のシーレーンにとっても大きな問題である。ロシアのウクライナ侵攻も、東アジアの地政学的緊張を間接的に増幅させ、韓国にエネルギー供給や経済への影響を及ぼしている。これらの脅威は、韓国単独での対応が困難であり、米国や日本との同盟強化や、NATOなど多国間枠組みを通じた協力が不可欠となっている。
日韓関係の重要性と李在明氏の戦略
こうした安全保障環境の下、日韓関係は韓国にとって経済、文化、安全保障の観点から一層重要となっている。経済的には、日本は韓国の主要な貿易相手国であり、半導体や自動車産業でのサプライチェーン協力が不可欠である。文化面では、K-POPや韓国ドラマの日本市場での人気に加え、日本文化への若年層の関心が高まっており、両国のソフトパワー交流は相互依存を深めている。安全保障面では、日米韓の三カ国協力が北朝鮮の脅威や中国の台頭に対抗する要であり、尹前政権下で進んだ関係改善の成果を維持することが韓国にとって国益に適う。
李在明氏は、この現実を直視し、少なくとも当面は日本との協力を維持する戦略を採用する可能性が高い。就任後、彼は安全保障や文化交流での日本との連携を明言し、徴用工問題についても前政権の解決策を尊重する姿勢を示した。これは、過度な対日批判が国内の若年層や中道派の支持を失うリスクを回避しつつ、国際的な信頼を確保する狙いがある。
しかし、李氏の対日政策には不確定要素も多い。彼の選挙陣営には反日傾向のブレーンが含まれており、政権運営が安定した後、歴史問題や領土問題で強硬姿勢に転じる可能性も否定はできない。また、国内の進歩派支持層からは反日政策への回帰を求める声が根強く、経済や安全保障の優先順位が変化すれば、対日関係が再び緊張するリスクは否めない。
今後の展望
尹前政権下で進んだ日韓関係の改善は、東アジアの安全保障環境の厳しさに鑑みれば、両国にとって極めて重要なものである。今後の日韓関係の鍵は、両国が実利的な協力に焦点を当てられるかどうかにある。日本としては、経済・文化交流の深化や、北朝鮮問題での連携を優先しつつ、歴史問題での衝突を最小限に抑える外交努力が求められる。一方、韓国側では、李在明政権が国内政治の分断や経済的課題に直面する中、対日関係を安定させるインセンティブが強い。両国がこの機会を活かし、持続可能な協力関係を構築できれば、厳しい安全保障環境下での地域の安定に寄与するだろう。
李在明氏の大統領選挙勝利は、厳しい安全保障環境と国内政治の変化を背景に、日韓関係の新たな局面を示している。過去の反日姿勢を抑え、実用外交を掲げる李氏の戦略は、若年層や中道派の支持を確保しつつ、経済・文化・安全保障での日本との協力を維持する現実主義に基づく。 しかし、政権のブレーンや国内の政治的圧力を考慮すると、対日政策の持続性には不確定要素が残る。日本としては慎重な対話と実利的な協力を通じて、両国関係の安定化を図るべきである。日韓がこの機会を活かし、相互信頼をさらに深めることは、両国の未来にとって重要なことである。