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中国式の「5カ年計画」を取り入れ中国経済に取り込まれていく香港

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香港は2026年9月16日、香港初となる「5カ年計画」発表した。中国は経済・社会の運営方針である「5カ年計画」を軸に国を動かしている計画経済体制だ。これにより「レッセフェール(自由放任主義)」を標ぼうし、自由な経済活動をしてきた香港は、180度やり方が異なる中国のやり方を一部、取り入れることになる。香港政府は2025年までは「施政方針」という形で、香港のトップである行政長官が毎年、発表してきたが、今後の施政方針は、5カ年計画を基本にした1年ごとの詳細版という位置づけに変わる。現在、格差拡大や富の集中などから資本主義の危機が叫ばれているが、それを表す象徴的な出来事となった

トップダウンとボトムアップ

中国は現在2026年~2030年を対象とする「第15次5カ年計画」を推進しているところだ。中国は市場主義経済も取り入れてはいるが、大きな方向性は5カ年に基づいて行われる。わかりやすく言えばトップダウン式だ。
一方の香港は、イギリスの植民地になってから「レッセフェール」を柱に経済を進めてきた。政府は、民間の経済活動には最低限の介入しかしない(=小さな政府とも言える)。それは自由に経済活動を認める代わりに、経営に失敗しても法的な保護は最小限で、自分で責任を取りなさいというスタンスだ。香港人は実力があればどんどんのし上がれるやり方を好むが、ボトムアップで経済都市を形成してきた。

中国式に傾き始めるきっかけはSARS

1997年に香港は中国に返還されたが「1国2制度」という観点から返還後もレッセフェールを前面に出して経済を回してきた。世界の金融と物流のハブであり、英語は公用語で、イギリスと同じコモンローを採用するなど、経済体としては資本主義で、政治的には民主主義の街だった。
しかし、経済体制を変える1つのきっかけとなったのが2003年に中国と香港の間で結ばれた経済緊密化協定(CEPA)だ。2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が香港を襲い、香港経済が低迷した。香港経済と中国経済とより結びつけることで復活させようとした。

その後、中国政府は5カ年計画の中に香港に関する独立した記述部分を設けて、香港経済を国家全体の経済発展戦略に正式に組み入れたのが、第11次5カ年計画(2006〜2010年)だ。
また、香港は2003年に国家安全条例制定について反対する50万人の大規模デモをきっかけに、2014年の雨傘運動、2019年の逃亡犯条例制定をめぐる200万人規模のデモなど、香港市民はデモを通じて香港政府への不満を表明してきた。危機感を持った香港政府は、市民の不満を解消するために、税金の控除や福祉の充実など、一種のバラマキをすることでガス抜きを図るなど、徐々に財政的に大きな政府にシフトしていった。

政治の管理から経済の管理へ

2019年のデモで衝撃を受けた中国政府は、香港政府に行政を任せるのではなく、自ら香港を仕切ることにした。わかりやすい例が、2020年の香港国家安全維持法制定だ。これで政治的に1国2制度が形骸化していく始まりとなった。
次は、経済の管理だ。中国政府は経済の中心である上海を金融センターに育てたいと考えているが、そう簡単にノウハウが積み重なるものではない。逆に香港は、長年、世界の金融センターとして培ってきた知見は上海の比ではない。また、多くの外国企業にとってイデオロギーは異なるが巨大市場である中国市場を無視するのは難しい。
香港政府はそこを理解しており、新規公開株式(IPO)の制度改革を行い、外国企業も使いやすくした。結果、2025年のIPOにおいて106社が2746億香港ドル(約5.5兆円)を調達し、6年ぶりの世界一となった。実際には中国本土企業の上場が多いが、それでもこの事実は見逃せない。香港の金融界で働く人の経験値がさらに上がるからだ。つまり、中国政府は香港の金融人材を利用したほうが何かと手っ取り早いのだ。

香港を利用するだけ利用する

香港版5カ年計画には、1国2制度の堅持、民生を基本とする、行政主導の堅持、発展と安全の統合的計画の堅持などの7つの基本理念が示された。この7つをベースとして、国際競争力と影響力の強化、北部都会区(Northern Metropolis)の建設を加速・効率化する、市民生活の幸福度の顕著な向上、国家全体発展のために統合と貢献するという5つの主要目標を掲げた。さらに105の指標という、事細かな目標まで書かれている。まさに計画経済という感じだ。

特に北部都会区の開発にはかなりの力を入れている。同区は香港北部と深圳とのボーダーにある3万ヘクタールに(香港の総面積の3分の1)、AIを含IT、グリーンテック、金融、物流など一大産業エリアを作る構想だ。250万人が住み、65万人分の雇用創出が見込まれている。

この北部都会区は、「粤港澳大湾区(Guangdong-Hong Kong-Macao Greater Bay Area)」という、香港、マカオ、広東省の9都市からなる人口約8600万人の都市圏の中核をなす場所でもある。そう、北部都会区を発展させれば、ほぼ自動的に広東省は潤う。中国は世界の工場と言われるが、その中心となるのは広東省だ。つまり、中国経済のエコシステムに香港経済を一体化させれば、中国の製造業のてこ入れになることも狙っているのだ。

危機感を持つ

これにより香港経済の中心の一部が香港島という香港南部から北部に移ることは避けられない。香港経済界の一部は表立っては言えないだろうが、本音は不満があっても不思議ではない。いずれにしろ、中国式の計画経済という枠組みが香港に導入された。かつて自由経済を謳歌していた香港政府は真逆の経済運営も取り入れる必要に迫られられたことになる。政治的に中国化していた香港が、経済的にも一体化していくのがはっきりと可視化された。香港という小さな都市ではあるが、世界経済をつないでいた自由な経済都市が失われつつあることを意味する。資本主義がより厳しい立場に追い込まれるかねないことを、世界は頭に入れて経済活動をする必要があるだろう。